2月の2公演短評|齋藤俊夫
2024年2月の2公演の短評
♪音の始源(はじまり)を求めて「72°×5sp=360° ICON」立体音響作品を聴く
♪アンサンブルコンテンポラリーα『独奏の妙技~ハインツ・ホリガーを巡って~』
Reviewed by 齋藤俊夫(Toshio Saito)
♪音の始源(はじまり)を求めて「72°×5sp=360° ICON」立体音響作品を聴く→曲目
2024年2月18日浜離宮朝日ホール・リハーサル室
不勉強にして初めてその作品を耳にした松本日之春の30分を超えるの大作ミュージック・コンクレート作品『空の時間』にまず感嘆した。おぼろげなモヤーとした何を録音して電子変調したのかわからない音に始まり、人の声、金属同士がぶつかり合う音、水音らしき音、鳥の鳴き声、口笛のような音、と、現実界に溢れるありとあらゆる音が交響的に積み重なり流れていく。最終的に爆発音(どうやって録音したのであろうか?)で終曲するまで全く飽きることがなかった。昨年亡くなられたそうだが、もっと松本の他の作品を聴きたいと心より願った。
佐藤聰明『エメラルド・タブレット』、近藤譲『リヴァラン』の2作品は、佐藤の作品はアコースティック楽器作品でも電子音楽作品でも佐藤らしさから逃れることができず、近藤もまたどうやっても近藤の音楽になってしまうという、作曲家の偉大なるマンネリズムを感じた。鐘の音を変調した佐藤の作品の音響感覚は佐藤のオーケストラ作品と全く同質の茫洋とした官能性に満ちており、50個くらいの電子音素材に基づいているという近藤作品は近藤の線の音楽の論理的範疇内にある。マンネリズムにこそ音楽家の本当の顔が宿るのだな、と改めて認識させられた。
そして『湯浅譲二の指示に忠実に再現した「パーフェクト・セッティング」』とチラシにも銘打たれた湯浅の傑作『イコン』5チャンネル再生の得も言われぬ体験たるや……! 音響の位置パラメータの変化が音響の運動――回転、跳躍、分裂、多層化等々――と結びついた本作の真の姿・5チャンネル再生に血湧き肉躍らされる。終盤の「ガーン!」という轟音群に文字通り当てられてしまい、終演を迎えた。
実に芳醇な音響世界に浸れた。音の始源を求めてシリーズの今後に大いに期待したい。
♪アンサンブルコンテンポラリーα『独奏の妙技~ハインツ・ホリガーを巡って~』→演奏・曲目
2024年2月22日 東京オペラシティ・リサイタルホール
おそらくバッハの無伴奏ヴァイオリン作品、無伴奏チェロ組曲に源流をたどることのできる鍵盤楽曲を除いての独奏曲(無伴奏曲)にはある種の業(ごう)がある。演奏者と楽器が一対一で対峙するがゆえの、演奏者の自己の限界を突破せんとする意志と、楽器を媒介として作曲者が演奏者の技量を測らんとする意志のぶつかり合いである。今回フィーチャーされた特殊奏法ばかりのホリガーのフルート独奏曲『ソナタ・アンソリテール』に溢れていたのはこの意志と意志のぶつかり合いである。そしてホリガーのこの作品と交互に演奏された諸作曲家の作品・演奏にもこのぶつかり合いが一貫して感じられた。ぶつかり合いの果てにあるもの、それは強迫的で過剰なまでの精神的昂揚と混乱。噛み砕いて言うと、「これはスゴイ」という興奮と「何をやっているのかワカラン」という戸惑いである。この精神的危機的幸福を味わい尽くす贅沢な演奏会であったが、特筆したいのは斉木由美の『彼は夢を見た』である。特殊奏法による超絶技巧だらけを前提としたような独奏曲群の中にあって、斉木の作品にはメロディらしきものがあり、また何かを描写したり表現主義的表出をするのではなく、言わば古典的絶対音楽とでも言える構築性を持ち、さらにその先に音楽でしかありえない人間性が聴こえてきたのである。また演奏家としては、ホリガーのフルート独奏曲を集中力途切れることなしに全部吹ききった多久潤一朗と、会の最後のホリガー作品『オーボエ独奏のための重音のスタディ』でいきなり冒頭から重音フラッターツンゲグリッサンド不協和最強音という超難度の、オーボエというよりほとんどサイレンと思えるような噪音で始まってその後もオーボエ奏者を殺しにかかってきたホリガーの挑戦を全てクリアした宮村和宏に大金星を差し上げたい。
(2024/3/15)
♪音の始源(はじまり)を求めて「72°×5sp=360° ICON」立体音響作品を聴く
松本日之春:『空の時間』(1979)
佐藤聰明:『エメラルド・タブレット』(1978)
近藤譲:『リヴァラン』(1977)
湯浅譲二:『ホワイトノイズによるイコン』(1967)
♪アンサンブルコンテンポラリーα『独奏の妙技~ハインツ・ホリガーを巡って~』
<演奏・曲目>
ハインツ・ホリガー:『ソナタ・アンソリテール』(1995)
第1曲:開かれた囲い
第2曲:アルマンド
フルート:多久潤一朗
北詰裕道:『ディメンションズ』(2024初演)
スネアドラム:神田佳子
ハインツ・ホリガー:『ソナタ・アンソリテール』
第3曲:クーラント
第4曲:サラの楽団
第5曲:ブーレ
フルート:多久潤一朗
金子仁美:『窒素―3Dモデルによる音楽XVI』(2024初演)
チェロ:松本卓以
ハインツ・ホリガー:『ソナタ・アンソリテール』
第6曲:バディヌ!リー!
第7曲:ラ・ポロニエーズ
第8曲:メニューと子羊のモモ肉
フルート:多久潤一朗
小坂咲子:『蝶のエチュード』(公募作品・初演)
ヴァイオリン:野口千代光
ハインツ・ホリガー:『ソナタ・アンソリテール』
第9曲:ミューズとオーバーヴィルのミュゼット
第10曲:ニコチンとニコチーヌ
フルート:多久潤一朗
斉木由美:『彼は夢を見た』(2024初演)
クラリネット:遠藤文江
ハインツ・ホリガー:『ソナタ・アンソリテール』
第11曲:非現実から現実へ
第12曲:パッサカナイユ
フルート:多久潤一朗
杉山洋一:『対岸にて』(アンサンブル・コンテンポラリーα2024年委嘱作品・初演)
ファゴット:塚原里江
ハインツ・ホリガー:『オーボエ独奏のための重音のスタディ』(1971)
オーボエ:宮村和宏