NHK交響楽団 第2006回 定期公演|藤原聡
NHK交響楽団 第2006回 定期公演
NHK Symphony Orchestra, Tokyo the 2006th subscription concert
2024年2月14日 サントリーホール
2024/2/14 NHK Hall
Reviewed by 藤原聡 (Satoshi Fujiwara)
写真提供:NHK交響楽団
<曲目> →foreign language
ラヴェル:スペイン狂詩曲
プロコフィエフ:ヴァイオリン協奏曲第2番 ト短調 作品63
※ソリストアンコール→カルロス・ガルデル(アウグスティン・ハーデリヒ編):ポル・ウナ・カベーサ(首の差で)
ファリャ:バレエ音楽「三角帽子」
<演奏>
NHK交響楽団
指揮:パブロ・エラス・カサド
ヴァイオリン:アウグスティン・ハーデリヒ
ソプラノ:吉田珠代
コンサートマスター:郷古廉
サントリーホールの大ホールに最初で最後と思われるような3群オーケストラ用の特殊なステージ設営が行われた上でのシュトックハウゼンの『グルッペン』の演奏を筆者は2009年に聴いている(サントリー・サマーフェスティバル)。都合3人の指揮者が必要な作品だが、その中にパブロ・エラス・カサドがおり、それがこの指揮者とN響の初共演だったという。当時はエラス・カサドの存在にほとんど意識を向けておらず、その後harmonia mundiから様々な録音が登場するに及びその力量を改めて認識するに至ったのだった。今回のN響定期公演は筆者にとり2度目の実演体験(とは言え前回が『グルッペン』だったのだからほとんど今回が初のようなものか)。プログラムは3曲ともエラス・カサドの出身国であるスペインにちなんだものだ(プロコフィエフ作品は第3楽章にスペイン趣味が認められ、初演はマドリード)。
初めのスペイン狂詩曲からしてエラス・カサドの表現には曖昧さのかけらもない。非常に緻密な音色の構築、リズムの正確性。「マラゲーニャ」や「祭り」においてもローカル的な面を強調せず、音響は常に端正。ある意味デジタル的とも言えようか。エラス・カサドが見定めるのはラヴェルのコスモポリタニズムであり、目指すのはそのテクストの正確な再現である。再び「祭り」を例に取れば、錯綜するリズムの絡み合いがここまではっきりと聴き取れる演奏も稀。トゥッティでも響きは混濁せず、弱奏も表情が豊か。と、演奏技術的/テクストのレアリゼ精度的にはこれ以上の演奏はなかなか求め難い領域に達しているのだが、筆者にはなにか蒸留水を飲んでいるような味気なさが感じられないでもない。ラヴェルの意匠としての、または自己を隠すための民族色、という側面に意識を向けさせる意味で高度に知的な演奏ではあった。筆者は知的ではないので、もうちょっと俗っぽい表現があれば嬉しかったかな、というところ。
次のプロコフィエフ、ソロはアウグスティン・ハーデリヒ。このヴァイオリニスト、何度か来日はしているがなぜか余り話題になっていない。しかし大変な実力者だ(筆者は以前ヤナーチェクのヴァイオリン・ソナタの録音を聴いて驚いた)。今回の演奏も見事なもので、作品のモダンな味わいとリリシズム双方が余すところなく再現されていて文句の付けようがない。音の粒立ちがよく細かいパッセージも明晰、音色は少しくすんだ感じで純朴だがほどよく艶やか。派手にならず落ち着いて好ましい。ヴィルトゥオジティを前面に出して弾きまくるタイプでは全くなく、作品そのものをして語らせる。エラス・カサドのサポートがクールでクッキリハッキリ系ゆえハーデリヒとのバランスも絶妙であり、協奏曲全体の演奏として最高の水準に達していたと形容してよかろう。そういう曲でもなかろうが、この演奏にブラボーが飛んだのも納得だ。アンコールにアルゼンチンタンゴの名曲「ポル・ウナ・カベーサ」を披露、ここではサラッと超絶技巧を披露してこれにも驚いた。恐らくこの日の名演でハーデリヒの認知度は大幅に向上するに違いない。
休憩を挟んでの『三角帽子』は一言、快演。エラス・カサドはマーラー室内管と同曲を録音しているが、恐らく弦の人数が少ないために全体がよく見通せるこの演奏ほどの鋭角さはなく、N響という通常の大オーケストラに歩み寄ったやや落ち着いた解釈になっていたのは事実としても、やはりよく聴く『三角帽子』の演奏とは毛色が違う。ここでもラヴェル同様にスペイン的な―もっと言うならばフラメンコ的な―ローカリティは強調されずによりフラットな視点で音響化されたファリャ。同郷の作曲家ゆえコテコテに演奏するのでは、などという低次元な期待(なーに、筆者の期待だ)は完膚なきまでに打ち砕かれる。演奏は非常にリズミカルであり基本的に快速、あるいは弦楽器で言えばスル・ポンティチェロなどの特殊奏法の効果を最大化しているので作品がよりモダンに聴こえる。なるほど、スペイン色が云々されるこのバレエ音楽も『春の祭典』や『ダフニスとクロエ』と同時代の作品であり、全体としての形式の洗練も目指された音楽なのだとエラス・カサドの演奏を聴いていると腑に落ちる(ともすると同じ括りで捉えられるグラナドスなどとはこの辺りが異なる。良し悪しではなくグラナドスは徹底してローカルな作曲家だ)。本音を言えばもっと俗っぽく(またかよ)演奏して欲しくもあったが(冒頭の手拍子と「オレ!」の掛け声もやや大人しかったし)、好みを超えてこれを新鮮さに満ちた演奏=先述したような「快演」と評するになんのためらいもない。尚、序奏ではPブロックのオルガンの下から、粉屋の踊りではやはりPブロック背後の通路から歌ったソプラノの吉田珠代は短い登場ながら豊かな声量で印象的な歌唱を聴かせた。
現段階では筆者にとってエラス・カサドは「大変な実力者なのは痛感するがまだ自分にはそこまでフィットしない」存在ではあるが、これからさらに実演を聴いてみなければ分からない。今後の行方は。
(2024/3/15)
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〈Program〉
Maurice Ravel:Rapsodie espagnole(Spanish Rhapsody)
Sergei Prokofiev:Violin Concerto No.2 G Minor Op.63
※Soloist encore→Carlos Gardel(arranged by Augustin Hadelich):Por una cabeza
Manuel de Falla:El sombrero de tres picos,ballet(complete)(The Three-Cornered Hat)
〈Player〉
NHK Symphony Orchestra, Tokyo
conductor:Pablo Heras-Casado
violin:Augustin Hadelich
soprano:Tamayo Yoshida
concertmaster:Sunao Goko