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三つ目の日記(2024年1月)|言水ヘリオ

三つ目の日記(2024年1月)

Text by 言水ヘリオ(Kotomiz Helio) : Guest

 

数年前にもらった金柑のシロップ漬けが変質して食べられない色になったまま、冷蔵庫の上段に置かれている。

 

2024年1月1日(月)
数通の年賀状をいただく。なかに、結晶のような短いことばの記された紙片が貼り付けられたはがきがあった。何回も黙読する。

 

1月3日(水)
夜、腹がへったので牛丼を買いに外出。うしろを歩く人が声をあげて泣いている。

 

1月17日(水)
穴があいてもう履かなくなったジーンズをひさしぶりに広げたら小さな蜘蛛が住んでいた。

 

1月19日(金)
電車内。座っていると前にヴァイオリンのケースを抱えた人が立つ。左手の爪が短く切り揃えられているのが目に入る。目的の駅で降り、階段をのぼって外に出る。コーヒーのチェーン店でアイスコーヒーとホットドッグ。その後、トキ・アートスペースで「丸山常生展 閾値─「サキ」のまにまに」を見る。
入場してしばらくして、見るということだけでは作品との関係がなりたたないように思い、作品の周りをうろうろすることに。仮設というのか、作品は、アーティストのアクションとともに変化してゆく。複数の来場者が同じようにうろうろと、している。静かに対峙するというより、ここに集まり、思い思いに、行われていることを観察しているという感じ。
ななめになった木に、昭和16年発行という世界地図がひっかかっている。地図がすべり落ちてしまい、来場者がそれを直そうとすると、「ずれたらずれたままにしておいてください」と作者の声がする。
やがて、アクションが始まる。作品の一端を手にして変容してゆくさまは、人がなにかをつくることではありながら、ものごとが自然に発生する様子により似てはいないか。ひとりの人間がからだを使ってここで世界を思考している。そんなことを考えて、ときに木片や球体の床に落下する激しい音に打たれたりする。10分ほどの行為が終わる。
こういうとき、一般的にはどこからか拍手が聞こえてきたりするものだ。だが、終わったとき、拍手をする者はなかった。拍手という反応ではない、別のなにか。緊張が持続している。アクションによって問われたことを、受け取り反芻する。そのうちに場の空気が弛緩し、話し声が聞こえ始める。


丸山常生展 閾値─「サキ」のまにまに
トキ・アートスペース
2024年1月9日〜1月21日
http://tokiart.life.coocan.jp/2024/240109.html

 

1月23日(火)
扉が手動式のエレベーターでビルの5階へ。会場のドアを開けてなかに入ると、照明に明るく照らされた空間。日が落ちて窓の外は暗く、闇と植え込みの草木の先がのぞいている。
紙に鉛筆でごく薄く、格子の線を引き、そのごく小さなます目をひとつずつ水色の水彩絵具で塗ってゆく。絵具の縁の部分が濃くなるという水彩絵具の特性で、ごく小さな四角ができる。その積み重ねで作品は描かれている。入口ドアのある部屋に4点、奥の部屋に2点と、陶の作品が1点。
小さな四角を、ひとつずつ目で追ってゆく。微妙に異なる濃さ。息が込められているようである。視線はたずねながら転がるようにゆっくり動く。そして、四角をひとつずつ追うのをやめ、全体が見える位置まで離れる。小さな四角の集積であることもおぼろげになってくる。数々の展示をつみかさねてきたこの場所、作品とその配置、外光や照明など。綿密につくられた空間を感じる。
照明のライトが並んでいるのを直視してみる。視界に残像がいつまでも残る。その状態で作品に目をやると、作者の提示したものとは、おそらく別のものが見えている。白い壁や天井や床を眺める。作品は目の片隅を出たり入ったりしている。
作者がこの展示に費やした時間を思う。誰かがここに辿り着くまでの時間も別に流れていただろう。ここですごした束の間のことを回想して記す。

 

 

ミラー 小林聡子
藍画廊、GALLERY CAMELLIA
2024年1月15日〜1月28日
https://igallery.sakura.ne.jp/aiga943/aiga943.html
https://www.satoko-kobayashi.com
●Mirror (square) 19×19cm 紙に水彩 watercolor on paper 2023年(上)
●Mirror (mineral) 31.0×38.1cm 紙に水彩 watercolor on paper 2018年(中)
●展示風景(下)(3点とも撮影:長塚秀人)

 

1月30日(火)
シャンタル・アケルマンの『ジャンヌ・ディエルマン ブリュッセル1080、コメルス河畔通り23番地』を再度見る。母が台所のテーブルで作業をしたり朝食をとったりする場面。向かい合って置かれた二脚の椅子の片方だけが使われている。奥の、使われていない椅子の存在が浮き彫りになる。カメラはほかにもしばしば、その使われていない椅子からの視点で、家事などする母を映す。
食パン2枚とコーヒー。机まで運び椅子に座り、ジャムを塗る。

(2024/2/15)

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言水ヘリオ(Kotomiz Helio)
1964年東京都生まれ。1998年から2007年まで、展覧会情報誌『etc.』を発行。1999年から2002年まで、音楽批評紙『ブリーズ』のレイアウトを担当。現在は本をつくる作業の一過程である組版の仕事を主に、本づくりに携わりながら、『etc.』のその後の展開を模索中。