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C✕C 作曲家が作曲家を訪ねる旅 夏田昌和✕アルノルト・シェーンベルク|齋藤俊夫

C✕C 作曲家が作曲家を訪ねる旅 夏田昌和✕アルノルト・シェーンベルク
C×C Composer’s Journey NATSUDA Masakazu × Arnold Schönberg

2024年1月13日 神奈川県民ホール小ホール
2024/1/13 Kanagawa-Kenminhall small Hall
Reviewed by 齋藤俊夫(Toshio Saito)
Photos by (C)Taira _Tairadate

<曲目・演奏>        →foreign language
アルノルト・シェーンベルク:ピアノのための『組曲』op.25(1921-23)
  Pf:須藤千晴
夏田昌和:ピアノのための『波~壇ノ浦~』(1997)
  Pf:秋山友貴
シェーンベルク:ピアノ伴奏付きヴァイオリンのための『幻想曲』op.47(1949)
  Vn:石上真由子、Pf:須藤千晴
夏田:ヴァイオリンとピアノのための『エレジー』(2022)
  Vn:石上真由子、Pf:秋山友貴
シェーンベルク:弦楽四重奏曲第2番op.10より第3楽章『連祷』(1907-08)
  Cond.夏田昌和、Vn:石上真由子、河村絢音、Va:甲斐史子、Vc:西谷牧人、Sp工藤あかね
夏田:女声とフルート、ヴィオラ、ピアノのための『美しい夕暮れ』(2023/新編成版初演)
  Cond:夏田昌和、Fl:丁仁愛、Va:甲斐史子、Pf:須藤千晴、Sp:工藤あかね
シェーンベルク:弦楽四重奏とピアノ、語り手のための『ナポレオンへの頌歌』op.41(1942)
  Cond:夏田昌和、Vn:石上真由子、河村絢音、Va:甲斐史子、Vc:西谷牧人、Pf:秋山友貴、Bar:松平敬
夏田:フルートと録音された2本のフルートのための『春鶯』(2013/2023/新編成版初演)
  Fl:丁仁愛、エレクトロニクス:有馬純寿
夏田:ソプラノとフルート、ピアノ、弦楽四重奏のための『岐路の夢』(神奈川県民ホール委嘱作品・初演)
  Cond:夏田昌和、Fl:丁仁愛、Vn:石上真由子、河村絢音、Va:甲斐史子、Vc:西谷牧人、Pf:秋山友貴、Sp:工藤あかね

 

12音技法の創始者たるシェーンベルクと、シェーンベルク生誕から約100年後に生まれた現代日本作曲家夏田昌和を「出逢わせる」本演奏会、2人の中でときに生ずる相似形・パラレルと、ときに生じる逆説的・パラドキシカルな対照性を面白く聴いた。

シェーンベルク『組曲』、筆者はかねてよりシェーンベルクの音楽にはフリージャズの原型が潜んでいるのではないかと考えていたが、今回の本作再現で改めてその見解を強くした。全編リズミカルでジャジーな感興をたまらなく喚起する。12音技法の禁欲的客観性がまたたまらなくジャジーな秩序を構築する。どこまででも聴いていけるが、ダラダラと続くことなしにスパッと終わるのがまた良い。12音技法恐るべし。
シェーンベルク『組曲』がジャズなら夏田『波~壇ノ浦~』はアンビエントであろう。弱音での下行アルペジオと上行アルペジオが波音を響かせる。遠い遠い波音のイメージに、聴いていて現実世界から遠く遠く離れたどこかへ誘われる。諸行無常な叙情性とでも言うべき儚き音楽に心洗われた。

シェーンベルク『幻想曲』は危険なファンタジー、あるいは危険なロマンス。『組曲』の客観性とはかけ離れた晩期ロマン派的な色気と血の匂い。それでいて抽象的な美的秩序が全てを支配しており、さらにその12音技法の支配の中からメロディ的な音群もまた表れ出る。やはり12音技法恐るべし。
夏田『エレジー』は、狭い音程内での4分音を含む単調な動きと、その中から時折噴き出す強音に複雑な感情が入り混じる。一見するとメロディがないようだが、聴き込んでいると音の群れの中にはっきりとメロディが息づいているのがわかる。涙を見せぬ悲歌、これが夏田流エレジーか。

シェーンベルク『連祷』、今回の演奏会中最も調性感が薄い本作は同時に作曲者の内面の狂気を最も先鋭的に映し出す。抑えることのできない自己の狂気、自分で自分が怖くなるほどの狂気を音楽として表現することによって耐えうるものとする芸術、すなわち表現主義音楽の極北。弦楽四重奏団とソプラノがお互いに狂気を高め合い、最後にはソプラノが何もかもを否定し拒絶する絶叫で終曲する。危険すぎる音楽だ。
夏田『美しい夕暮れ』は『連祷』に近い無調的な旋法だが、狂気ではなく耽美的な小品。といっても夕暮れを外在的に描写するのではなく、夕暮れによって自分の内から溢れ出る美への衝迫を音楽が担っている。妖しくも濃密な音楽。

シェーンベルク最後の大曲『ナポレオンへの頌歌』で改めて12音技法と狭義の無調とは全く異なるものだと知る。調的秩序を含んだ12音技法により客観的構築性と主観的内面性を両立させ、その中に「語り手」松平敬のシュプレヒシュティンメが加わることによって歪んだ秩序、呪われた音楽美が析出される。ピアノと弦楽四重奏と語り手が相互にアンサンブルしつつ疎外・異化し合うこの主観と客観の弁証法的音楽に畏れを感じない人間がいようか?
夏田『春鶯』はエレクトロニクスで会場中にフルートによるウグイスの声が散りばめられ、現実空間がエッシャーの絵のように変容される。少しずつ音高がずれたフルートが重なり合いつつ反復されて美しい。ただしその美しさは自然ではなく人工的な美と筆者には感じられた。それはエレクトロニクスの使用によるのではなく、夏田の感性の核にあるのが人工的な美であるから、と思える。
演奏会最後の『岐路の夢』、薄氷の上を歩くような、一歩間違えれば氷海に落ちるような危うい均衡に載った音楽。弦を抑えてピアノを弾く、無声音のように息を吹き込むフルート、弦の虚ろな音での微分音など、特殊奏法を多用して息が詰まるような空間を作り出す。フォルテに入っても光が煌めくのではなく闇に落ちるような感覚がする。しかしその中にいてソプラノが儚い叙情性を醸し出す。「秋の暮れ、それとも夜明け、ほとんど涯近くまで来て……」涯の向こうの道を示唆して曲が終わるとき、言いようもなく切ない喜びが身体を震わせた。

12音技法という客観主義的な技法の中に作曲者の主観的なもの、推し量れないものを潜めたシェーンベルク、(表向きは)何をしても良いという現代音楽の中で本物の自己を表現するためにあえて客観的な枷を己に課した夏田昌和、2人は「自己表現」という内面の相において相似形・パラレルである。だが外的・形式的な美の相において逆説的・パラドキシカルな関係にある。このパラレル・パラドキシカルな作曲家2人展、実に豊かな音楽体験を――あるいはこれは弁証法体験と言うべきか――もたらしてくれた。演奏会が徐々に進むごとに内面への内攻が進んでいくというキュレーションも見事。演奏家も名演揃いであった。次回のこの企画も楽しみである。

(2024/2/15)

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<Pieces & Players>
Arnold Schönberg: Suite,for Piano op.25(1921-23)
  Pf:SUDO Chiharu
NATSUDA Masakazu: Flots “Dan-no-ura”,pour piano(1997)
  Pf:AKIYAMA Tomoki
Schönberg: Phantasy, for violin with piano accompaniment op.47(1949)
  Vn:ISHIGAMI Mayuko, Pf:SUDO Chiharu
NATSUDA: Elégie,pour violon et piano(2022)
  Vn:ISHIGAMI Mayuko, Pf:AKIYAMA Tomoki
Schönberg: 3rd movement “Litany”from String Quartet No.2 op.10(1907-08)
  Cond:NATSUDA Masakazu, Vn:ISHIGAMI Mayuko, KAWAMURA Ayane,
  Va:KAI Fumiko, Vc:NISHIYA Makito, Sp:KUDO Akane
NATSUDA: Beau Soir, pour voix de femme, flûte alto, et piano(2023/New edition premier)
  Cond:NATSUDA Masakazu, Fl:JEONG Inae, Va:KAI Fumiko,
  Pf:SUDO Chiharu, Sp:KUDO Akane
Schönberg: Ode to Napoleon Buonaparte,for string quartet, piano, and reciter op.41(1942)
  Cond:NATSUDA Masakazu, Vn:ISHIGAMI Mayuko, KAWAMURA Ayane
  Va:KAI Fumiko, Vc:NISHIYA Makito, Pf:AKIYAMA Tomoki, Bar:MATSUDAIRA Takashi
NATSUDA: Shun-ou, for flute and pre-recorded flutes(2021/2023/New edition premier)
  Fl:JEONG Inae, Electronics:ARIMA Sumihisa
NATSUDA: The Dream of a Forked Road, for soprano, flute, piano, and string quartet
  Cond:NATSUDA Masakazu, Fl:JEONG Inae, Vn:ISHIGAMI Mayuko,
  KAWAMURA Ayane, Va:KAI Fumiko, Vc:NISHIYA Makito,
  Pf:AKIYAMA Tomoki, Sp:KUDO Akane