マルカントワーヌ・シャルパンティエ 牧歌劇《花咲ける芸術》|大河内文恵
妙なる楽の音 マルカントワーヌ・シャルパンティエ 牧歌劇《花咲ける芸術》
2024年1月6日 ルーテル市ヶ谷ホール
2024/1/6 Lutheran Ichigaya Center Hall
Reviewed by 大河内文恵 (Fumie Okouchi)
Photos by ATSUKO⭐︎ ITO (Studio LASP)/写真提供:Lasp舞台写真株式会社
<出演> →foreign language
ソプラノ 佐藤裕希恵 音楽
ソプラノ 湯川亜也子 詩/平和
アルト 久保法之 建築
テノール 中嶋克彦 絵画
バス 山本悠尋 混沌/兵士
バロックヴァイオリン 川久保洋子 高岸卓人
リコーダー 井上玲 大塚照道
チェロ/ヴィオラ・ダ・ガンバ 島根朋史
クラヴサン 會田賢寿
<曲目>
マルカントワーヌ・シャルパンティエ:牧歌劇《花咲ける芸術》より
序曲
第一幕
第二幕
第三幕
フランソワ・クープラン:トリオソナタ《スタンケルク》
~~休憩~~
エリザベート=クロード・ジャケ・ド・ラ・ゲール:クラヴサン曲集(1687)より前奏曲
M.-A. シャルパンティエ:牧歌劇《花咲ける芸術》より
第四幕
E.-C. ジャケ・ド・ラ・ゲール:トリオソナタ
M.-A. シャルパンティエ:牧歌劇《花咲ける芸術》より
第五幕
~~アンコール~~
マルカントワーヌ・シャルパンティエ《花咲ける芸術》より
兵士たちの合唱「天と地の愛」
年明け早々、今年の年間企画賞候補に出会ってしまった。それくらいの衝撃だった。シャルパンティエの《花咲ける芸術》を演奏するために集まったというアンサンブル・マルキーズの旗揚げ公演。演奏時間45分ほどの《花咲ける芸術》にフランソワ・クープランやジャケ・ド・ラ・ゲールといったフランスの作曲家の作品を組み合わせたプログラムは、文字で見た時には想像し得なかった効果を生み、一夜のプログラムとして完璧なものとなった。
《花咲ける芸術》は寓話劇で、歌手が扮するのは人物ではなく、抽象的な概念である。
第1幕で、音楽、詩、絵画、建築がそれぞれの流儀でルイ14世を讃え、平和を享受するが、第2幕に入ると騒音が鳴り響き、世界は混沌の渦に巻き込まれる。第3幕で「平和」があらわれ混沌と対峙し、この幕の最後で憤怒(合唱)たちは地獄に落ち、再び平和が訪れる。第5幕は音楽、詩、絵画、建築、平和と合唱によって、平和が賛美され、幕となる。
佐藤と湯川とでは声質が異なるので、聞いていてもソプラノが2人いるという感じはあまりしなかった。湯川はフランスものを得意としているだけあって、フランス語の発音が美しく、全体のフランス濃度を高めていた。佐藤は第1幕では軽めの明るい声で歌う一方、第2幕では重く暗い声になり、後半はまた明るい声に戻る。第5幕の冒頭では佐藤が得意とする明るいけれど重い声が堪能できた。
イタリアものとドイツもののイメージが強い中嶋がフランスものにも強いことがわかったのも収穫。フランスものが得意な久保との二重唱は歌詞のとおり「スペクタクル」だった。そして何より、混沌を歌った山本の歌が役柄にぴったり。今回は演奏会形式だったのだが、2幕からは少しずつ芝居が入っており、特に3幕の終わりの山本のマイムでは、作品の世界を体現していた。
フランス・バロックの作品は、フランスものに慣れていない奏者の演奏だと、良くて「フランス風」、そうでなければフランスものに聞こえないということがしばしば起こるが、今回は全ての奏者がフランス・バロックに精通しており(楽器がフランス語をしゃべっているように聞こえた)、この器楽の支えが歌手たちのパフォーマンスを上げたことは間違いない。テンポや拍子が途中で変わったり、揺れのあるところでも、アンサンブルが乱れず、第2幕の憤怒のアントレでのリコーダーなどソロ部分の聴きどころも多かった。
《花咲ける芸術》の間に差し挟まれたクープランのトリオソナタは、第3幕からそのままするりと移行し、3幕の最後に器楽曲がついていたんだっけ?と一瞬思ってしまうほど、自然な流れだった。全体は9つの部分から構成されており、どの部分も魅力的で、フランス・バロックの室内楽作品を彼らの演奏でもっと聴きたいと思った。
休憩後はジャケ・ド・ラ・ゲールの前奏曲から始まる。この曲の最後の音が第4幕の開始の音と同じになっており、そのまま繋がっていったときには、ハッとした。最後のトリオソナタではリコーダーとチェロが活躍し、第5幕に繋いだ。第5幕は、この牧歌劇の一番の見せ場であると同時に、演奏会自体の見せ場でもあった。シャコンヌやサラバンドといった3拍子系の曲で心が揺さぶられ、合唱も含め、素晴らしい演奏が続いた。そして最後の合唱では、平和を意味するpaixという箇所が長く引き伸ばされたところが本日のクライマックスだった。
ロシアによるウクライナ侵攻も、イスラエルによるガザ地区への侵攻もいまだおさまっていない。日本でも元日に能登で地震があり、2日には羽田空港での事故があり、落ち着かない日々であった。平和を賛美するこの作品を、これらの出来事の前に聞いていたら、ここまで響かなかったかもしれない。平和を希求する心は舞台の上と客席とで共有されたように感じられた。會田賢寿の呼びかけで集まった演奏家は日本の古楽のトップを走る若手たちだが、1+1+1が3ではなく50くらいになる瞬間に立ち会えた幸福を噛み締め、次回公演を麒麟のように首を長くして待ちたい。
(2024/2/15)
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<performers>
Soprano: Yukie SATO La musique
Soprano: Ayako YUKAWA La poésie, La paix
Alto: Noriyuki KUBO L’architecture
Tenor: Katsuhiko NAKAJIMA La peinture
Bass: Yukihiro YAMAMOTO La discorde, Guerrier
Violin: Yoko KAWAKUBO, Takuto TAKAGISHI
Flûte à bec: Rei INOUE, Terumichi OTSUKA
Basse de violon et Gambe: Tomofumi SHIMANE
Clavecin: Takahisa AIDA
<programme>
Marc-Antoine Charpentier: Les arts florissants, H. 487
Overture
Scène première
Scène seconde
Scène 3ème
François Couperin: La Steinquerque, Sonade en trio
–intermission—
Élisabeth Jacquet de La Guerre: Prélude, extrait des pièces de clavacin (Paris, 1687)
Marc-Antoine Charpentier: Les arts florissants, H. 487 Scène 4ème
Élisabeth Jacquet de La Guerre: Sonate
Marc-Antoine Charpentier: Les arts florissants, H. 487 Scène 5ème
–encore—
Marc-Antoine Charpentier : Les Arts Florissans
Chœur des guerriers, amour du ciel et de la terre