イアン・ボストリッジ(テノール)、アレッシオ・アレグリーニ(ホルン)、 ジュリアス・ドレイク(ピアノ)|秋元陽平
イアン・ボストリッジ(テノール)、アレッシオ・アレグリーニ(ホルン)、ジュリアス・ドレイク(ピアノ)
Ian Bostridge(Tenor), Alessio Allegrini(Horn), Julius Drake (Piano)
2024年1月23日 トッパンホール
2024/1/23 Toppan Hall
Reviewed by 秋元陽平 (Yohei Akimoto)
Photos by 大窪道治 /写真提供:トッパンホール
<キャスト> →Foreign Languages
イアン・ボストリッジ(テノール)
アレッシオ・アレグリーニ(ホルン)
ジュリアス・ドレイク(ピアノ)
<曲目>
シューマン:アダージョとアレグロ 変イ長調 Op.70[アレグリーニ、ドレイク]
シューベルト(詩:ゲーテ):
はじめての失恋 D226/野ばら D257/ガニュメデス D544/
ミューズの子 D764/さすらい人の夜の歌II〈すべての山頂に〉D768/魔王 D328
[ボストリッジ、ドレイク]
シューベルト:流れの上で D943[ボストリッジ、アレグリーニ、ドレイク]
パーセル(ブリテン編):女王に捧げる哀歌[ボストリッジ、ドレイク]
パーセル(ブリテン編):夕べの讃歌[ボストリッジ、ドレイク]
ブリテン:The Heart of the Matter[ボストリッジ、アレグリーニ、ドレイク]
アンコール:イグナーツ・ラハナー 「遠く去った人に Op.23」
ドイツリートには抒情的主体 lyrical subject とはどんなものかという問いがついてまわる。そこには自らを無限の奈落へと突き放すと同時に、その遠心的な運動において自らを再び掴み取ろうとするような、危ういナルシシズムがある。ボストリッジはほとんど演劇的といってもよいアプローチから、ともすれば歌と歌手が一体化するさまに聴衆が恍惚と入れ込むサロン趣味に落ち着きかねないシューベルトの佳品の数々のうちに隠れたこのような運動を見出し、揺さぶりをかけていく。青褪めた輝きを放つ彼の高音域は、穏やかなサロンの夕べに結ばれる共犯関係を慇懃に拒んで、ときには驚くほどぎらぎらとした刃のような美しさをもって沈黙を切り裂き、言葉の持つどぎつい共示の力をあらわにする。たとえば棘ある薔薇を気まぐれに手折る『野ばら』の少年は、抵抗する女を押し倒す男の暴力をすでにちらつかせている、そのようなほのめかしが、ボストリッジがつねに持っている歌詞への一定の距離感——それは演劇的といっても、ある種のクオーテーションマークを語気のなかにごく自然に含ませつつ、それを再び自分の言葉にするような入り組んだものだ——によって提示されるのだ。
だがこのようなある種のマニエリズムは、まずパーセルの、まさに詞を慈しみつつもそこにいくばくか酷薄なほどの距離を与えるその捻れた美しさをもつ音楽のなかでいっそうの説得力を持ち、そしてブリテンの作品においてこそその真骨頂を示したと思う。名手3人が揃った『ことの核心』は、ブリテンに関心を抱く人が万難排して聴きにくるべき白眉であった。アレグリーニも然り、この曲を初演したデニス・ブレインのような名手が多いことで忘れられがちだが、ホルンというのはもともとそこまで器用な楽器ではない。むしろ他楽器のための編曲においてこそよく耳にするシューマンのアレグロの素早いパッセージにおいても、例外的な曲芸をもって走り抜けたという印象をもたらした奥ゆかしいホルンが、角笛をはじめとするさまざまなアイコンとしての詩的な深みを充分に汲み上げたのも、この『ことの核心 The heart of the matter』においてだ。苦みの効いた対位法と突き放したようなワードセンスの光る詩選びのマリアージュはブリテン歌曲の最大の魅力だが、ボストリッジの声質と距離化の技法がこれほどしっくりくるところもない。キリストによる贖罪と救済が示唆される箇所で、ホルンのミュートと息を合わせるようにして滑り出してくる彼の囁きと、その背後にまわるピアノのかそけき響きは、本演奏会を通じてもっとも研ぎ澄まされた瞬間であった。これを日本の聴衆がしかと受け止めた証左こそが、曲の終わり、拍手が始まる前の水を打ったような静寂だろう。
(2024/2/15)
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<Cast>
Ian Bostridge (Tenor)
Alessio Allegrini (Horn)
Julius Drake (Piano)
<Program>
Schumann: Adagio and Allegro in A flat major Op.70
Schubert: Erster Verlust D226 / Heidenröslein D257 / Ganymed D544 / Der Musensohn D764 / Wandrers Nachtlied ‘Über allen Gipfeln ist Ruh’ D768 / Erlkönig D328
Schubert: Auf dem Strom D943
Purcell(arr. Britten): The Queen’s Epicedium
Purcell(arr. Britten): An Evening Hymn
Britten: The Heart of the Matter
Encore : Ignaz Lachner, “An die Entfernte”