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三つ目の日記(2023年12月)|言水ヘリオ

三つ目の日記(2023年12月)

Text by 言水ヘリオ(Kotomiz Helio) : Guest

 

10ページくらいの短編で構成されている一冊の本。黙読することができず、声に出さず喉の奥でことばを音読していく。一編の結末に達し、なにを読んだだろう。雪のように舞い積もった文字が白く広がっている。

 

2023年12月7日(木)
新宿から高速バスに乗り、山梨県の石和温泉へ展示を見に行く。iGallery DCで行われている「いつか私は 井川淳子」。ダンテの『神曲』天国篇の各場面をボッティチェッリが描いた素描の画集。その開いたページを写真に撮ったモノクロの作品が、自作の額におさめられている。向こうから訪れる光によって、画集の印刷面の描線が反転してひかって見えている。ページの下方では闇が口をあけている。ボッティチェッリが描こうとしたのは、天国であっただろうか。それとも、天国篇を描いたのだろうか。井川はその素描の見た目が反転するような状況を撮り、作品とした。じっと見ていると、どこかから、音楽が聞こえてきそうだが、聞こえたとしたら、そこには反転した音も流れているかもしれない。
そのほかには、「すべての昼は夜」、「渚にて」というタイトルの、波打際のモノクロ写真。
会場で、先月沼津で偶然会ったしりあいとまた偶然会う。電車で、途中まで一緒に帰る。

 

 

いつか私は 井川淳子
iGallery DC
2023年11月23日〜12月10日
http://igallery.sakura.ne.jp/dc128/dc128.html
https://ikawa-junko.tumblr.com
●「いつか私は(天国篇2歌)」2021年(上)
●会場風景 撮影:向井三郎(下)

 

12月8日(金)
荻窪駅近くでコーヒーを飲んでいるとき、音のある放屁をしてしまった。杉並公会堂小ホールで「ミニマリズムとその周辺 〜スティーブ・ライヒを中心に〜」の演奏を聞く。帰宅して、今日演奏された曲のひとつである『エレクトリック・カウンターポイント』と、その曲でギターを弾いた山田岳の演奏のCDを聞く。

 

12月10日(日)
夕方目覚めて食事。もう一度行きたい展示に出かけることにして電車に乗る。新江古田駅下車。ノハコで、2回目の「exhibition 不二について 髙橋圀夫|Kunio TAKAHASHI ─偶景─」。見ている作品を、説明したりことばで描写したりすることができない。静けさに映る影をじっと眺めているように空白になる。1階から2階へと移動する。段になっているところにしばらく腰掛ける。1階へ戻る。段になっているところに腰掛けて、耳を澄ますようにからだのちからを抜く。ギャラリーの人が隣に腰掛ける。座ったまま話をする。紙の絵のこと。制作年のこと。上の階から下の階の絵を見ると印象が変わること。壁のこと。その間も、絵はそこにあり、目には絵がうつっている。ガラス戸の外で暗闇が滞留している。照明が明るさを保持し、絵を照らす。そのうちに扉は閉じ、灯りは消え、展示空間に暗闇が満ちてくるだろう。見られていない絵。その様子を思い浮かべる。

 

 

exhibition 不二について 髙橋圀夫|Kunio TAKAHASHI ─偶景─
ノハコ
2023年11月24日〜12月17日
https://nohako.com/exhibition/22-gukei-kunio-takahashi.html
●撮影:奥村基

 

12月11日(月)
ナタリーア・ギンズブルグの『不在』を図書館に予約する。深夜、ヘッドホン越しに雨の降る音が聞こえてくる。ヘッドホンをはずす。屋根や葉や地面などに当たる音。

 

12月13日(水)
りんごを2個もらう。

 

12月23日(土)
海。水中の足のつくところにいる。水面で遊んでいる。沖から寄せる大波が見える。

 

12月24日(日)
神奈川県の藤沢へ。駅前からバスに乗ってギャラリー着。
シナ合板を組み合わせてつくられた箱のようなものが入り組み重なっている。すべてが接着されているのではなく、いくつかに分解できる様子を、作者が実演してくれた。会場は、家屋の脇に新築された三角形の細長くこぢんまりとした建物のなか。台の上にひとつ。壁に六つ。そういった作品が並んでいる。壁の作品は、壁に掛けることを前提に制作するに際し、だんだんと重力を意識するようになったり、自然と絵画的意識が生じてきたりしたとのこと。下方へと垂れてゆくような形態のものもあり、もっとも新しい作品では部分的に板が白く塗られている。「箱には内と外があるのだと思い込んでいたが、そうではなく、ただ板厚がある」という意味のことを作者は言う。それを念頭に、作品を眺める。シナ合板の厚さは、あるものは4ミリ、あるものは5.5ミリであるという。板の厚さによってかたちづくられ重ねられる箱。
ほかに、こども用玩具のブロックを組み合わせた小さな作品、輪に閉じた紐の木彫、重なる紐のドローイングが、この空間には展示されていた。
隣にある、約180年前に建てられた家屋の一部を移築した空間には、ホフマンスタールによる手紙形式の散文「チャンドス卿の手紙」のページを1、2文字程度の正方形の断片にしたものを、メビウスの輪のようにつなぎ合わせた、容器のような外観の作品や、水平・垂直だけでなく斜めにも位置する重なる箱の作品、四つに分割された状態の重なる箱の作品、制作にまつわるメモが記されている大きな紙、その他。
四つに分割された状態の作品を、目の前でひとつに組み合わせてくれた際、その組み合わせ方を覚えているのか尋ねる。必ずしも覚えているばかりではなく、構造で組み合わせ方がわかる、ということのようだった。
作品のある部屋で、しばらくのあいだギャラリーの人、および作者やほかの来場者となにか話したり、だれかが話しているのを聞いたりする。

 

 

コイズミアヤ 重なることについて about overlapping
obi gallery
2023年12月15日〜12月25日、2024年1月5日〜1月15日
http://obi-gallery.com/aya_coizumi/
https://coizumiaya.com
●重なる箱 18(組み合わさった13個の箱) 2023年 258×275×d76mm シナ合板(アクリル塗装+オイル仕上げ) ©︎Aya COIZUMI(上)
●©︎Aya COIZUMI(中)
●©Ujin MATSUO(下)

 

同日
りんごを1個もらう。

 

12月25日(月)
いくつかの柚子をもらう。

(2024/1/15)

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言水ヘリオ(Kotomiz Helio)
1964年東京都生まれ。1998年から2007年まで、展覧会情報誌『etc.』を発行。1999年から2002年まで、音楽批評紙『ブリーズ』のレイアウトを担当。現在は本をつくる作業の一過程である組版の仕事を主に、本づくりに携わりながら、『etc.』のその後の展開を模索中。