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12月 短評 3公演|丘山万里子

12月 短評 3公演

♪コントラバス アンサンブル It’s Time for Double bass
♪シェク& イサタ・カネー=メイソン デュオリサイタル
♪大瀧拓哉 トッパンホール ランチタイムコンサートVol.125

Reviewed by 丘山万里子(Mariko Okayama)

♪コントラバス アンサンブル It’s Time for Double bass→演奏:曲目
2023年12月1日@北とぴあ つつじホール

北とぴあ国際音楽祭2023参加公演として8名のコントラバス奏者が集合してのコントラバスアンサンブル「It’s Time for Double bass!!」。顔ぶれはCb佐藤洋嗣、近藤聖也、瀬戸槙之介、横山葉瑠奈、中村杏葉、松尾聖悟、呉惇禎、藁科基輝。これに會田瑞樹(打楽器)、大瀧拓哉(ピアノ) が加わった。Pf、Woodboxが入ってのウストヴォルスカヤ『コンポジション第2番 “ディエス・イレ”(怒りの日)』が出色。低弦の響きの同質性にクリアで硬質なピアノのクラスターと、Woodboxのリズミックな刻みがうまく組み合わさり、多様な響きの饗宴となった。間に挟まれたコラールの湛える静けさもこの楽器の魅力を引き出す。
終曲T.ライリー『in C』もCbのみ(徳武史弥:友情出演)ではいささか難しそうなリズムと音響の変貌の創出に、ここでも大瀧のプリペアドCb(横にして金属板で挟み、ベースアンプで音響補強***)の繊細かつ多彩な響きとリズムの交錯と、Cbをネックからエンドピンまで舐めるように擦り叩き回る會田の自在な先導と即応が活きた。ステージ上に寝っ転がって楽器を鳴らす(?)會田はまさに「楽器と寝る」で、そのパフォーマンスには刮目であった。プリペアドも含め、現代奏法というよりアプローチの斬新が新世界を開く可能性ありと見る。奏者全員それぞれの個性を活かしてのリラックスぶりも楽しい。
日本の現代作品、委嘱初演作については、アイデア先行感が強く、むしろ下山の六重奏『深響第2番』の響きとの真摯な対峙に共感を持った。
にしても、日頃オーケストラの背後で縁の下の力持ちしているデカイ楽器がこれだけ寄り集まるとそれだけでワクワクするのだから、今後も奏者、作曲家の協働をぜひ続けて欲しいものだ。

***)主催者よりご教示いただいた

 

♪シェク& イサタ・カネー=メイソン デュオリサイタル→曲目
2023年12月10日@紀尾井ホール

“ザ・カネー=メイソンズ”とはクラシック界の“ジャクソン5”とでも言える7人兄弟姉妹全員凄腕ミュージシャン一家、中でも人気の次男シェクvcはサセックス公爵夫妻(ハリー&メーガン)のロイヤル・ウェディングでチェロを弾いたあの青年。今回、姉イサタpfとのデュオで日本初お目見えとなった。シェクはBBCプロムスラストナイトに出演など話題の若手チェリストとして大躍進中。
ブリテンの恩師 F・ブリッジ、ショパン、ラフマニノフとバラエティに富んだプログラムだが、流れ出る音楽は一様に軽やかだ。イサタの繊細かつ流麗なタッチ(ブリッジでの下降アルペッジョなど透明な雫の滴りを思わせた)と優しく柔らかな音楽性に包まれてシェクが伸び伸びと振る舞っている(音楽だけでなく)。たとえばラフマニノフでもシェクの溢れんばかりのパッションに柔軟に対応する彼女の包容力が際立つ。
シェクはややエフェクト(ボウイングの軌道や響きの奏出)に走る傾向があったが、全体にイサタのコントロール、バランス感覚が効き、破綻のない流れを創り出していた。
もう一つ、両者、細身で手足が長いから、というわけではないが、音楽がスタイリッシュであること。ブリッジではそれが生きた。チェロの大柄なメロディーライン、滑らかな響き、英国民謡を彷彿するフォークロア的香りの一方でチラと見せる前衛性など、多彩な表情の変化をすっきりまとめ、佳品佳演であった。
シェクは自ら歌い、作曲、アレンジ、コラボなどジャンル横断の「歌心」(筆者はケルトをそこに感じる)を軸に音楽することを楽しんでいるアーティスト。その魅力にもっと触れたかったが、アンコールの『ハレルヤ』でようやくありついた感。次回は間口を広げた自在なステージを期待したい。
曲間の客席のポピュラー系に近い歓呼は年の瀬のマチネを明るく快活に盛り上げた。こういう肩肘張らないインティメートさもまた、これからの音楽シーンを豊かに開くものと思う。

 

♪大瀧拓哉 トッパンホール ランチタイムコンサートVol.125→曲目
2023年12月15日@トッパンホール

大瀧は常々マークしていたものの、なかなか聴くチャンスがなく、上記Cbアンサンブル公演で初見聞。ますますときめいてリサイタルに向かった。アンサンブル・モデルン・アカデミー、パリ国立高等音楽院で学ぶなど、現代作品のスペシャリストとして知られるが、今回はベートーヴェン『ソナタ第30番』、ベルク『ソナタOp.1』、 F・ジェフスキ『ノース・アメリカン・バラード第4番』という構成。ベートーヴェンの提示した人類の明るい未来から第一次大戦下のベルクの不安、さらに、工業化された労働環境下での非人間的社会を描くジェフスキ《ウィンズボロ綿工場のブルース》から今日世界を覆う暗雲へと繋げる訴求に満ちたストーリーだ。ランチタイムには「幾分重いテーマな気も」(プログラムより)とのことだが、関係ない。自分のやりたいことをやるのが一番。
ベートーヴェン冒頭から疾駆する打鍵の先鋭と抒情。筆者はなぜか寺山修司の詩歌を思い浮かべていた。例えば「心臓のなかのさみしき曠野まで鳩よ 航跡暗く来るや」(未刊歌集『テーブルの上の荒野』より「ボクシング」1962)。長い変奏部の湛える静寂と激昂の果てに何を見るか。「讃歌」とは異なる、それはやはり「祈り」なのだろう。
ベルクを経てのジェフスキの低音の地鳴りの不穏から一気に私たちは間断なき蹂躙に晒される。肘打ちでの激越な打奏。沈黙、のち挟まれるブルース、あるいは一片の諧謔。
養老孟司はかつて戦争のゲーム化を指摘したが、目視なく相手に撃ち込む新兵器の暴力性は、いよいよ人間を残虐に走らせている。客席はジェフスキにそれを思わなかったろうか。
地球の天変地異が天災でなく人災であることが明瞭になっている今日、せめて人間同士の殺戮を止めるすべはないものか...。
このリサイタルの副題は「希望に向かって」。
このように「過去」を「私たちの今」に接続する若きピアニストに、筆者は「すまない。あとを頼む!」と叫びつつ、希望を見るのだ。

(2024/1/15)

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♪コントラバス アンサンブル
<演奏>
Cb:佐藤洋嗣、近藤聖也、瀬戸槙之介、横山葉瑠奈、中村杏葉、松尾聖悟、呉惇禎、藁科基輝  徳武史弥(友情出演)
Woodbox, Cb:會田瑞樹
Pf,  Prepared Cb : 大瀧拓哉
<曲目>
下山一二三 / 深響第2番
ヴィトマン/テレジアス、
ウストヴォルスカヤ/コンポジション第2番 “ディエス・イレ”
川島素晴/タンゴ三兄弟
松﨑国生/ コントラ節(委嘱新作初演)
T.ライリー/ in C。

♪シェク& イサタ・カネー=メイソン デュオリサイタル
<曲目>
ブリッジ:チェロ・ソナタ ニ短調H.125
ショパン:チェロ・ソナタ ト短調Op.65
ラフマニノフ:チェロ・ソナタ ト短調Op.19
(アンコール)
レナード・コーエン:ハレルヤ
F.ショパン:チェロ・ソナタ ト短調 作品65より 第3楽章

♪ランチタイム コンサート 大瀧拓哉
<曲目>
ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第30番 ホ長調 Op.109
ベルク:ピアノ・ソナタ Op.1
フレデリック・ジェフスキ:ノース・アメリカン・バラード第4番《ウィンズボロ綿工場のブルース》(1979)
(アンコール)
J.S.バッハ(コルトー編):チェンバロ協奏曲第5番 ヘ短調 BWV1056より 第2楽章 Largo