プロムナード|視覚からの訴求|戸ノ下達也
視覚からの訴求
Visual appeal
Text by 戸ノ下達也 (Tatsuya Tonoshita)
本誌の評論やコラムをはじめ、小説やエッセイ、詩歌、俳句や短歌、学術論文などの活字媒体による表現形態は、記述の意図を文字で読者に伝えます。筆者には、いかにポイントをわかりやすく表現し、読者に理解してもらうかという力量が問われることになります。しかし、その記述を視覚から補完することも重要です。
かく言う私も、特に書籍での論述では、読者に活字だけで伝え、理解してもらうことの限界を痛感しています。この限界を補完してくれるのが図版であり、写真でしょう。本誌でも活躍された林喜代種氏の写真にも象徴されるように、音楽なら演奏者がどのような表情で表現しているか、またステージや客席の雰囲気など、視覚から実感できる情報がたくさんあります。写真は、その描写されている光景、建物、服装、人々の表情など、読み取ることのできる情報が凝縮されています。私が自分の著作等で写真を必要とする際に頼っているのは、昭和音楽大学が所蔵し附属図書館が管理している小原・堀田写真コレクション、公益財団法人政治経済研究所所蔵の東方社コレクション、毎日新聞社や朝日新聞社など新聞社が公開している写真です。中でもぜひ多くの方に知っていただきたいのは、小原・堀田写真コレクションです。
https://lib.tosei-showa-music.ac.jp/ (このHP内に「OPAC」で小原・堀田写真コレクションが検索できます)
近著『戦時下日本の娯楽政策―文化・芸術の動員を問うー』(青弓社)でも、小原の写真を8点使わせていただきました。
小原・堀田写真コレクションは、音楽写真家の小原敬司氏(1896‐1986)と堀田正實氏(1936‐1995)が撮影した1920年代から1980年代の日本のクラシック音楽を中心とする音楽関連写真の原版コレクションです。これらの写真は、音楽家の演奏やポートレート、オーケストラやオペラの公演といったクラシックの枠組みに止まらず、吹奏楽、合唱、ハーモニカ、ジャズを始めとするポピュラー音楽、邦楽、舞踊、楽器工場、音楽関係のイベントの光景など多彩です。そこに記録された描写は、まさに日本の音楽文化の歴史そのものであることに最大の特徴があります。中でも小原の写真は、戦前から戦後まで継続する写真群で、貴重な歴史の証言者ともいえます。
私が取組んでいる、戦時期から戦後の社会と音楽文化の考察という課題に引き寄せてみると、戦時期日本の音楽文化の実像を垣間見ることのできる写真が数多く撮影されています。例えば、1928年から1942年まで小松耕輔が主宰していた国民音楽協会が主導して開催した合唱競演会というコンクールのステージ(写真①)、日中戦争が始まった1937年の愛国音楽連盟新作軍歌発表会、日劇ステージショー、国民精神総動員「音楽報国週間」行事として開催された聯合女子音楽体育大会五万人の大合唱(写真②)など、さらに戦時期の音楽界の一元統合として1941年11月に発足した社団法人日本音楽文化協会が主催した公演(写真③)、同年結成の産業報国簧琴聯盟結成記念演奏会、陸軍記念日の軍楽隊の街頭行進、大日本吹奏楽報国会結成記念演奏会などは、その時々の社会状況が反映された音楽の姿であり、歴史の証人とも言える記録です。
それぞれの事象について活字で長々と説明するより、これらの写真が描く、演奏者や人々の表情や服装、当時の光景など、写真を見れば一目瞭然で、まさに写真図版の面目躍如です。例えば、1942年の第16回合唱競演会(合唱大音楽祭としてスタートし、1932年から競演合唱祭、1937年から合唱競演会として1942年に至る)の芝浦産報混声合唱団の写真からは、余暇善用や体位向上を目的に展開した職場の厚生運動の雰囲気が見て取れます。ちなみに、一般社団法人全日本合唱連盟音楽資料室の小松耕輔史料には、合唱競演会のプログラム(第15回を除く)が所蔵されています。このプログラムと小原の写真を整合させることで、どの団体が誰の指揮でどのような楽曲を演奏していたのか、その時のステージの様子はどのような雰囲気だったのかが理解できることになります(なお、小松耕輔史料の概要は2024年1月刊行の『ハーモニー』第207号で紹介させていただきますので、ご参照ください)。
日本音楽文化協会主催の演奏会では、例えば「音楽文化新聞」にも掲載された、大東亜戦争一周年記念大演奏会の写真は、出演者の服装、万歳三唱など、戦時期の演奏会の様子が手に取るように伝わってきます。軍楽隊の街頭行進や聯合女子音楽体育大会五万人の大合唱などの時代状況を反映したイベントでの音楽の様子もまた同様です。
小原の写真には、ここで紹介した写真以外にも、戦時期から戦後の時代相が如実に読み取れる、イベント、演奏など音楽に関係する事象が描写されています。これらの記録は、いずれも小原が彼の視点で撮影して保管し、昭和音楽大学図書館に受け継がれたからこそ、今私たちが目にすることができるアーカイブで、他には存在しない唯一無二の文化財です。ぜひ多くの皆さんに小原・堀田写真コレクションの存在を知っていただき、日本の音楽文化の歩みを写真から感じていただけたらと願っています。
謝辞
本稿掲載の写真図版について、昭和音楽大学図書館のご協力をいただきました。
この場を借りて御礼申し上げます。
(2024/1/15)