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シャリーノ祭り|齋藤俊夫

シャリーノ祭り
Sciarrino Festa

2023年11月18日 神奈川県民ホール 小ホール
2023/11/18 Kanagawa Kenmin Hall small Hall
Reviewed by 齋藤俊夫(Toshio Saito)
写真提供:神奈川県民ホール事業課

<曲目・演奏>        →foreign language
(全てサルヴァトーレ・シャリーノ作曲)
『どのようにして魔法は生み出されるのか』
  フルート:山本英
〈トーク〉吉開菜央(オペラ『ローエングリン』演出家)/杉山洋一(指揮者)/沼野雄司(音楽学・音楽評論)
映像作品『シャリーノさんに会いに行く』(2023年/チッタ・ディ・カステッロ(伊)/仲本拡史監督)
『アトンの光輝く地平線』
  フルート:山本英
『繊細な精神の完全性 14の鐘のための補完』
  打楽器:安藤巴
『白の探求』
  打楽器:安藤巴
〈トーク〉吉開菜央/杉山洋一/沼野雄司
『6つのカプリチオ』
  ヴァイオリン;石上真由子

 

サルヴァトーレ・シャリーノ、今も昔も筆者にとってはなんとなく近寄りがたい作曲家である。聴いてみれば独特の世界観にやられてしまうのであるが、聴く前は「芸術音楽」としての、こう、格の高さ、敷居の高さというようなものが立ち塞がる感覚を味わってしまう。では今回の「シャリーノ祭り」では何をどう味わえたのかと言うと……。

『どのようにして魔法は生み出されるのか』、タングラム1)による超弱音に始まり、ホイッスルトーン2)が時折風のように吹き抜ける。しかし儚い音の群れだ。と思ってたらホイッスルトーンが次第に荒ぶり始め、ヒステリックな域にまで達する。されど何者も衰亡の運命からは逃れられず、超弱音のトリルで了。

吉開・杉山・沼野のトークで吉開が「私は踊っている感覚で映画を作っている。しかしダンスの映画ではない(大意)」とコメントしていたのが面白く感じた。帰宅して吉開のYouTubeチャンネルの映画予告動画などをざっと見たが、〈身体の触覚〉――例えばザラつき、ツルッとした感触、湿り気、乾き、など――に異常な執着があるように見え、そこがシャリーノの音響の触覚性に共鳴するのではないかと思われた。

吉開のシャリーノ宅訪問を撮った映像作品『シャリーノさんに会いに行く』はシャリーノの住んでいるイタリア・ウンブリアの、ルネサンスを基層に18世紀ネオ・クラシックの様式が重層を成した美しい街並み(これを吉開はバルコニーから見るとジブリの風景だと評していた)にこれぞ芸術家の街並みだと感嘆。シャリーノ宅は壁面中に小さめの絵が掛かっており、アトリエには石が沢山。筆者にはわからないが、石好きにはとても美しいものなのだろう。これもまた芸術家の家だった。教会の天井画の美しさも格別。とにかく美しいものに囲まれたシャリーノの生活圏を目の当たりにできた。

『アトンの光輝く地平線』(おそらく)ハーモニッククラスター3)が太陽というより星のようなかすかな光を放つ。されどそのかすかな光に体を縛られるような心地がする。やがてむせるような連符からクラスターのフォルテシモが耳を聾する光となってこちらを打ち打擲する。最後はまたかすかな光へと帰り、眠るように、死ぬようなため息で終わる。

『繊細な精神の完全性 14の鐘のための補完』、持続音のような鐘の繊細な連打の周りに火花が散りばめられる。華やかに、されど、禁欲的に。安らぐ。音の中に。

『白の探求』、トムトム独奏から樹木が枝を伸ばすように楽想が広がっていく。アグレッシブなようでやはり禁欲的に。この音に対する節度・倫理がシャリーノのシャリーノたる所以か。それゆえに筆者が彼に手を出しあぐねているのかもしれないが。

またトークで来年のシャリーノのオペラ『ローエングリン』の期待値を挙げて、最後は大作『6つのカプリチオ』である。1番、弦をせわしなく擦る奏法の中にハーモニクスが混じる。節度を保ちつつ妙に自由な音楽という逆説。2番もかすれた重音奏法に耳をそばだてると、安らぎと、ノスタルジアとでも言えそうな感情が湧いてくる。3番、ハーモニクスによるアルペジオの中に音色へのシャリーノのフェティッシュなこだわりが聴き取れるのだが、それが暴走することなく音楽的に完成している。4番、ミズスマシのようにクルクルとせわしなく旋回するヴァイオリン。ググッと低音、キーンと高音が混じって耳を楽しませるが、どこを聴いても放埒に至ることはない。5番では特殊奏法が入り混じり、虚無的な、音楽的迷路に迷い込む。我々はどこにいるのだ?と思ったが、まさにシャリーノの中にいたのだろう。6番、序盤は左手でのピチカートでほとんど音が聴こえないが確実に狂気を帯びている。弓奏になり、音、激しく身をよじって凶をなす。死神がこちらの魂を狩りに来たかと思うも、最後は弱音ピチカート4音上行で事なきを得た。

こうしてシャリーノ尽くしを味わってみると、実に面白くユニークな音楽・音楽家であることはわかるが、同時に、西洋芸術音楽における「黙って静かに鑑賞しろ」という道徳的強制力の支配を感じてしまうことは否めない。あるいは聴く者は誰もが心打たれて沈黙する、そんな音楽なのかもしれなくとも、少なくとも筆者はその〈誰も〉には属していない、と正直に記したい。
しかし、この音楽のみで作り上げられた、トークによると「狂気の」オペラ「ローエングリン」が来年どんなことになるのか、怖いもの見たさの期待で胸がいっぱいである。

1) タングラム:舌で歌口を塞いで生じる空気圧縮により打楽器のような効果を出す奏法
2) ホイッスルトーン:口笛のような音を出す奏法
3) ハーモニッククラスター:基音に含まれる高次倍音を複数同時に奏でる奏法

(2023/12/15)

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<pieces&players>
(All pieces are composed by Salvatore Sciarrino)
Come vengono prodotti gli incantesimi?
 Fl:Yamamoto Hana
<Talk>Yoshigai Nao(Opera ” Lohengrin” director)/Sugiyama Yoichi(Conductor)/Numano Yuji(Musicology/criticism)
映像作品『シャリーノさんに会いに行く』(2023年/チッタ・ディ・カステッロ(伊)/仲本拡史監督)
L’orizzonte luminoso di Aton
 Fl:Yamamoto Hana
Appendice alla perfezione
 Perc.Ando Tomo
Esplorazione del bianco III
 Perc. Ando Tomo
<Talk>Yoshigai Nao(Opera ” Lohengrin” director)/Sugiyama Yoichi(Conductor)/Numano Yuji(Musicology/criticism)
Sei capricci
 Vln:Ishigami Mayuko