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10月の2公演短評|齋藤俊夫

10月の2公演の短評。

♪今堀拓也作曲個展 vol.1
♪土橋庸人+山田岳 Hyper Duet II

Reviewed by 齋藤俊夫(Toshio Saito)

♪今堀拓也作曲個展 vol.1   →演奏・曲目
2023/10/1@トーキョーコンサーツ・ラボ

個人表出の零度としてのケージ、楽音の零度としてのラッヘンマンを通過した我らが現代音楽界における大きな陥穽として、音楽の経時的構造が成立しない、つまり音楽を時間的に持続させる統一的方法の喪失が挙げられるだろう。始まりと中と終わりという時間的枠構造を見失った現代音楽界でいかに作品を創り上げるか、いっそ途方もない課題である。今回の今堀拓也個展で間近に聴いたのは彼が確かにこの課題に対して正攻法で普遍的かつ個性的解答を示しつつあるということである。
全4楽章、40分を越えるヴィブラフォン独奏大作『ブルックネリアーナ』はタイトル通りブルックナーの複数の交響曲の書法と断片を基に書かれたという。何がブルックナーなのか聴いただけでは判然としないようでやはりブルックナーなのかもしれない。ヴィブラフォン一台でオーケストラのように大きく、晦渋と朴直が融合して宗教的恍惚とも言うべき境地に至る。
全5楽章約30分のヴィブラフォン、マリンバとエレクトロニクスのための『錬金術 拡張版』は楽曲の数理的ロゴスと演奏家會田とエレクトロニクス有馬のパトスが絡まり合い、科学では到達できない錬金術の秘跡を目の当たりにした。音楽の中に眠る秩序が湧き出してさらなる高次元の秩序を形成していく。これもまた恍惚に至る音楽体験であった。
しかしながら、この大なる恍惚に至る大規模作品をものすることができたのは、今堀の精緻極まりない数理的エクリチュールと、そのエクリチュールをホンモノの音楽にする彼の芸術的創造力によるのだろう。彼の才能はいわゆる〈天才〉といった特権的で〈閉じた〉ものではなく、〈開かれた〉もの、現代を生きる者として共に歩み進むことができるものである。今堀拓也、今後も要注目の作曲家である。

♪土橋庸人+山田岳 Hyper Duet II   →演奏・曲目
2023/10/12@ティアラこうとう小ホール

土橋庸人+山田岳という現代ギター界の風雲児2人がタッグを組んだ「Hyper Duet II」さて今回はどのような舞台であったかというと……。
福井とも子『doublet III』は弦を発泡スチロールで擦るなどしてギターの轟音・凶音・狂音が荒れ狂う。しかしそれが心地良く感じるからたまらない。
寺内大輔『感情表現のエチュード』は泣く、驚く、叫ぶ、何かに気づく、といった感情表現の断片を1人が身体で発し、もう1人が楽音で表す。次第にホースを吹く、金だらいを叩く、スライドホイッスルを吹く、発泡スチロールを擦り合わせるなどわけのわからない行為が増えてきて、ギター2つが安らかに奏でられて、ああ終わった、次の作品か、と思ったらまだ終わってなくて混乱の内の絶叫で幕。これは一体何だったのだ?
まともにギターを弾かない2作品が続いた後だと、ちゃんとギターを弾く中野和雄『色・走る』がえらくトラディショナルで癒し系にすら聴こえてくる。スプーンやアルミホイルやスポンジを弦に挟んでの特殊奏法も交じるが、古典的構造原理に基づくであろう音楽に安心させられる。
渡辺裕紀子『ヘイ・ジュード』は、静かな、本当に静かな同音連奏と分散和音のトレモロが延々と続く。ジワジワと音が移ろいゆく、その移行の速度が物凄く遅いのでビートルズの原曲は全く感知できない。だが作品1つで音節1つと捉えられるほどに分節化不可能な息の長い長い音楽はかつてない静謐による感興を筆者にもたらした。
鈴木治行『Parallel Movements』はギター1台ずつでは前に進まないのにギター2台の風景は移ろい行くと思ったら、何故か二重奏が揃って合奏したり、どちらが前でどちらが後ろだかわからないがとにかく競走していったり、揃って後退していったり、妙にスピードが速まったりと怪奇千万な鈴木治行ワールドが展開される。身を乗り出してこの不可思議を存分に味わった。
最後の2曲、渡辺俊哉『明滅する輪郭』と山本裕之『斜交葉理』はどちらも4分音が重要な要素ながらその現れ方が全く異なる。渡辺作品では4分音によって陰影の豊かな和声が構築され穏やかに我々の耳に届くのに、山本作品では4分音のズレが我々の耳を異化してある時は冷たく、ある時は熱くする。はるけく懐かしい和声の世界と、我々の内からこみ上げる異物の温度、4分音を巡る作家性の違いをしみじみと味わった。
さすが、と言うべきか、作曲家それぞれの持ち味が十全に活かされた予想以上期待通りの好演であった。

♪今堀拓也作曲個展 vol.1

<出演>
ヴィブラフォン、マリンバ、打楽器:會田瑞樹
エレクトロニクス:有馬純寿

<曲目>
(全て今堀拓也作品)
『ほたるこい』ヴィブラフォン・ソロのための(2020)
『ブルックネリアーナ』ヴィブラフォン・ソロのための(2021)
『風景』映像音響作品(音響2012年、映像2014年)(映像:キャピュシーヌ・ビリー、クリステル・シルヴァタンカン)
『錬金術 拡張版』ヴィブラフォン、マリンバとエレクトロニクスのための
(アンコール)『朧月夜』

♪土橋庸人+山田岳 Hyper Duet II

<出演>
ギター:土橋庸人、山田岳(全曲アコースティックデュオ)
<曲目>
福井とも子:『doublet III』(2017/2022)
寺内大輔:『感情表現のエチュード』(2005)
中野和雄:『色・走る』(2019)
レノン=マッカートニー/渡辺裕紀子編:『ヘイ・ジュード』(2022)
鈴木治行:『Parallel Movements』(2020)
渡辺俊哉:『明滅する輪郭』(2023/世界初演)
山本裕之:『斜交葉理』(2022)

(2023/11/15)