9月の2公演短評|齋藤俊夫
9月の2公演の短評。
♪オペラシアターこんにゃく座公演 オペラ《浮かれのひょう六機織(はたおり)唄》
♪ヴォクスマーナ第50回定期演奏会
Reviewed by 齋藤俊夫(Toshio Saito)
♪オペラシアターこんにゃく座公演 オペラ《浮かれのひょう六機織(はたおり)唄》→演奏:演目
2023/9/7@俳優座劇場
飢饉に陥った村の、一番の色事師ひょう六が隣村に忍びこまされ、機織娘を籠絡してこいと命じられるが、さてさて……といった粗筋の喜劇。
本作の音楽は西洋の音階をベースにしつつ、要所要所で民謡音階やヨナ抜き音階が用いられる。第1幕はどこを取っても明るく陽気でケラケラしており、第2幕はぐっとロマンチックになりながら人間が人間であることの喜びを歌に載せる。徹底的に楽しく、アリアも重唱の見せ場もたっぷりある本作に接して、筆者は「これはモーツァルトではないか?」と思った。もちろん本作はいわゆる民話オペラの系譜に入る作品であり1)、根底にある文化の違い・隔たりは大きいものの、人間の普遍的な喜劇性をラディカルに追求した結果、林光・若林一郎とモーツァルト・ダ=ポンテは同じ地点に着地したとは言えないだろうか。だが『ドン・ジョヴァンニ』と本作は同じ色事師ものなのに180度方向が逆向きではあるが……。
主演・ひょう六の金村慎太郎の歌唱と、なにより「憎めない色事師」としての演技が卓越していた。金村と隣村の機織り娘お糸の高岡由季と、同じく隣村のお縫の川中裕子での三重唱は見事の一言に尽きた。
1)当日配られた簡易パンフレットの萩京子によると「日本オペラと言えば民話オペラだった時代の、通俗的な民話オペラには決してするまい、という強い思いで作曲された」とある。
関連評:Pick Up (2023/10/15) |オペラシアターこんにゃく座公演 オペラ《浮かれのひょう六機織(はたおり)唄》|瀬戸井厚子
♪ヴォクスマーナ第50回定期演奏会→演奏:演目
2023/9/29@台東区生涯学習センター・ミレニアムホール
渡辺俊哉『影法師』は「流れる」「影法師」「かたち」「静けさ」といった日本語の歌詞が、そのように聴こえたと思ったら儚く流れていく。協和音、不協和音を越えた渡辺和声とでも言うべき構造がその流れに秩序をもたらしている。なんと美しい。子供の頃、降り舞い落ちる雪を寝そべって見上げたビジョンが思い浮かんだ。
北爪裕道『空間のエチュード』は舞台と客席に歌手が分散して歌われ、その音響空間が悪夢的に広がっていく。昆虫的というか、無機生物的というか、とにかく人間離れしているモノが人間離れしたままに自走するSF的面白さが北爪の真骨頂か。ゾクゾクした。もっと聴かせてゾクゾクさせてほしい。
鈴木治行『閉曲線』は彼のコンセプトシリーズでは「かたりもの」「反復もの」「句読点」の3つを全て合わせたものと筆者には聴こえたが、正確にはわからない。朗読(これは「かたりもの」シリーズのベースだ)に始まるが、途中で途切れたり逆走したりして混乱しつつ(「句読点」の方法)、同じところを少しずつ、あるいは大きく変えながら8人でぐるぐると犬が尻尾にリボンをつけられたのを追いかけるように回り続ける(「反復もの」の方法)。わかりそうでわからない、聴き取れそうで聴き取れない、終わりそうで終わらないというかそもそもいつ始まったのかわからない、という鈴木ワールド全開の怪・快作であった。
伊藤弘之『悲しみの秋』、第1章「秋」は透明だがまとわりつくような粘度があり、されど冷たい声、特に高音のヴォカリーズが心に風を吹かせる。歌詞の中の「はるか遠くまで続く道」という一節から開けてくるイメージが豊か。第2章「そして冬へ」、凍えるようだ。厳冬だ。ヴォカリーズの複雑なことよ。ポルタメントの複雑なことよ。テクスチュアの複雑なことよ。雪が身体にこびりついて剥がれない状態で、叫ぶような声を挙げて了。
アンコールはいつも通り伊左治直作曲、今回は池辺晋一郎作詞の『ノルディック・ジョーク』。「シャレをアイスランド」「気分がノルウェー」「そんなに次々とデンマーク」「イエストニア」等々、レベルが高すぎて正直よくわからない池辺流駄洒落術に伊左治の高度な作曲術が絡むと、これが実にイケる。そういえば現代音楽ではあまりないし、ヴォクスマーナでもあまりない「フォルテシモで終わる」という課題を難なく達成し、見事終演を迎えた。
(2023/10/15)
♪オペラシアターこんにゃく座公演 オペラ浮かれのひょう六機織(はたおり)歌
作曲:林光
台本:若林一郎
演出:大石哲史
美術:池田ともゆき
衣裳:宮本宣子
照明:成瀬一裕
振付:山田うん
舞台監督:久寿田善晴
演出助手:城田美樹
音楽監督:萩京子
音楽助手:小林ゆず子
宣伝美術:森英二郎(絵・題字)・小田善久(デザイン)
(松組)
ひょう六:金村慎太郎
お糸:高岡由季
お縫:川中裕子
お母ぁ:彦坂仁美
かすけ:壹岐隆邦
庄屋:佐山陽規(客演)
お糸の父:髙野うるお
村の娘たち:沖まどか、熊谷みさと、小田藍乃、小林ゆず子、入江茉奈、花島春枝、鈴木裕加、飯野薫
下男たち:富山直人、沢井栄次、武田茂、吉田進也
ピアノ:服部真理子
<出演>
指揮:西川竜太
合唱:ヴォクスマーナ
<曲目>
渡辺俊哉:『影法師』
北爪裕道:『空間のエチュード』
鈴木治行:『閉曲線』
伊藤弘之:『悲しみの秋』
第一章「秋」
第二章「そして冬へ」
(アンコール)
伊左治直(作詞:池辺晋一郎)『ノルディック・ジョーク』