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五線紙のパンセ |「自分は何モノか?」|福井とも子

「自分は何モノか?」

Text by 福井とも子 (Fukui Tomoko):Guest

原稿を依頼されたのは3、4ヶ月ほど前だったろうか。このコラム欄には、結構身近な人たちが書いているので時々読んでいたこともあり、あまり深く考えず承諾してしまった。この、「あまり深く考えず承諾」というのが私の悪い癖で、このことがここ数年のおびただしい仕事量に繋がっている(ここで言う仕事とは「その時々でしなければならなくなってしまった用事」であり、「生計を立てるための務め」ではない。したがって、その多くは無報酬の雑用とも言う)。

自分のことを話すのは得意ではない。だからSNSなどでの発信も必要最低限(演奏会告知など)しかしていない。どうも自分の考えを公に晒すということには抵抗があるのだ。だからこのように「何を書いても自由」と、自分について書く機会を与えていただいたことは、よく考えると空恐ろしい。2005年だったか、武生国際音楽祭というところで、自分の作品についてのレクチャーをさせていただいた時、第一声で「私は自分のことを愛せません」と言って、周りにドン引かれた(周りが引いたことに自分がびっくりした)ことが蘇りそうだ。またトンチンカンなことを書いてしまったら・・・と心配していても仕方がないので、そろそろ腹を括って書かねば・・・。

さて、自分のことを何と紹介するべきかという、初っ端で早速つまずきそうだ。定義の仕方によっては、「作曲家」というものに、部分的には当てはまるかもしれないが、それがメインの職業かと問われると、これで生計を立てているわけではないし。音楽に関係するところで生きていることには違いないのだが、ここ数年は、作曲よりも圧倒的に、上記雑用の方に割く時間が多くなってしまっている。その雑用の多くは、演奏会を企画・運営することにまつわるものだ。

日本では、プロデューサー、ディレクター、マネージャーなどの仕事がごちゃ混ぜになって存在しているように思う時がある。もちろん大手企業や大ホール、オーケストラなどには、それぞれ担当者がおられ、きちんと分業がなされていると思うが、小さな団体やアンサンブル、ましてや個人的に演奏会を企画している場合は、凄まじい掛け持ち・兼任兼務をすることになる。自分の時間はどんどん無くなり、睡眠時間もどんどん短くなる。1日24時間しかないというのが恨めしいという感じだ。

演奏家は練習に追われながら、また作曲家は作曲し(多くの場合は仕事も抱え)ながら、大変な思いをしつつ企画を練る。東京にはそういう人たちがたくさんいて、興味深い企画が次々に催されている。私は海外に住んだことはないが、数えてみると今までにヨーロッパ、アジアを中心に22カ国(特にドイツはかなりの回数)訪れている。けれど東京ほど数多くの演奏会が、年中行われているところはあるのだろうか、とよく考える。訪れた所がたまたまシーズンオフだったからかもしれないし、或いは私が知らないだけで、実はたくさんの演奏会があったのかもしれないので(例えばベルリンなど?)、もしかすると間違った解釈をしているかもしれないが、それにしても東京には大小相当な数の、しかも行ってみたいと思わせる企画が多いことには間違いない。

京都時代、どこへ行くにもバイクか車。愛車はホンダVT250(写真は友人のバイクに乗る筆者)

ところで私は、京都で生まれ育った。伝統的な文化を重んじている街であることは言うまでもないが、一方で「京の新しモン好き」と言って、早くから西欧文化を取り入れたり、意外なものが京都発祥だったりして、未知なものを受容する土壌がある、と、言われている。そして、各地から集まる大勢の学生たちの若い熱気との相乗作用なのか、あちこちに点在するアングラ(死語かな?)ライブハウスでは、相当に熱い(時にメチャクチャな)、各ジャンルの先鋭的なものが繰り広げられてきた。1990年代ごろまでは、各大学の立て看(学生の政治的主張を書いた看板)はごく普通の光景だったし、その前でアジる(これも死語?)学生もまだ見られた。権力に対しては迎合しないのが、ある種普通のことだという雰囲気を感じて育った私が大人になって、東京と地方の情報量の差に圧倒された時、その一極集中の有り様に一石を投じたくなってしまった。

大阪音楽大学時代、関西には少ないながらも現代音楽の演奏会はあったし、できる限りそれらも見に行ったけれど、東京でしょっちゅう開催されている数々の演奏会はもっと魅力的で、何度も夜行バスに乗った。その頻度が増して行き、卒業後はついに東京に住んでしまうことを決意。演奏家も作曲家も演奏会も研究会も・・・層は厚く、ハイレベルで刺激的に思えた。

next mushroom promotion 発足当時。筆者は最前列。

25年ほど前に東京に移り住んでから私は、大阪の大学で講師をすることになり、今も続けている。その流れで、2001年関西で、next mushroom promotion(以下nmpと略記)という、現代音楽を専門に演奏するアンサンブルを仲間と立ち上げた。東京ではなく関西で立ち上げた訳は、京都で身についた反骨精神みたいなものだったのか。鼻息荒く、「自分達が本当に面白いと思える現代音楽を選曲し、妥協のない(東京でさえなかなか聴けない)プログラミングを提供し続けること」を目指した。当初は、アラカルト的にいろんな作曲家の曲を集める回と、一人の作曲家を取り上げ、1日に2〜3公演(時には作曲家自身のレクチャーも)行って、その作曲家を深く掘り下げる回とを交互にやっていた。どれも相当コアな内容の演奏会だったと思うが、実は関西には、リピーターとして毎回聴きに来てくれる現代音楽隠れファンが多い。さらに噂を聞きつけて東京などからも毎回来聴者があり、ありがたく思う。ちなみにこの奇妙な団体名は、「ケージ(mushroom)の次(next)の世代として新しい音楽のあり方をプロモートしたい」という思いに由来する。

2018年にテーマ作曲家として来日してくれたシュテファン・プリンスと筆者。

我々の趣旨に賛同し、実際企画に参加してくれたテーマ作曲家は、ヘルムート・ラッヘンマン(2003)、マティアス・シュパリンガー(2005)、細川俊夫(2005)、ニコラ・モンドン(2008 彼は、師匠であるジェラール・ペソンに頼まれて代理で来てくれた)、フランチェスコ・フィリデイ(2010)、シュテファン・プリンス(2018)で、ゲスト演奏家としては、高橋アキ(ピアノ/2002)、菅原幸子(ピアノ/2003)、松平敬(バリトン/2003)、アンサンブル・ルシリン(2005)、細川俊夫(指揮/2008, 2010)、中村功(打楽器/2009) である(以上、敬称略)。

nmpを運営することで、様々な経験をした。企画に関する諸雑用はもちろんのこと、ケージ特集では、100人分のきのこ料理を、演奏会本番の舞台裏で作ったり、クセナキスのオレステイア全曲日本初演の時には、70人分の衣装を自分で手縫いしたりした。私だけでなくメンバー全員が、それぞれもうめちゃくちゃに働いた。nmpは、国内外からの依頼公演も度々受けたし、1年を通して最もチャレンジングだった団体・企画に与えられるサントリー佐治敬三賞(2006)もいただいた。授賞式では、錚々たる方々が列席されている中、このへんちくりんな名前が堤剛氏によっておごそかに呼ばれた。場違いそのものだった気がしないでもないが、地方の無名団体が脚光を(一瞬でも)浴びるのは、当時珍しかったと思う。冒頭で述べた、深く考えないではじめてしまったことの一つかもしれないが、まあ良しとしよう。

さらに私は2010年、日本現代音楽協会というところの国際部の仕事を、今年ご逝去された松平頼暁氏から引き継いでしまう。これもまたあまり考えずに承諾したことの一つなのだが、その結果は・・・・ということで、まだ自分が何者なのかわからないままですが、続きは次回です!

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

大阪公演の後の打ち上げ。中央で手を上げているのがシュテファン。横がゲストピアニストの中村麗。その横が筆者。

(2023/10/15)

<公演情報>
●2023年10月12日(木)19時開演 ティアラこうとう小ホール
土橋庸人(guit)+山田岳(guit)
「ハイパー・デュエット II」
福井とも子 / doublet III (2017 / 2020)
前売り一般 3000円 (当日3500円)

●2024年1月21日(日) シュトゥットガルト
岡静代(cl)、オーサ・オカベルク(vc)
福井とも子 / interaction (仮題、2023)

<最近のCD情報>
◆“ARCS” (2021) コジマ録音
演奏:土橋庸人+山田岳 ギターデュオ
福井とも子 / doublet III (2017 / 2020)
https://www.amazon.co.jp/ARCS-土橋庸人/dp/B0932JC9VT

◆24 Preludes from Japan (2017) stradivarius / STR
演奏:内本久美 ピアノ
福井とも子 / A walking man does not walk nor does a dancer dance.(short version 2016)

◆to the forest [現代日本の作曲家シリーズ] (2014)
福井とも子作品集
color song III for guitar solo(2013), doublet+1 for cl, vn, vc(2012), Schlaglicht~for vn & pf(2002), to the forest I & II for mixed chorus and Trio Accanto(2011), doublet for vn & vc(2011), Golden drop~for 9 players(2005)

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福井とも子 (Fukui Tomoko)

これまでダルムシュタット国際夏期現代音楽講習会(ドイツ)、エクラ音楽祭(ドイツ)、ベルリンメルツムジーク(ドイツ)、Ars Musica音楽祭(ベルギー) 、ヴェネツィアビエンナーレ(イタリア)、バルトークフェスティバル(ハンガリー)、武生国際音楽祭、パンムジークフェスティバル(韓国)、ムジカラマ音楽祭(香港)、VICO Festival(カナダ)その他から招待や委嘱を受ける。
ISCM世界音楽の日々/香港大会(2002)、同クロアチア大会(2005)、同オーストリア・スロバキア大会(2013)に入選等。日本音楽コンクール管弦楽部門入選、室内楽部門第3位、ダルムシュタット国際夏期現代音楽講習会奨学生賞、秋吉台国際作曲賞受賞等。

作曲活動に加え、北海道教育大学、大阪大学、東京音楽大学、京都精華大学、国立音楽大学、シュトゥットガルト音楽大学、サイモンフレイザー大学(カナダ)等々、国内外の大学等でのレクチャーや、演奏会の企画・制作等を行う。2001年より現代音楽演奏団体next mushroom promotion(http://kinoko2001.music.coocan.jp/CCP026.html)のプロデュースを手掛け、第8回公演「細川俊夫特集」は2005年度サントリー音楽財団佐治敬三賞を受賞した。同団体は2008年から2012年まで武生国際音楽祭に、また韓国、香港、ハンガリー、メキシコ等の音楽祭にも度々招かれている。

日本現代音楽協会副理事長、国際部長。ISCM(International Society for Contemporary Music)の理事に、アジア人女性としてはじめて就任。