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紀尾井ホール室内管弦楽団 第136回定期演奏会|秋元陽平

紀尾井ホール室内管弦楽団 第136回定期演奏会
Kioi Hall Chamber Orchestra Tokyo – The 136th Subscription Concert

2023年9月22日 紀尾井ホール
2023/9/22 Kioi Hall
Reviewed by 秋元陽平(Yohei Akimoto)
Photos by © 武藤章

<キャスト>        →Foreign Languages
トレヴァー・ピノック(指揮)
ラゥリーナ・ベンジューナイテ Lauryna Bendžiūnaitė(ソプラノ Ⅰ 独唱)日本デビュー
マウロ・ペーター Mauro Peter(テノール独唱)
澤江衣里 Eri Sawae(ソプラノ Ⅱ 独唱)
新国立劇場合唱団 New National Theatre Chorus(合唱)
紀尾井ホール室内管弦楽団

<曲目>
メンデルスゾーン:オラトリオ《 聖パウロ》op. 36 MWV A 14~序曲
メンデルスゾーン:詩篇第42番《鹿が谷の水を慕うがごとく》op.42, MWV A 15
メンデルスゾーン:交響的カンタータ(交響曲第2番)《讃歌》変ロ長調 op.52, MWV A 18

 

メンデルスゾーンという作曲家の人となりが垣間見えるようだった。
とくべつに自分の秘めたる内奥を主張したり、ロマン的な孤高へと魂を追い詰めていくようなところが前面に出るという作風ではない。西欧美学を規定してきた古典的対立にのっとって言えば、彼の音楽は型破りで目眩のするような「崇高Erhabene」というよりは、端正で知的な「美 Schönheit」の領分にあるという言い方もありうるだろう。若くしてとにかく卓越した作曲技術を自家薬籠中の物とした人であって、彼の音楽のどこを鳴らしても才気がほとばしるような調和が織り上げられていることは、彼の作品を何らかの形で演奏したことがある人であればたちどころに体感する。もちろん、あれこれの例を挙げながら、崇高と美は単純な対立関係にはなく、メンデルスゾーンの整然とした佇まいのうちにも狂気がある、ということはできる。けれどもひとまず、彼の音楽にひときわ聴くひとへ向けて微笑むように開かれた、いわば「エレガント」な側面があるということは認めておくとしよう。

その美質は、このたびKCOとピノック、新国立劇場合唱団という贅沢極まりない演奏陣で彼の宗教音楽を聴くことによって、いっそうよく理解されたように思う。聖アウグスティヌス(354-430)の書きものにすでにひしと感じられる魂の渇望、つまり、神をまるで喉を潤す水であるかのように欲するその切迫——それはプロテスタンティズムの特徴的な一面でもある——が詩編のうちにもほとばしっているのだが(Wie der Hirsch schreit…)、メンデルスゾーンはそれを激しいコントラストや苦しみへの沈潜を通じてドラマ化するというよりは、彩色とひびきへの配慮によって平明に伝え、その詞を多くの人がそこに参集することができるような旗印にするのだ。エレガンスは、そのような普遍性を志した結果ではないか。プログラム内の星野宏美による解説は、オラトリオ《聖パウロ》と交響的カンタータがいずれも500人近い人数が参加して初演され、後者はアマチュアも参加したことを教える。魂の内なる葛藤や不安が、そのまま水平的な交流のモチーフになって、ひとつの祝祭空間を開こうとする。まさに「すべて息するものよ、主を讃えよ」(三ヶ尻正訳)ということだ。

それにしても、それほどの大人数で演奏されたという大規模な祝典音楽であっても、三曲とも短い音価の刻みの応酬や内声の細やかな展開によってていねいに織り上げられたもので、集合場所にぼんやり合流できるような大ぶりな構造では決してなさそうだ。ピノックはそれを熟知しており、推進力と精彩を絶えずオーケストラに注入し、活気づけて行くさまが楽しい。トッププレイヤーが参集したKCOは管楽器の音色も豊かなのだが、あらためて、バッハの《マタイ受難曲》の編曲しかり、メンデルスゾーンは、クラリネットの響きを教会音楽のなかに取り入れるのが巧みだと思う。アンサンブル全体がオルガンの響きを模すような充実感もある。歌手陣の三人もいずれもメンデルスゾーンの音楽にふさわしい高揚感を表現しているが、わたしはとくに、新国立劇場合唱団の迫力に驚いた。オーケストラとソリストの後ろにいるというよりは、かれらを包容し、押し出すような力。
このコンサートはわたしが在欧時に愉快に思った音楽と社会のかかわり方、たとえば市民音楽祭や祝典のフィナーレで奏される音楽を思い出させるもので、客席で黙って聴いている代わりに聴いている方が歌なり楽器なりで参加する気を起こさせるものだ。それもまた、メンデルスゾーンという人の、その音楽の一側面なのではないか。

 

(2023/10/15)

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<Cast>
Trevor Pinnock (Cond.)
Lauryna Bendžiūnaitė (Soprano I solo)
Mauro Peter (Tenor)
Eri Sawae (Soprano II solo)
New National Theatre Chorus
Kioi Hall Chamber Orchestra

<Program>
Felix Mendelssohn Bartholdy: Oratorio “Paulus (Saint Paul)” op. 36 MWV A 14 – Overture
Felix Mendelssohn Bartholdy: Psalm 42 “Wie der Hirsch schreit (Like as the hart longs/As the Hart Pants)” op. 42, MWV A 15
Felix Mendelssohn Bartholdy: Symphony-Cantata (Symphony No. 2 in B-flat major) “Lobgesang (Hymn of Praise)” op. 52 MWV A 18