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Tomoki Kitamura Real-time Vol.5 “Année de pèlerinage Ⅱ” 北村朋幹 ピアノ・リサイタル|藤原聡

Tomoki Kitamura Real-time Vol.5
“Année de pèlerinage Ⅱ”
北村朋幹 ピアノ・リサイタル

2023年8月23日 ムジカーザ
2023/8/23 Musicasa
Reviewed by 藤原聡 (Satoshi Fujiwara)

〈曲目〉       →foreign language
ドビュッシー:夜想曲
ガルデッラ:高地のソナタ(2021)
ショパン:舟歌 op.60
リスト:巡礼の年 第2年 「イタリア」 S.161

(アンコール)
メンデルスゾーン:無言歌集〜ヴェネツィアの舟歌 op.30-6

 

Real-timeとは、2019年から代々木上原のムジカーザで開催されている北村朋幹によるピアノ・リサイタルのタイトルである。何が「リアルタイム」なのか。恐らくはその時々における北村朋幹の「リアルタイムな」興味の拡がり全般のことであり、それは音楽に留まらない文学、絵画などから受けたポエティックな想念への関心であったりテクストレヴェルでの関連性であったり、ともあれプログラム全体に何らかのテマティックな読みを試みることのできるもの。昨2022年からはリストの『巡礼の年』をメインプログラムに置くが、そこからの思念の繋がりや類似性を念頭に入れつつ、演奏者自身はもちろんのこと、リサイタルに足を運ぶ聴衆にも想像力を働かせる悦びを分け与える試みとみて差し支えあるまい。この目論見にはインティメイトなムジカーザという空間がなんと相応しいことか。筆者は演奏者背後の斜め横というまたとない場所からこれを堪能させていただいた。

リサイタルは滅多に演奏されないドビュッシーの夜想曲―牧神の午後への前奏曲と同時期の作―で開始。演奏は1つ1つの音を響きの質に注意しつつ明晰に響かせながらも(ちなみにピアノはベーゼンドルファー)、素晴らしいレガートで豊かな歌を紡ぎ出していくもので誠に見事なものだ。声部の立体的な構築も既にして光る。この曲の書法にはどことなくショパンを想起させるものがあるけれど、まさにこの曲に呼応するかのように前半最後に演奏されたのは舟歌であり、ドビュッシーはメランコリック、ショパンはノスタルジックという点で異なれど、その根本には同じポエジーが横たわっているように聴こえて仕方ない。その舟歌も単に甘美な演奏とはなっておらずに極めてスケールの大きい線の太い音楽が造られていたことに驚嘆。ドビュッシーもショパンも曲名から連想されるような紋切り型の音楽からはみ出るようないかに求心力のある作品を書いていたかを思い知らされる。並の同時代人や潮流から見ての異端あるいは先見性。

順番は逆となったが、前半においてドビュッシーとショパンの間に演奏されたイタリアの現代作曲家フェデリコ・ガルデッラの作品も『高地のソナタ』なる題名を知らずとも冴え冴え(冷え冷え?)とした聴感を聴き手にもたらす忘れがたい作品である。低音の一部をプリペアド・ピアノ仕様に加工(これはもちろん北村が好み録音も行っているケージのプリペアド・ピアノのためのソナタとインターリュードを源泉とする)、連続する高音部の煌めくような高速の走句―ペダルの効果によってそれは中空を漂うエーテルのように感じられる―と先述した低音部での音色の変化が施された単音の打鍵の不可思議な反復効果。反復といえばそこから逸脱し中音部で行われる分厚い和音の連打のソリッドな迫力。あるいは音を出さずに鍵盤を押さえて倍音を抽出しどこかシュールレアリスティックな情景を現出させる手法。ガルデッラはこれらを技巧のための技巧として用いるのではなく、何らかの風景/心象風景を非人称的に(ここに矛盾があるのは当然だ)音として抽出することを目指しているのは確かだろう。そうなると先のドビュッシーの夜想曲とも繋がりはしまいか。

リサイタル後半は前半最後のショパンと完全な同時代人であるリストの巡礼の年第2年「イタリア」。ここで北村はかなり自由な演奏を試みているように感じたが、元来が鼻歌的で気楽な曲想とは言え、3曲目のサルヴァトール・ローザのカンツォネッタにそれが顕著に現れていた。あるいは終曲の「ダンテを読んで―ソナタ風幻想曲」。これはソナタ風幻想曲であって幻想曲風ソナタ―つまりベートーヴェンの『月光』のような―ではないと言ったのはブレンデルであるが、その言葉の意味を如実に思い知らされた演奏で圧巻の一語。部分の演奏効果を最大化させると同時に、それを突出させることなく全体の起伏の中に上手く収める大技。ペトラルカのソネットの甘美さとそれのみに終わらせぬ強靱さも心に残る。

アンコールにはメンデルスゾーンの無言歌集からヴェネツィアの舟歌が親密さをもって演奏されたが、もちろんこれもショパンの舟歌との繋がり、そしてプログラム全体に共通する直接的/間接的なイタリアへの言及を念頭に入れてのものだろう。

表面のテーマが「イタリア」であるのは明白なのだが、それのみに留まらぬ射程を持った誠に拡がりのあるリサイタルであり、この12月のVol.6も聴き逃がせないとの思いは強まる。

(付記)
当日のプログラムにはガルデッラ自身による「高地のソナタ」の文章及び北村朋幹による同氏へのインタビューが掲載されており、それ自体は誠に興味深く参考になるものだったのだが、他の曲目に対する解説や言及が全くない。有名曲であるからその必要もあるまい、との考えなのかは定かではないが(しかしドビュッシー作品は同名の管弦楽曲「夜想曲」や他のピアノ曲に比べると全く有名ではない)、リサイタルの主旨からすれば個人的にはいささか残念(敢えて、なのかも知れないけれど)。

(2023/9/15)

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〈Player〉
Tomoki Kitamura, piano

〈Program〉
Debussy:Nocturne
Gardella:Sonata d’altura(2021)
Chopin:Barcarolle op.60
Liszt:Année de pèlerinage,deuxième année S.161 “Italie”

※Encore
Mendelssohn:Lieder ohne Worte〜Venezianisches Gondellied op.30-6