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東京JAZZ 2023 NEO-SYMPHONIC JAZZ at 芸劇 – Mirage Future -|田中 里奈

東京JAZZ 2023 NEO-SYMPHONIC JAZZ at 芸劇 – Mirage Future –
2023年8月25日、東京芸術劇場コンサートホール

TOKYO JAZZ 2023 NEO-SYMPHONIC JAZZ at GEIGEKI – Mirage Future –
August 25, 2023, at the Tokyo Metropolitan Theater, Concert Hall
https://www.geigeki.jp/performance/concert274/

Text by 田中 里奈(Rina Tanaka)

Artists and setlist in English→

出演
プロデュース・指揮:挾間美帆
演奏:東京フィルハーモニー交響楽団
ゲスト:BIGYUKI (Keys), Awich (Rap&Vocal), Patrick Bartley (Saxophone)

曲目
スティーヴ・ライヒ / Eight Lines
坂本龍一 / 0322_C#_minor(編曲:挾間美帆)
カマシ・ワシントン / The Space Travelers Lullaby(編曲:挾間美帆)
パット・メセニー / Minuano(編曲:スコット・ニンマー)
BIGYUKI / John Connor(編曲:挾間美帆)
BIGYUKI / LTWRK 2023(編曲:挾間美帆)
BIGYUKI / In a Spiral(編曲:挾間美帆)
ロバート・グラスパー / Let It Ride(編曲:スコット・ニンマー)
BIGYUKI / TSUBASA feat. Awich(編曲:挾間美帆)
Awich / Queendom(編曲:挾間美帆)

(アンコール)
フライング・ロータス / Putty Boy Strut

主催
公益財団法人東京都歴史文化財団 東京芸術劇場
NHKエンタープライズ

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今年で5回目を迎えた、挾間美帆と東京芸術劇場による「NEO-SYMPHONIC JAZZ at 芸劇」が面白いことになっていた。同シリーズは、日本を代表するジャズ・フェスティバル「東京JAZZ」の一プログラムだった「N響JAZZ at 芸劇」(2015-2018、指揮:ジョン・アクセルロッド)を、世界的活躍のめざましいジャズ作編曲家・挾間美帆によるプロデュースと東京フィルハーモニー交響楽団の演奏で再始動したものだ。なお、2022年からは「東京JAZZ」の冠を戴してもいる。

NEO-SYMPHONIC JAZZを総括し、シリーズの成長と成功をここまで導いてきた挾間美帆は、東京JAZZ 2017でヨーロッパの名門ビッグバンドであるデンマーク・ラジオ・ビッグバンド(DRBB)とのコンサートプログラムのディレクションを担当し、その後の2019年に同ビッグバンドの首席指揮者に就任している。DRBBはデンマークの公共放送局直属ジャズ・オーケストラだから、挾間は日本とデンマークで国営ラジオを母体とする事業体に関わってきたことになる。挾間といえば、NHKと日経が主催してきた東京JAZZへの関与だけでなく、2019年からNHK-FMでラジオ番組のパーソナリティも担当しており、今年度からレギュラー番組も持っている1。ジャズの歴史と伝統を守り、伝えるだけでなく、最新の動向までを踏まえて、共演者と観客にひとつの、または複数の道筋を示し続ける力が、そこに至るまでの企画と調整を含めて、国内外での評価につながっている。

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NEO-SYMPHONIC JAZZのこれまでのプログラムは、シンフォニック・ジャズ史に軸足を置き、ジョージ・ガーシュウィンやレナード・バーンスタインの先達から、クラウス・オガーマンやヴィンス・メンドーザ、マリア・シュナイダーといった現在の巨匠へとつなげる視野を大前提としたうえで、シャイ・マエストロやジョン・バティステといったコンテンポラリー・ジャズの最前線を参照し、なおかつ、ジャズからポップ・ミュージックや映画・アニメ音楽への影響にも目配りを欠かさないでいた。このシリーズの引き出しの多さはハイコンテクストな構成の表れであり、無節操なものではない。その反面、シリーズタイトルや曲目のうちの1つか2つに惹かれてやってきた観客はきっと目を白黒させたに違いない。筆者は2021年に足を運んだが、デューク・エリントンや穐吉敏子からマリア・シュナイダーを通って挾間美帆の新曲へと続く道のりに、モノンクルの吉田沙良が加わってきたところで消化につまずき、そのまま盛り上がっていった終盤には完全に乗れず、客席でぽつねんと聞いていた覚えがある。

2023年のプログラムはどうだったかというと、とにかく攻めていた。スティーヴ・ライヒと坂本龍一の響きを東フィルと紐解いて、そこにカマシ・ワシントンとパット・メセニー、くわえてBIGYUKIからAwichへと続ける。なるほど、まずは芸劇のいつもの観客には比較的身近に感じられるであろうライヒと坂本を取り上げ、そこから現代ジャズへと広げていくことで、ミニマル・ミュージックからの影響面に焦点を当て、ニューヨークのジャズを中心とした音楽シーンを前景化させている。すなわち、ワシントンやメセニーといったジャズ界の巨匠を経て、現代ではヒップホップを中心にさまざまなジャンルに混流し、ますます多面的な様相を呈している、その分野横断的で挑戦的なジャズシーンの潮流を、芸劇の観客に示そうとしている。そのプログラム構成はもっと注目されていい。

* * *

実際に聴いてみると、前半部では、徐々に大きくなっていく編成にだんだん耳が慣らされて、複雑でテクニカルに編曲されたワシントンと、カタルティックなモーメントの続出する派手なメセニーの対比がクローズアップされていたことに気づかされる。白状すると、坂本からワシントンにかけてオリエンタルなサウンドが強調されているように感じ、くわえて、そこにゲスト奏者のパトリック・バートリー Patrick Bartleyが日本通という紹介で登場したので、これはセルフオリエンタリストな演出なのだろうかと一瞬警戒した。だが、演奏が始まってしまえば、オーケストラをバックにしてもまったく物怖じすることなく、色鮮やかな音色を力強く迸らせていたバートリーのソロは見事の一言で、前述の不安は杞憂に終わった。

Perfumeの楽曲を早口の英語でよどみなく分析した動画がSNSでヒットして話題になったバートリーだが2、グラミー五冠に輝いたジョン・バティステと共演したり、米リンカーン・センターで芸術監督のウィントン・マルサリスが立ち上げたセイント・ルシア・ジャズ・フェスティバルに出演したりするなど、そのキャリアは堅実かつ着実だ。現在は日本に在住しているとのことで、今後の活躍がますます期待される。

休憩を挟んで始まった後半部では、BIGYUKIの演奏における器用さと存在感が強く印象に残った。彼がオーケストラの音をとにかく聞き、それに合わせて出力を都度調整しつつ演奏してのけた点は、普段のライブにおけるパワフルなサウンドと比べたら聞き劣るかもしれないが、キーボードに聞きなじみの薄い観客にすら届けたその技量は評価すべきだと筆者は思う。とりわけ「In a Spiral」のピアノソロからバートリーとのデュオセッションに移行し、そこからオーケストラとの協奏を経てグラスパーの「Let It Ride」へと至る一連の流れは素晴らしかった。このあたりは、今回のプログラムにもあるワシントンやグラスパーと実際に共演し、進行形で拡張を続ける米国のブラック・ミュージックの領域でたしかな存在感を放つBIGYUKIの側面が垣間見れた瞬間だっただろう。

終盤に登場したAwichは、BIGYUKIのプロデュース曲で沖縄返還50年の節目にリリースされた「TSUBASA」(2022)と、2022年の初武道館ソロライブの開幕を飾った「Queendom」(2022)を、芸劇の観客を前にして歌い上げた。

米軍基地と隣り合わせの土地に生きることをリリックに歌う「TSUBASA」という曲を、東京都の中心部で「東京都 Tokyo Metropolitan」を英名に冠した東京芸術劇場で、現存する日本最古のオーケストラであり、GHQ接収下の東京宝塚劇場の専属オーケストラでもあった東京フィルハーモニー交響楽団が演奏する意味は大きい。また、「Queendom」の中盤のバートリーのソロからAwichのラップパートへと切り替わってからの盛り上がりは特筆すべきものがあった。アンコール曲のフライング・ロータスに「洗脳」(2020)を重ねたパフォーマンスもめちゃくちゃ格好良かった。

ただし、正直なところ、Awichの歌声は、舞台から遠のけば遠のくほどオーケストラのサウンドとの乖離が目立ち、前者のBIGYUKIがピアノとキーボードの音をオーケストラとうまく調和させることに奏功していただけに違和感が残った。筆者が二階席後方で聴いていたことも一因だろうが、音響上の課題はあると感じた。この点については、今年10月に予定されている配信版を聴いたうえで、改めて考えてみたい。

オーケストラの演奏と俳優の歌唱のバランスをうまく調整して成功を収めてきたミュージカルを聞き慣れている筆者がこういう意見を述べることを問題視する人はもちろんいようが、アンプの役割はあくまでも大きな会場に生じがちな座席ごとの音響的なバランスのズレを最小限に抑えることにあり、この企画はアンプ込みのサウンドに慣れた観客の存在をも否定しないものだと筆者は理解する。もし「音響に文句があるなら前列で聴け」という前提がこの公演にあるとすれば、もっと小さなキャパシティに会場を移すべきだろう。お試し感覚で後方席に座って幻滅した観客が再び足を運んでくれることを期待すべきではない。

* * *

ところで、前回の公演からタイトルに「東京JAZZ」と冠していることにも、今更ながら触れておきたい。東京JAZZと言えば、海外アーティストを幾人も招聘し、週末に複数の会場で開催していた頃を覚えている読者も少なからずいると思うが、その後規模が徐々に縮小していき、コロナ禍の2020年からは配信化、2021年にはNHKエンタープライズの単独主催へと変わった3。2022年からはNEO-SYMPHONIC JAZZと合体し、芸劇とNHKエンタープライズの共同開催に落ち着いた形だ。

国際的なジャズ・フェスティバルから手堅く残ったのが日本のオーケストラとのシンフォニック・ジャズというのはリアルな落としどころだと筆者は思う。それは、大規模な芸術祭や劇場主催公演が、ビッグネームの招聘だけでは予算の使用用途の説明として不十分だとみなされるために、代わりに地元の団体や機関との連携による地域還元を強調することで活動継続に苦心してきたことを連想させる。その背景にあるのは予算上の制約だけではない。芸術活動自体が、世界中を飛び回るトップ・アーティストを頂点としたピラミッド型から、各地のローカルな文脈(あるいは複数の文脈群)を汲んで形成・発展した分散型へと変容しているのだ。

散らばった文脈の先に咲いた作品同士に新たな緯糸を通したり、上演地の要請や期待に応じて模様を編み直したりすることのできる点で、シンフォニック・ジャズの可能性は大きい。視野と戦略性に秀でた音楽監督とローカルな主催および演奏団体との辛抱強く継続的な協働が成立する限りにおいて。次年度以降の展開が楽しみである。

(2023/09/15)

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  1. 挾間美帆は、2019年より特番「ニューヨーク・ヴァイブズ」を不定期で放送していた。2023年4月からはレギュラー番組「挾間美帆のジャズ・ヴォヤージュ」を毎週日曜に放送している。
  2. Adam Neely「ジャズとJ-Popの融合」YouTube, 2019年5月6日。同動画は2023年9月までに140万回以上再生された。
  3. 東京JAZZは、NHK、NHKエンタープライズ、日本経済新聞/Nikkeiの三者が実行委員会形式で主催してきたが、2021年にNHKエンタープライズの単独主催に転じた。


ARTISTS AND SETLIST

Produced and conducted by Miho Hazama
Performed by Tokyo Philharmonic Orchestra
feat. BIGYUKI (Keys), Awich (Rap & Vocal), and Patrick Bartley (Saxophone)

Presented by
Tokyo Metropolitan Theater, Tokyo Metropolitan Foundation for History and Culture
NHK Enterprises, Inc.

SETLIST:
Steve Reich / Eight Lines
Ryuichi Sakamoto / 0322_C#_minor (Arranged by Miho Hazama)
Kamasi Washington / The Space Travelers Lullaby (Arranged by Miho Hazama)
Pat Metheny / Minuano (Arranged by Scott Ninmer)
BIGYUKI / John Connor (Arranged by Miho Hazama)
BIGYUKI / LTWRK 2023 (Arranged by Miho Hazama)
BIGYUKI / In a Spiral (Arranged by Miho Hazama)
Robert Glasper / Let It Ride (Arranged by Scott Ninmer)
BIGYUKI / TSUBASA feat. Awich (Arranged by Miho Hazama)
Awich / Queendom (Arranged by Miho Hazama)

Encore:
Flying Lotus / Putty Boy Strut