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快楽の庭園 ~チェコ、クロムニェジーシュ城に響いたバロック音楽~|大河内文恵

ENSEMBLE ACADEMIA MUSICAボヘミアン・バロックを聴く 2023夏 快楽の庭園 ~チェコ、クロムニェジーシュ城に響いたバロック音楽~
ENSEMBLE ACADEMIA MUSICA The Garden of Pleasure: Baroque Music in the Czech Republic’s Kroměříž Castle

2023年8月4日 品川区立五反田文化センター 音楽ホール
2023/8/4 Gotanda-Bunka Center Music Hall
Reviewed by 大河内文恵 (Fumie Okouchi)
Photos by Takumi Oku

<出演>        →foreign language
アンサンブル・アカデミア・ムジカ:
杉村智大(ナチュラル・トランペット)
村上信吾(ナチュラル・トランペット)
杉田せつ子(バロック・ヴァイオリン)
鷲見明香(バロック・ヴァイオリン)
中島由布良(バロック・ヴィオラ)
小池香織(ヴィオラ・ダ・ガンバ)
角谷朋紀(ヴィオローネ)
宮崎賀乃子(オルガン)
曽根田駿(バロック・ハープ)

賛助出演:
渡辺祐介(バス)
守屋紗弥(ナチュラル・トランペット)
須長仁季太(ナチュラル・トランペット)

ポジティフオルガン提供・調律:石井賢

<曲目>
ヴェイヴァノフスキー:イントラーダ
                                       :狩のソナタ
ビーバー:嘆きのバレット ホ短調
シュメルツァー:3声のソナタ ハ長調
フローベルガー:トッカータ I 「第4巻」
ビーバー:5声のセレナーデ(夜回り歌)

~休憩~

ベルターリ:賛美のソナタ
フローベルガー:ファンタジアV「第2巻」

ビーバー:4声のアリア イ長調
作者不詳:3声のバッロ ニ長調
カプリコルヌス:ソナタ第3番イ短調「甘美なるソナタ集 第2部」
リットラー:8声のバレット ハ長調

~アンコール~
リットラー:チャッコーナ

 

ナチュラル・トランペットのこと、知っているつもりでいたが実はよくわかっていなかった。どういうことなのかは後で詳しく触れるが、1曲目でナチュラル・トランペットのイメージが変わった。このイントラーダはヴァイオリンとトランペットの掛け合いでできているのだが、それがちゃんと掛け合いになっているのだ。

モダンの楽器はもちろん、古楽器のトランペットでも通常は音量が大きくて、ヴァイオリンと1対1では音量の差があり過ぎるのと音質が異なるため掛け合いになりにくい。それがきちんと成立するのは何故なのか?

ひと昔前にはナチュラル・トランペットというと、あのちょっと時々外れたような音がする楽器でしょ?という見方が多かったと思うが、最近はナチュラル・トランペットでも音程が気にならない演奏も聞かれるようになった。その意味するところを、今までさほど気にしていなかった。

会場で有料にて配布されたパンフレットによると、自然倍音だと他の楽器と音程が異なってしまう第11倍音(fis)と第13倍音(ais)の音程を合わせるために、補正孔のついた楽器が1960年代から使われてきたという。とはいえ、音の響き方に影響が出る虞があることなどから、アンサンブル・アカデミア・ムジカでは補正孔をもたないナチュラル・トランペットを用いることを選択したということである。

その選択が音楽にどのような影響を与えるのか、杉村による解説を読んでも今一つピンと来ていなかったのが、演奏を聞いて単なるノスタルジーや当時の音楽を再現するといった簡単なことではないのだなと腑に落ちた。

話を進めよう。この演奏会のもう1つの柱はボヘミアである。現代でいうとおおよそチェコにあたるこの地方は、17~18世紀はハプスブルク家の支配下にあった。ボヘミアには優秀な音楽家が多く、彼らはウィーンやドレスデンの宮廷などで活躍したことが知られている。
今回取り上げられた作曲家の中で比較的名前が知られているのはフローベルガーとビーバーだろう。3曲目に演奏されたビーバーの《嘆きのバレット》は舞曲を中心とした組曲の構成で、ゆっくりのテンポの曲と速い曲が交互にあらわれる。この曲では第1ヴァイオリンが杉田から鷲見に交代しており、鷲見のヴァイオリンが光った。

フローベルガーのトッカータはハープのソロで演奏された。この曲はオルガンやチェンバロで通常は演奏され、ハープで奏されるのは珍しい。撥弦楽器というのは音がすぐに消えてしまうため、音楽の全体像は聞こえた音そのものだけではなく、聴き手の頭の中で再創造された像の中に形成されるのではないかと感じた。楽器から出ている音は、音楽という氷山のほんの一角で、いい演奏というのは、聴き手の頭の中で鳴る全体像を含めて聴かせられるものなのではないか。その感覚はナチュラル・トランペットにも通じるものかもしれない。

前半の最後はビーバーの5声のセレナーデ。宮廷感満載の華やかな曲で、心が浮き立つ。チャッコーナで渡辺の歌が入ると、さらに輝きを増し、前半の締めくくりにふさわしい高揚感をもたらした。

後半2曲目のフローベルガーのファンタジアはオルガン曲だが、今回はハープとオルガンで演奏された。途中、ハープの音が琴のように聞こえたのが面白かった。元のオルガン曲はどこをどう聞いても琴には聞こえないのだが、楽器をかえることで作品の新たな面がみられた。

続くビーバーの4声のアリアも王宮感の漂う曲。ビーバーはヴァイオリンのイメージが強く、ロザリオ・ソナタが有名だが、室内楽作品にも優れた作品が多いのだと知った。この後の作者不詳のバッロがこれまたよい曲で、すっかりいい気分になる。

カプリコルヌスのソナタは「甘美なるソナタ集」の名の通り、そして最後のリットラーのバレットも含め、佳曲が続く。聞いている間に、トランペットの音程がモダンのものと違うことに慣れてきていることに気づいた。より正確にいえば、違うのは確かなのだがそれが不快ではなくなっていた。
それと同時に、先述のようにトランペットがアンサンブルの中で目立つことはなく、その一部になっていることも新しい体験だった。
本来鳴って欲しい音が全部その通りに鳴ることだけが、いい音楽なのだろうか? 実際には鳴っていない音も含めて奏でられる音楽のありかたや、それを聴き取る想像力といったものを、楽器の改良や演奏技術の発達とともに私たちは失ってきたのではないか。そんなことを考えさせられた一夜だった。

(2023/9/15)

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<performers>
Ensemble Academia Musica:
Tomohiro SUGIMURA: trumpet
Shingo MURAKAMI: trumpet
Setsuko SUGITA: violin
Asuka SUMI: violin
Yura NAKAJIMA: viola
Kaori KOIKE: viola da gamba
Tomoki SUMIYA: violone
Kanoko MIYAZAKI: organ
Hayao SONEDA: harp
Yusuke WATANABE: bass
Saya MORIYA: trumpet
Nikita SUNAGA: trumpet

<program>
P.J. Vejvanovsky: Intrada
        : Sonata Venatoria
H.I.F. Biber: Balletti Lamentabili, e-moll
J.H. Schmelzer: Sonata à 3, C-Dur
J.J. Froberger: Toccata I (FbWV 107)
Biber: Serenada à 5 “Der Nachtwächter”, C-Dur

— intermission–

A. Bertali: Sonata Sublationis, C-Dur
Froberger: Fantasia V (FbWV 205)
Biber: Arien à 4, A-Dur
Anon: Ballo à 3, D-Dur
S. Capricornus: Sonata Terzia à 3, a-moll 《Prothimia Suavissima-Duodena Secunda-》
Ph. J. Rittler: Balleti à 8, C-Dur

–encore–
Rittler: Ciaccona