秋山カルテット Second Concert|佐野旭司
秋山カルテット Second Concert
Akiyama Quartet Second Concert
2023年8月3日 マリーコンツェルト
2023/8/3 Maly Koncert
Reviewed by 佐野旭司 (Akitsugu Sano)
Photos by 櫻井奈々子
〈キャスト〉 →foreign language
秋山カルテット
秋山友貴 (作曲、ピアノ)
櫻井愛子 (ソプラノ)
髙橋奈緒 (ヴァイオリン)
飯島哲蔵 (チェロ)
〈曲目〉 →曲順の詳細はこちらの画像を参照
秋山友貴:Songs -Transcriptions (新作) Flow my tears (after J, Dowland) ダウランド:[流れよ 我が涙]
クルターグ :ソプラノとヴァイオリンのための《カフカ断章》作品 24 (1985-87) 第 1 部より 隠れ場所、 第 3 部より 隠れ場所 (繰り返し)
シャリーノ:ヴァニタス [声とチェロとピアノのための一幕の静物画] (1981) より 4. アナモルフォーシスが浮かび上がる「割れた鏡」(星屑)
ショスタコーヴィチ:アレクサンデル・ブロークの詩による7つのロマンス 作品 127 (1967)
メトネル:《2 つのおとぎ話》作品 14 (1906-07) より Ⅰ. オフィーリアの歌
デュパルク(秋山友貴編曲):戦いの起こった国へ (1869-70)
ヤナーチェク:チェロのピアノのための おとぎ話 (1910/23) より 1. コン・モート – アンダンテ
フローベルガー:「トッカータ集第 2 巻」よりトッカータ 2 番 ニ調 (1649)
秋山友貴:Miniatures for Umberto (2014/2021- work in progress) for soprano, violin, cello and piano
フォーレ:ヴォカリーズ・エチュード 28 番 (1906)
ショスタコーヴィチ:《24 の前奏曲とフーガ》作品 87 (1950-51) より 第 23 曲 ヘ長調 – 前奏曲 . アダージョ
マッテイス:ヴァイオリンのためのエアー集より パッサージョ・ロット、ファンタジア
シルヴェストロフ:3 つの後奏曲 (1981/82) 1. 後奏曲 DSCH ソプラノ、ヴァイオリン、チェロとピアノのための
ラフマニノフ(コニュス編曲):ヴォカリーズ (1915)
ピアノ、ヴァイオリン、チェロ、ソプラノという、ピアノ三重奏に声楽を加えた異色の編成による四重奏団「秋山カルテット」。一昨年に発足したこのアンサンブルは先月、2回目の演奏会を開催した。
今回は昼夜2回に分けて行われたが、筆者が足を運んだのはそのうち夜公演である。中板橋にある小さなコンサートホールでの公演だが、筆者が見た限り大勢の観客が興味深く聴き入っている様子で、大盛況だったといえよう。
声楽が1人と器楽が3人という編成でどのような作品を演奏するかと思えば、フローベルガーやニコラ・マッテイス、ヘンデルといったバロック時代の作曲家から、フォーレやラフマニノフ、ヤナーチェクやショスタコーヴィチのような19,20世紀の音楽、さらにはシャリーノやクルターグなどの現代の作曲家まで、1つの演奏会の中で幅広い作品を取り上げている。しかもプログラムの組み方も、まったく異なる様式の作品を隣り合わせにしているだけでなく、曲集となっている作品(ショスタコーヴィチの《アレクサンドル・ブロークの詩による7つのロマンス》Op.127や、5曲からなる秋山友貴の《Miniatures for Umberto》など)もひとまとめに演奏せずに、プログラムの中にばらばらに配置している。それにより、聴き手は代わる代わる別世界へと導かれ、演奏会全体でポプリのような1つの世界をなしていた印象を受ける。
そして本公演は、このような斬新なプログラムの組み方だけでなく、四重奏団のメンバーにもまた注目すべきだろう。まずこのアンサンブルの中心となるのが作曲家でピアニストの秋山友貴である。今回は彼の作品やピアノの演奏が披露されたが、作品では、筆者が特に印象に残ったのが最初に演奏された《Songs -Transcriptions》である。この作品はダウランドの《流れよ 我が涙Flow my tears》に基づいているが、ただの編曲ではない。まずプログラムの中の1曲目ということもあり、弦楽器によるチューニングで始まった。かと思えば、それが終わらないうちに舞台裏からソプラノの声が聞こえてきて、歌手が歌いながら舞台に出てくる。このチューニングも曲の一部だったのである。歌はダウランドの旋律に基づいているが、弦にクリップのようなものを挟んだ特殊奏法による弦楽器や、独特な和音を弾くピアノといった、個性的な伴奏が展開される。
また彼は自身の作品だけでなく、ピアノの演奏でも聴き手を惹きつけていた。その特性がよくわかるのが、フローベルガーの《トッカータ第2番》FbWV102であろう。この曲は17世紀半ばに作られた鍵盤音楽である。バロック時代の鍵盤作品をピアノで弾くことは決して珍しいことではない。しかし、バッハを例に見ると分かりやすいが、同じ作品でもチェンバロで弾くのとピアノで弾くのでは、曲の印象がまるで異なってくる。極端な言い方をすれば、それらは別の音楽だと思って聴いた方が受け入れやすいかもしれない。しかしこの秋山の弾くフローベルガーは、ピアノではなく、まるでチェンバロのような音色で響いていたのである。この演奏を聴いて、ピアノという楽器の可能性や奏者の才能について、改めて考えさせられた。
もう1人注目すべきは、ソプラノの櫻井愛子である。個人的な話をすれば、彼女は筆者が本誌で「ウィーン便り」を連載していたのと同じ時期にウィーンに留学していた。筆者もシェーンブルン宮殿で行われた音大のコンサートや、教会のミサなどで、演奏をたびたび聴く機会があったが、この頃からすでに、透き通った音色や安定感のある芯の強い響きが特徴的であった。彼女の演奏を聴いたのはウィーン滞在の時以来だが、今回の演奏からは、さらに表現力に磨きがかかっているのが伝わってくる。とりわけ上述のショスタコーヴィチの歌曲では、音楽やブロークの詩に見られる痛ましい感情を十分に、かといって過度にならずに絶妙なバランス感覚で表していたように思われる。
そして弦楽器の奏者(ヴァイオリンの髙橋奈緒とチェロの飯島哲蔵)もまた、作品ごとの様式が大きく異なる、変化に富んだプログラムに見事に対応していたといえよう。
本公演では多様な様式の作品を取り上げており、それらの中には、なかなか演奏の機会がない曲目も少なくない。しかしそのような中で演奏会の最後を飾ったのは、クラシック音楽の王道ともいえる、ラフマニノフの《ヴォカリーズ》である。この曲は本来ピアノ伴奏つきの歌曲で、オーケストラ版やピアノ独奏版、ヴァイオリンやチェロなどの様々な独奏楽器による版など、様々な編成で演奏されることが多い。そして今回は歌を伴って演奏するかと思えば、まさかのユーリ・コニュス編曲によるピアノ三重奏版であった。
珍しい曲ばかりを演奏しながらも最後はクラシックの名曲で締める、しかも歌を伴う四重奏団でありながら、この曲をあえて楽器のみで演奏するという、二重の意外性をもってこの演奏会は幕を下ろした。
選曲にしても演奏にしてもプログラムの配置にしても、秋山カルテットは、他の演奏会では味わうことができない、独特の世界を持っているといっても過言ではないだろう。多様性や意外性、斬新さを突き詰めていくこのアンサンブルの、今後の活動に是非とも注目したい。
(2023/9/15)
〈Cast〉
Akiyama Quartet
Tomoki Akiyama (Composition, Piano)
Aiko Sakurai (Soprano)
Nao Takahashi (Violin)
Tetsuzo Iijima (Cello)
〈Programm〉
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