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日本ヘンデル協会 オペラシリーズ Vol. 21 オペラ《トロメーオ》|大河内文恵

日本ヘンデル協会 オペラシリーズ Vol. 21 創立25周年記念公演 オペラ《トロメーオ》
The Handel Institute Japan 25th Anniversary of Foundation : Tolomeo

2023年7月29日 東京文化会館小ホール
2023/7/29 Tokyo Bunka Kaikan small hall

Reviewed by 大河内文恵 (Fumie Okouchi)
Photos by 土屋浩一郎/写真提供:日本ヘンデル協会 

<出演>        →foreign language
音楽監督・演出:原雅巳

キャスト:
トロメーオ:中村裕美(mezzo soprano)
セレーウチェ:村谷祥子(soprano)
アレッサンドロ:新田壮人(counter tenor)
アラスペ:望月忠親(Bariton)
エリーザ:小倉麻矢(soprano)

ヘンデル・インスティチュート・ジャパン・オーケストラ:
コンサート・マスター:大西律子
フラウト・トラヴェルソ&リコーダー:吉澤徹、吉沢眞衣
オーボエ:小野寺彩子、北康乃
ファゴット:鈴木禎
ホルン:下田太郎、齋藤善彦
ヴァイオリン:門倉佑希子
ヴィオラ:春木英恵
チェロ:野津真亮
コントラバス:長谷川順子
チェンバロ:伊藤明子

 

ついに日本ヘンデル協会も舵を切った。日本でバロック・オペラがほとんど上演されていない時期から、継続的にオペラやオラトリオを上演してきた団体の1つである日本ヘンデル協会は、ヘンデル作品の日本初演もおこなってきた。この団体は、演奏活動だけをおこなうのではなく、講演会や研究会などの研究活動と演奏活動とが両輪となって進められてきたことに大きな特徴がある。

少し前まで、日本でのバロック・オペラの上演は内輪向けの要素が強く、手作り感が大切にされてきたが、世界的にバロック・オペラの上演が盛んになり、それと同時に動画サイトなどで世界のバロック・オペラ上演が観られるようになったことで、観客の眼が肥えてきたことも相俟って、演出家を外部から招聘するなど内輪の上演から開かれた上演へと方向転換する団体が多くなってきていた。

そんななかでも、日本ヘンデル協会は従来の手作り感あふれる公演を続けてきた。2018年7月の《アリオダンテ》以降、コロナ禍のため公演がおこなわれてこなかったが、創立25周年を迎えた今年におこなわれた5年ぶりの今回の公演では、外部の演出家こそ入っていないものの、全面的に質の向上にこだわったことが見て取れた。

会場に入って最初に目に入ったのが字幕のスクリーンだった。それまではステージ上に簡易式のスクリーンが設置されていた記憶があるが、ステージの上方に大きなスクリーンが設置され、字幕が見やすくなっていた。有料のパンフレットをじっくり読み込みつつ、開演を待つ。このパンフレットの充実度の高さも同団体の魅力の1つである。

序曲が始まる。弦楽器は1パート1人ずつと小編成ながら、管楽器が充実していて豊かな響きに包まれる。序曲の間には、登場人物が少しだけ登場して顔見世をするが、ストーリーに関連する芝居というよりは、あくまでも顔見世程度に留められた。第1幕は各登場人物の紹介の要素が強く、見せ場はそれほどないが、それでも歌手それぞれの歌のレベルが高く、飽きる間がないまま1幕が終わった。このこと自体がまず画期的だ。バロック・オペラに限らず、第1幕は設定と人物の紹介にあてられることが多く退屈なものになりがちだからである。

第2幕第5場のアレッサンドロのアリアあたりから、全員のギアが入った感じがし、2幕最後のトロメーオとセレーウチェの二重唱は見事で涙が滲んだ。中村と村谷の声の重なりから生み出される美しい響きから、死を決心した心情がせつないほど伝わってきた。ヘンデル時代の初演では、トロメーオ役はカストラートが歌っており、メゾ・ソプラノの中村では迫力に欠けるのではないかと思ってみていたが、この二重唱で「いや、これは中村で良かったのだ」と思った。

第3幕になると、いわゆるヘンデルらしいアリアが続く。第1場のアレッサンドロのアリアとアラスペのアリア、第2場のエリーザのアリアと見せ場が続くが、第3場の自分をキジバトに擬えてつらい胸の内を歌うセレーウチェのアリアが胸を打った。セレーウチェ役の村谷は1幕でハプニングがあったがすぐに立て直し、このアリアで完全に挽回した。そして何と言っても第6場のトロメーオのアリアであろう。毒をあおったトロメーオが苦しい息のなか歌うアリアは、1つ1つの言葉と音の流れを丁寧に表現していく中村の真骨頂だった。

オーケストラについてもふれておこう。今回の上演で通奏低音の重要性が痛感させられた。ファゴットが入っていることで通奏低音が強化されていることももちろんだが、チェロの推進力が音楽を活き活きとさせていると感じられる箇所が多かった。欲を言えば、リュートかハープといった撥弦楽器が入っているともっと表情豊かになっただろう。管楽器について言えば、オーボエの活躍が耳に残った。この時代のオペラのスコアをみていると、ヴァイオリンとオーボエはほぼ同じ旋律を演奏しており、オーボエの入る意味とは?と思うことがあるのだが、実際に音で聞くと、オーボエがあるのとないのとでは音の響きの種類が大きく違うことがよくわかる。

日本ヘンデル協会は演出にバロック・ゼスチャーを取り入れるという独自性をもつ。当時の理論的な枠組みと実際のオペラとの整合性を取りながら動きをつけていくのはかなり大変な作業であろう。歌手はそれぞれ、バロック・ゼスチャーに苦心したであろうが、それを自分の中に落とし込んで表現していたと思う。ただ、歌のレベルが上がったために、ゼスチャーが浮いて見えてしまうことがあるのが残念だった。ゼスチャー・演出・オーケストラの指揮と原の負担が大き過ぎるようにも感じた。

あとひとつ、これは個人的な趣味の領域だが、オペラの設定が古代エジプトなのに衣装がバロック時代ものであることに少々違和感があった。ヘンデル当時にはこうした衣装で上演されていたのかもしれないが、最近の演出の傾向として設定の時代に合わせることが多く、そうしたものを見慣れていると何故?と思ってしまった。

近年、ヘンデルのオペラは他の団体でも上演されるようになってきたが、一部の演目に限られる。日本での上演がほとんどないオペラやオラトリオはまだまだ日本ヘンデル協会の公演でみることが多い。今後もさらに進化した公演が続くことを期待したい。

(2023/8/15)

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<performers>
Music direction and Stage Production: Masami HARA

Tolomeo: Yumi NAKAMURA
Seleuce: Sachiko MURATANI
Alessandro: Masato NITTA
Araspe: Tadachika MOCHIZUKI
Eliza: Maya OGURA

Handel Institute Japan Orchestra:
Concert Master: Ritsuko ONISHI
Violin: Yukiko KADOKURA
Viola: Hanae HARUKI
Violoncello: Shinsuke NOTSU
Contrabass: Junko HASEGAWA
Flauto traverso & Recorder: Toru YOSHIZAWA, Mai YOSHIZAWA
Oboe: Ayako ONODERA, Yasuno KITA
Fagotto: Tadashi SUZUKI
Horn: Taro SHIMODA, Yoshihiro SAITO
Cembalo: Akiko ITO