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Pick Up (2023/8/15)|前田妃奈 ヴィエニアフスキ国際ヴァイオリンコンクール優勝記念リサイタル| JOE

前田妃奈 ヴィエニアフスキ国際ヴァイオリンコンクール優勝記念リサイタル

2023年7月27日 紀尾井ホール  
Reported by JOE:Guest
写真提供: AMATI

「こんなに素敵な場所で、こんなにたくさんの方々を前にリサイタルができるなんて、1年前には夢にも思っていませんでした! もう~、ほんとに!」
あっけらかんと笑う、弱冠二十歳のヴァイオリニスト、前田妃奈(東京音楽大学特別特待奨学生として在学中。小栗まち絵、原田幸一郎、神尾真由子に師事)。ホールにつめかけた数百名の聴衆たちを前に臆することなく豪快かつ無邪気な笑顔で客席を見渡し、それまで支えてきてくれた人々への感謝を述べた。

前田妃奈は昨年の第16回ヘンリク・ヴィエニアフスキ国際ヴァイオリンコンクール優勝者。優勝翌日のガラコンサート以降、20カ国・60地域にわたる世界ツアーが始まり(お笑い賞レースのチャンピオンのごとく、一夜開けたら世界が変貌の出ずっぱり状態みたい)、時の人となっての凱旋帰国コンサートである。

どこかあどけなさもありつつ、しかしその腕に抱いているのは名器ストラディヴァリウス。なんか、すごいギャップ!
前半はモーツァルト、R・シュトラウスで後半にバッハ、マスネそしてヴィエニアフスキ。バッハの『シャコンヌ』あたりで、あ、もしかしてこういう技術的に難易度高めなのがお得意なのかな、と、彼女の王者たるゆえんを理解する。確かに最後のヴィエニアフスキは秀逸だった。さまざまな演奏技法が繰り広げられる超絶技巧曲を、眉間にしわを寄せて力むこともなく、これ見よがしにテクニックをひけらかすふうでもなく、楽しそうに満足げに弾いてみせる。特にエピローグに近づき軽やかなワルツ風の旋律部分など、いかにもくるくるまわり出しそう、というか、もう、踊っているのが見える。名器もまた、気持ちよさそうに歌い踊っている。作品、楽器、演奏家の三位一体の幸福感がひしひしと、伝わってくるのだ。 私は個人的に、「僕が!私が!!」な自己陶酔型の演奏を聴くとシラケてしまう質なのだが、前田のただただ純粋に作品と演奏を楽しむさまは嫌味がなく、そちらの世界を届けてくれてありがとう、と素直に受け止めることができるのだった。

私は常々思っている。人は、必要なときに必要なものと出会うようになっている、と。あるいは、ずっとそばにあったけれど、それを本当に必要になったとき、欲するような心の状態になって初めて、それに出会うことができるのだと。
以前は全然面白いと思わなかった映画を、年月を経て観たときにものすごく泣けた、とか。意味不明だった言葉が、急に心に刺さったとか。音楽もだし、もちろん人ともそう、結局人生すべてがその連続なのだけれど。
だから、あぁそうか、演奏家と作品、演奏家と作曲家もそういうことだったんだな、と、前田を聴いて、腑に落ちた。作品、作曲家との出会いが訪れるかどうかは、演奏家次第だろう。それも努力によるものなのか、才能なのかは人それぞれだし、必ずしもその瞬間がくるとも限らない。けれど彼女は、彼女のこれまでの歩みと今現在のありようが、ヴィエニアフスキとの出会いを手繰り寄せ、両者の生命が響きあって、国際コンクール第一位の称号、そして今日のこの演奏があるのだろう。

プログラムを終え、アンコールに出てきた前田は、「アンコールは1曲しか弾きませんから、あの、気を付けて帰ってください! あはははははははっ」。
そしてまた一気にヴィエニアフスキを軽やかに、華麗に歌い上げ、聴衆大喜びの喝采のなか、上機嫌でステージを後にした。
この先彼女が何に出会い、それがどのように演奏に、ステージに発現されてゆくのか。
おおらかな愛されキャラを満身から放つ二十歳、これからが楽しみである。

(2023/8/15)

<演奏>
前田妃奈vn
グレッグ・スクロビンスキpf

<曲目>
モーツァルト:ヴァイオリン・ソナタ第21番K.304
R.シュトラウス:ヴァイオリン・ソナタ
〜〜〜〜
J.S.バッハ: 無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第2番第5楽章《シャコンヌ》
マスネ:タイスの瞑想曲
ヴィエニアフスキ:グノーの歌劇《ファウスト》の主題による華麗なる幻想曲

(アンコール)
ヴィエニアフスキ: 2つのマズルカ Op.19 第1番「オベルタス」

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JOE
東京都立芸術高校音楽科〜法政大学哲学科卒。
東京ニュース通信社勤務、現在フリー。