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Back Stage|メディアの変遷と音楽ジャーナリズム!|井阪 紘

メディアの変遷と音楽ジャーナリズム!
~「レコード芸術」誌休刊に思う!!

Text by 井阪 紘(Hiroshi Isaka)

音楽之友社より1952年3月に刊行されて以来、レコード批評誌として最も重要なリーダーの位置にあった「レコード芸術」誌が、6月20日発売の7月号で休刊を発表した。
私は1963年に大卒として日本ビクターに入社した。最初にレコード店へのセールスを担当させられた者にとっては、この雑誌は毎月購入して精読する必要があった。2年後、フィリップス・レーベルのクラシックのA&Rを担当させられ、音楽誌の広告を担当することになった。毎月、当時6頁の記事広告をレコ芸に出す仕事をした。誌面の批評に邪魔にならないように気を使いながら、尾崎喜八さん、福永武彦さん、粟津則雄さん、篠田一士さんらに一枚のレコードを聴いて短いエセーを書いてもらった。リスナーの案内になるように・・・という、お金のかかった広告だった。
2000年に東京芸術大学大学院の応用音楽学という部門が出来て、音楽大学としては初めて、私に「レコード録音芸術」についての講義をしろという誘いがあった。とりあえず始めて見たが、12名というこの講座の受講生のうち5人もが私の授業を取ってくれて、名誉なことだと他の人たちから言われたが、講座を始めて見たら、教室にCDプレイヤーはないし、アンプが古いせいかCDというツマミも無く、故障したLPプレイヤーがあるのみで、私は簡単なCDとDVDプレイヤーを持ち込み、授業を始めたのだった。
が、学校側は出来れば講座に必要なテキストなり本を決めて欲しいと言うので、仕方なく一冊、本を書く決意をした。
2003年から今回取りあげている「レコード芸術」誌に、1月号から、2年間かけて書き、「一枚のディスクに~レコード・プロデューサーの仕事」(春秋社)を纏めあげた。
幸い、この本は2006年に出て、その年のミュージックペン・クラブ賞を受賞することとなったが、その大学院の講座で受講生との話から、もう、私はかなりショックな事ばかりを聞いた。講座で使ったCDを受講生が借りたいというので、「良いよ!」と言って、「CDプレイヤーはあるの?」と訊ねると、その当時は、大半はコンピューターに入れて聴くとの返事がかえって来た。音大生ですら、こんな体たらくだから、若者は音楽を聴く手段としてCDは買わないのだろう。
僕は2007年まで東京芸大大学院に通ったが、定年でその年に辞めた。

話を「レコード芸術」誌、休刊に戻そう。嘗ては月刊10万部と言われて、レコード各社は競って広告を出し、批評次第ではそのレコードの売り上げに直接影響していた時代は良かったのだろう。
だが、若者はCDで音楽を聴かなくなり、専らiPhoneでAppleのiTune Music Storeを利用するようになった。我々がCDを売って来た窓口の大型店舗、たとえばHMVやヴァージン・メガストア、そしてタワー・レコードといった所は、1990年代が最盛期であった。
1960年にラス・ソロモンが創設した Tower Recordsには 、1970年代、私も穐吉敏子のビッグバンドの録音でロサンジェルスのウェスト・ハリウッド店を良く訪れた。当時は専らジャズのLPレコードを買い求めた。CD時代に入って、1980年代にはTower Recordsは全米で89店舗を運営するほど成功した。カメラータのCDも、主要カタログはニューヨークのマンハッタン店に300万円分くらい預けていたから、ウィーン・フィルの連中がニューヨークの演奏旅行で店を覗くと自分たちのCDがある。それをみんなは喜んでいた。
そのTower Recordsの本体が倒産したのは2006年10月6日で、朝日新聞が「時時刻刻」で大きく取り上げて、我々はショックを受けた。
日本のクラシックのレコード制作は、60年代は専ら大手の日本ビクターやコロムビア、キングと言った所しか存在しなかった。
70年代に入ってフォンテックやALMコジマ録音、1994年マイスター・ミュージック、1999年にオクタヴィア・レコードやナミ・レコードが続いているが、それ以降はもう数えるのが難しいほど、色々なレーベルが増えて来た。
こうした会社の新譜を紹介し、評価を与えるのがレコード批評、レコード・ジャーナリズムというものだ。レコード芸術の休刊がこうした音楽ジャーナリズムの一部を失わせることになる。それを私は一番危惧している。
さらには、今日のレコード店舗の縮小があり、大手の銀座の山野楽器やヤマハ楽器もクラシックCDのとり扱いが激減、発売されても店で見つけるのは難しくなって来ている。
ひとつのレコード雑誌が休刊するという事は、すでに、「レコード芸術」誌の実売が1万部を切っているのでは(?)、と想像するのだが、それを支えて来たレコード会社やオーディオメーカーの広告支援が、昔のように出来なくなっているものと思われる。
考えてみれば、ジャズのレコード雑誌、「スウィング・ジャーナル」が倒産して休刊に追い込まれたのは2010年だった。1947年に創刊されて以来、ジャズのレコード評の雑誌として圧倒的なジャズ・ファンの支持を得、野口久光や油井正一、岩浪洋三といった批評家がいた。が、休刊となって、ジャズのレコード評は、ほとんど姿を消してしまった。もちろん、ジャズという音楽の表現形式がポップスに吸収され、マイルス・デイヴィスやビル・エヴァンスといった人たちも亡くなったから、仕方のないことと、すこしはあきらめよう。
クラシック音楽は「生」のコンサートを含めて、音楽は今日も生き続けているだけに、そのジャーナリズムが衰えてしまうのは心配な事だ。

井阪 紘
カメラータ・トウキョウ レコード・プロデューサー

カメラータ・トウキョウ
http://www.camerata.co.jp/

(2023/6/15)