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4月の4公演短評|齋藤俊夫

4月の4公演の短評。

♪音の始源を求めて 電子音楽の個展 近藤譲「NHK電子音楽スタジオの夢」
♪Point de Vue vol.16 ~TRIO VENTUSを迎えて~
♪RigarohieS 第4弾!黒田鈴尊&伊藤優來
♪辺見康孝ヴァイオリン・ソロ・リサイタル

Reviewed by 齋藤俊夫(Toshio Saito)

♪音の始源を求めて 電子音楽の個展 近藤譲「NHK電子音楽スタジオの夢」→演奏:演目
2023/4/15@RITTOR BASE OCHANOMIZU

日本電子音楽を技師に着目して編纂した名盤CDシリーズ『音の始源(はじまり)を求めて』の新盤第9,10集発売を記念しての近藤譲電子音楽個展「NHK電子音楽スタジオの夢」、これがつまらないわけがないと意気込んで行って大正解の音楽(音響?)体験が得られた。
近藤による講演(録画・録音映像)と近藤電子音楽作品を交互に配置したプログラム。講演で興味深かったのは、NHK電子スタジオと、現在のシンセサイザーやパーソナルコンピューターを比較して、前者にはそのアナログさゆえに人間の予想を外れ、想定の限界を越える可能性があり、そこに独特の美があると論じていたことである。これは2月の「電力音楽演奏会」で筆者が感じた面白みに通じるものがあるだろう。
さて、近藤の電子音楽作品は……面白い。それぞれの作曲コンセプトの違いが耳で聴いて判別できる。
『ネヴァー・リターン』は「もうこのような作品には戻らない」という作者の思いをこめて名付けたというが、なかなかどうして立派な電子音楽作品である。具体音を素材として、それを黛敏郎的に物語構造で組み合わせ、武満徹的音響もまた味を添える、といった風情。しかし近藤の個性としては誰かに擬せられるような作品は赦せなかったのではないだろうか。
『リヴァラン』、これはいかにも近藤的な不思議不可解な音楽であった。低音にピッチが明確ではない音を置き、その上声に和音のようなものを配置し、それぞれの音が(どういうシステムかはわからないが)順繰りに動いていく。曲の基盤となる低音に不確定な要素をあえて使用するところに近藤の面白さがある。また、この作品は4chスピーカーでも再生され、存分に音に浸って大満足した、が、帰宅してCDで聴いたら味わいが全く損なわれていたことを記しておきたい。
『東京湾』、色々な音色で構成された和声がすごくじわじわと進行している、ように聴こえた。といっても西洋古典的機能和声ではなく、近藤の線の音楽のような謎和声が蠢き、耳に届くは粘っこい音響。
数十年の時を越えてなお新しく聴こえる日本電子音楽、これはもはや日本のクラシック音楽と言っても良いのではないだろうか。

♪Point de Vue vol.16 ~TRIO VENTUSを迎えて~→演奏:演目
2023/4/19@東京文化会館小ホール

第16回Point de Vueはピアノ:石川武蔵、ヴァイオリン:廣瀬心香、チェロ:鈴木皓矢による気鋭のトリオ・ヴェントゥスを迎えての演奏会であった。Point de Vueというと毎回演奏される三善晃作品をプリズムとして現代の作曲家たちがどのような作品を聴かせてくれるかが筆者の聴きどころである。
さすがと言うべきか、Point de Vue代表の森山智宏と鈴木輝昭の2人の作品の音楽的強度は三善に十分立ち向かえるレベルであった。森山『ソナチネ第2番』はエキセントリックかつアイロニカルな多重人格的ヴァイオリン独奏で心に斜に切り込んでいき、最後まで音楽的正中線をそらしつつ鋭い音楽的攻撃を仕掛ける。斜に切り込んでいくがその実音楽への真っ直ぐな思いが伝わってくる。鈴木『ムーヴマン・ソノリテII』は恐るべき強さの押しでこちらに重圧をかけつつ複雑なエクリチュールで音楽を構築するという、三善音楽とがっぷり四つに構えた作品。現代(現在?)にこのような正攻法の音楽を書き得る鈴木の信念と技術には毎回恐れ入る。
森山の斜、鈴木の正、この2人の個性に匹敵し得ていたのは渡辺俊哉『曖昧にされた境界線』であった。昆虫の羽のような透明で少しでも力を入れれば砕けてしまうようなかすかな音楽に宿る求心力と安らぎ。激しい擦弦や打鍵もあるのだが、全ては透明な音の流れにすくわれ、消えゆく。しみじみと音楽の美しさに浸ることができた。
自らの個性をもって歴史と対峙する、逃げのないその姿勢からこそ現代音楽の新しい美は生まれるのだろう。次の演奏会も期待したい。

♪RigarohieS 第4弾!黒田鈴尊&伊藤優来→演奏:演目
2023/4/23@自由学園明日館講堂

尺八・黒田鈴尊、ピアノ・伊藤優来という異色のデュオ「RigarohieS」、珍しいもの好きな筆者としては行かねばならないが、異色のデュオであっても、安直な編曲作を安直に演奏するだけならば筆者の心は動かない。
開演、黒田が『鹿の遠音』を吹きつつ会場後方からステージに向かう時点ではまだデュオの真価は測れなかった。が、『最上川舟唄』(阿部篤志編曲)の民謡とはとても思えない、ホットでクールでジャジーでポップでロックな様を聴いて度肝を抜かれた。尺八にこんな運動性と機動力とダイナミクスの幅があったのか? 民謡でこんなにアグレッシヴなピアノがありえるのか? まさに度肝を抜かれた。その後もソフトロック調の『IN TOO DEEP』(ジェイコブ・コリアー作曲)、春というより初夏もしくは盛夏の『春の海』(宮城道雄作曲)、尺八がまさに歌う『白鳥』(サン・サーンス作曲)などなど、目と耳から鱗が、尺八とピアノに対するこちらの先入観がどんどん落ちていく。
音楽に自然と内在する自由を引き出し、解放している、と言うは易く行うは難きことを成し遂げているRigarohieS、その自由さに筆者は今・ここの風を感じた。今・ここにいる我々の音楽とは何かを、(カント的用語で言うと)恣意に陥ることなく自由の格率に則って表現していた。ステージ上の2人は今・ここにいる筆者自身だ!『ZOMEKI~阿波踊り』(徳島県民謡/伊賀拓郎編曲)、『メリー・クリスマス・ミスター・ローレンス』(坂本龍一作曲)、『ソーラン節』で他では味わえない音楽的感興の渦に巻き込まれて終演。音楽の現在も未来も今・ここにありと晴れ晴れとして、また聴衆の皆も晴れ晴れとした笑顔でいるのを見ながら帰路についた。

♪辺見康孝ヴァイオリン・ソロ・リサイタル→演奏:演目
2023/4/29@両国門天ホール

なにより松平頼暁『Chanontemporarienne』に圧倒された。部分も全体も歪んでいるのに、滅茶苦茶ではなく何故か秩序だっている。山根明季子のポップな毒性と同じ香りもするが、さらにバッハの無伴奏ヴァイオリンソナタにも通じるものがあるが、最終的にこちらの感覚が行き着くところは松平頼暁ならではの論理的混沌の不条理的恐怖。そしてそれは音楽でしか味わうことができない感覚だった。
ファーニホウの音楽は「折り目正しい」演奏を聴くより「楽譜と四苦八苦格闘している」演奏――もちろん生演奏で――を聴くほうが断然面白い、というよりそうでなければファーニホウの演奏たり得ない。辺見の楽譜との格闘っぷりや見事。どういう楽譜かはわからないが楽器からメロディが立ち上ってきたと思えば特殊奏法の噪音が全てを断ち切る。愉悦と苦行の奇妙な同居に心ワクワクさせられた。
細川俊夫『エクスタシス』の裂帛の気合とともに一音入魂がほとばしる厳しく強い音楽にも感銘を受けた。一聴すると弱音から強奏が繰り返されているだけのようで実は丹念にコンポジションされており、それゆえに張り詰めた緊張が緩むことなく、音楽が荒ぶっても音楽を破壊することがない。最後は「寂滅」という言葉を使いたくなるように弱音に消える。
最も「問題」作だったのは辺見康孝による『ヴァイオリンとドローンのための試作』であろう。ドローンとは近年あらゆるところで活用されている回転翼付き小型飛行機である。このドローン1台をパソコンと無線で繋げて、辺見のヴァイオリンの音に対応してドローンが前後上下左右に飛び、さらにはクルクルッと空中で回転する。なるほど、楽しい「玩具」だ、今のところは。これが「玩具」を越えて「芸術」となるかは、まだ未知数の「問題」だと言えよう。誰かがこの「問題」の「解」を閃かしてくれることを期待したい。
会場が満席だったのが皆の辺見への期待を証していた。今後も注目に足る現代ヴァイオリニストである。

(2023/5/15)

♪音の始源を求めて 電子音楽の個展 近藤譲「NHK電子音楽スタジオの夢」

<講演>近藤譲の「NHK電子音楽スタジオの夢」
<電子音楽作品を聴く(全て近藤譲作品)>
『ネヴァー・リターン』(1971)
『リヴァラン』(1977)
『東京湾』(1987)
『リヴァラン_4ch版』(1977)

♪Point de Vue vol.16 ~TRIO VENTUSを迎えて~

<演奏>
TRIO VENTUS
  Violin:廣瀬心香、Cello:鈴木皓矢、Piano:石川武蔵
Flute:永井由比(*)
<曲目>
三善晃:『C6H』独奏チェロのための
魚返明未(おがえり・あみ):『Impose Nothing』
森山智宏:『ソナチネ 第2番』無伴奏ヴァイオリンのための
藤原嘉文:『インタープレイIII』ヴァイオリン、チェロ、ピアノのための
鈴木輝昭:『ムーヴマン・ソノリテII』ヴァイオリンとチェロのための
渡辺俊哉:『曖昧にされた境界線』ヴァイオリン、チェロ、ピアノのための
菅野由弘:『Water Triangle』ヴァイオリン、チェロ、ピアノのための
三善晃:『オマージュ』フルート、ヴァイオリン、ピアノのための(*)

♪RigarohieS 第4弾!黒田鈴尊&伊藤優來

<演奏>
RigarohieS
  尺八:黒田鈴尊、ピアノ:伊藤優來
<曲目>
尺八本曲『鹿の遠音』
山形県民謡/阿部篤志編曲:『最上川舟唄』
ジェイコブ・コリアー作曲:『IN TOO DEEP』
宮城道雄作曲:『春の海』
サン=サーンス作曲:『白鳥』
ジェイコブ・コリアー作曲:『ALL I NEED』
沖縄県民謡/津嘉山梢編曲:『てぃんさぐぬ花~尺八とピアノのための”変奏と主題”』
長野県民謡/木村恵理香編曲:『SAKURA』
伊藤優來作曲:『蝉時雨』
徳島県民謡/伊賀拓郎編曲:『ZOMEKI~阿波踊り~』
(アンコール)
坂本龍一作曲『メリー・クリスマス・ミスター・ローレンス』
北海道民謡:『ソーラン節』

♪辺見康孝ヴァイオリン・ソロ・リサイタル

<演奏>
ヴァイオリン:辺見康孝
<曲目>
J.S.バッハ:無伴奏ソナタ第1番よりAdagio
松平頼暁:『Chacontemporarienne』
B.ファーニホウ:『シャコンヌ風間奏曲』
細川俊夫:『エクスタシス』
辺見康孝:『ヴァイオリンとドローンのための試作』
R.サンダース:『Hauch』
G.コールマン:『Geo Neuro Echo』