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五線紙のパンセ |3)自作品について 2|たかの舞俐

自作品について 2
About My works 2

Text by たかの舞俐(Mari Takano)

1. オペラ《Gerda》について

前回の最後に、エレクトロニクス音楽の作曲ということで、《Full moon》(2008)について述べたが、その後、私は、まだドイツにいた頃に作曲し、いったん中断していたオペラ《Gerda》(当時のタイトルは《Schneekönigin》)の作曲に再び取りかかるようになった。
この作品は、同名のハンス・クリスチャン・アンデルセン原作の童話が元の題材となっている。当時、ドイツ人演出家が書いた「雪の女王」の演劇の台本を読み、2幕の部分は共感するところがあって、作曲を始めた。まず、第2幕部分のみ室内楽版で作曲したが、第1幕と第3幕は、どうしても台本と相容れない自分の気持ちがあって完成させることができなかった。
その後、オペラの中心になる理念や、筋書きのプロットや適切な台本が見つからないまま作曲を中断して長い時が過ぎた。
ところが、2011年に、今まではっきりとイメージできなかったオペラのはじまりの部分が聞こえてきた出来事があった。
それが、東日本大震災であった。
体験したことのない長く大きな2度の揺れ、見たこともない大津波、原子力発電所の爆発。街にも人々にも緊張が張りつめていた。そのような状況下の中で、私はずっと昔に見た夢を思い出した。
私はどこかの駅に座って、頭巾のようなものをかぶって夜空を見ている。
すると上からきらきらと輝くものが降ってくるが、それが放射能だということをわかっているという夢であった。
「あの夢が示していたのはこのことだったのか」と思い、同時にオペラの導入部として、神楽鈴と弦楽器のフラジオレットによる高音の響きがイメージとして思い浮かんだ。
その後、私はもう一つの体験によって全体の構想とあらすじについてインスピレーションを得た。
当時、私は何回も富士山にある新屋山神社と北口本宮冨士浅間神社を訪れていたが、あるとき、たまたま、夏の終わりに行われている吉田の火祭りとよばれる「鎮火大祭」に居合わせた。この日には全国から宮司や信者が境内に集まるのだが、どこからともなく鈴の音が、響いたり止まったりしながら、聞こえてくる。しかし、鈴がぶらさがっている様子もないし、どこから聞こえてくるのだろうと思っていたら、白装束をした信者の男性が腰に様々な鈴を吊るしていることに気がついた。
それによって、人が歩いたり、動くことによって鈴が揺れて、音が鳴っていたのである。
夕方になり、あたりも暗くなってくると駅から神社までの参道に大松明がともされ、熱く明るい火と自然に囲まれた町に、現世の世界でないような雰囲気をもたらした。この風景はオペラの第1幕で雪の女王が少年カイを連れ去る場面の元のイメージになった。

この場では、詳細にオペラの内容については触れないが、このオペラでは、元のアンデルセンの童話のようにハッピーエンドではなく、かといって完全に悲劇でオペラが終わるのでもない。主人公ゲルダは、あらがえない運命のような悲しく辛い体験に絶望するが、山賊の息子(原作では娘である)に促され、新しい道を歩んでいく姿で終わる。
また、このオペラには、シャーマニスティックな場面やネット社会を表すような場面も含まれている。
例えば、第3幕3場ではゲルダはシャーマニスティックな方法で雪の城の入り口を見つける。
第3幕2場の「眠りの城」では、夢がチャットするといった場面が展開されるが、私はネットで昔のMacの起動音やゲーム・スーパーマリオの音楽を聞き、それらの「偽音楽」をオーケストラで作った。
全体の構想としては、音楽で過去と現代の世界の往還、孤独感やいじめなどの登場人物の心理、人間が抗うことのできない自然の大きな力といったものを表現することを試みた。民族的にも社会的にも多様化する現代の世界を音楽で表しながら、いつの時代にも人々の心に共通する普遍的な思いを表す新たなファンタジーオペラを創作することを目指した。
このオペラのいくつかのアリアには室内楽ヴァージョンがある。
① Blumen Arie(Sop,Vn,Gt,Pf) (2000)第2幕第4場 《Gerda》のアリア
(BIS-CD-1238に収録)
② Blumen Arie(Sop,Pf) (2022)第2幕第4場 《Gerda》のアリア
③ Schneekoenigin’s Arie( Mez sop,Fl,Vc)(2018) 第3幕第1場《雪の女王のアリア》(FOCD2587に収録)

2. エレクトロニクスを使った作品について

さて、前述したオペラ《Gerda》第3幕2場の「眠りの城」の冒頭に私はエレクトロニクスの音楽を作曲したが、その作品をベースにして、17絃と20絃のいくつかの音源サンプルをコンピューターで加工したものを加えて再創作し、さらにライブで17絃と20絃を演奏する《Dream Chat》(2012)を作曲した。この作品には、4つの層がある。エレクトロニクスのサウンドと加工された声、加工された箏のサウンド、そしてライブで演奏される箏である。箏の演奏は、ほぼ通常的ではない奏法で占められており、その結果、箏の音はしばしばノイズ的、そしてエレクトリックな響きを含むようになり、エレクトロニクスと楽器の響きの間のボーダーラインは故意にぼやかされる。この作品の構造(夢のチャットの構造)は、私がドイツ語で書いた「夢のチャット」の会話にそっている。この会話は私が自分の声を録音し、さらにエフェクトをかけて変調して作ったものであるが、作品の様々なところに現れる。

3. 再び「伝統音楽」からの影響について

譜例1

最後に近年作曲した作品における「伝統音楽」の影響について述べたい。
2021年、私は日本のある現代音楽祭からアジアのいくつかの国の民族楽器を使って作曲する委嘱を受けた。
私の選んだ国はインドで、インドの楽器からシタールとパカーワジを選び、西洋楽器はFl,Vn,Sax,Vc,Percを選んだ。
そこで、私は第1回目の寄稿で述べた「Die verzerrte Variation」を再創作することを考えた。この作品については、「伝統音楽からの影響が直接的なものにとどまらず自分自身のスタイルに発展させていくか納得のいく形を見つける事ができなかった」と述べた。
今回の再創作では、前半は音の動きに多少手を加えたものの前作品の時と同じように、次第に楽器編成が大きくなって進行していく形は同じである。しかし、中間部まで来たときに、以下のように前回とは異なる発展をさせたいと思った。

譜例2-1

中間部では、短いシタールの間奏が現れる。その後、音楽はそれまでとはまったく異なる西洋楽器のみで奏されるバッハの面影を秘めた音型に変化する。(譜例1)やがて、再び曲の初めのメロディーの断片がヴァイオリンとフルートによって何回も繰り返され、この動きをきっかけに残りの楽器も曲の始まりに奏していた音型に戻っていく。この変化は、あたかもエッシャーの騙し絵で黒い鳥が白い魚に姿を変えていくような構造を伴っている。(譜例2)

譜例2-2

やがて打楽器(コンガとバスドラム)とパカーワジとの掛け合いが始まり、ジャズのセッションのように音楽が盛り上がったところで音楽は空間に放たれるように終わる。私はこの作品において、西洋楽器と民族楽器との掛け合いを意識するとともに、2つの異なるジャンルの楽器が溶けあって、新しい一つの世界を作ることを試みた。この試みにおいて、インド音楽を念頭に置きながらも、あえていくらかの距離を取り、その音楽を潜在意識に置きながらも、新しい世界を作り出すことに専念した。その結果、インド音楽に影響を受けたメロディーから始まり、最後の部分でそれまでとはまったく異なる世界へと変貌し、再びもとへ戻ってくるといった作りの音楽となった。

私はこの作品に新しく「In a Different Way」という違うタイトルをつけた。(FOCD2587に収録)

4. ジェルジ・リゲティ生誕100年の年に向けて

今回の寄稿では、師リゲティの作曲の授業について述べ、さらに自作品について大まかに述べてきた。今年の5月にドイツでリゲティ門下の有志によって執筆された書籍『György Ligeti im Spiegel seiner Hamburger Kompositionsklasse』(私も論文を寄稿した)が出版される。
リゲティの作曲クラスで学んだ時から、早くも37年の長い年月が過ぎてしまった。当時、リゲティが常に求めていた「確固たる技術に基づき、自分にしか作曲できないオリジナリティを持つ作品を追求しつづけていくこと」という創作への強い理念のもと、作曲に真摯に向かいあう時間を持てたことを今でも幸せに思う。もしその体験がなかったら、自分の作曲に対する信念を持ち続けることが難しかったかもしれない。今年5月28日に行われる出版記念セレモニーに私も出席するためハンブルクへと向かうが、ハンブルク音楽大学やリゲティの住居があったエルベ川近辺を訪れ、輝くようであった人生の一時に思いを廻らせてみたい。

(2023/5/15)

インフォメーション

2023年5月28日(日) 11:30
ジェルジ・リゲティ生誕100年記念書籍
『György Ligeti im Spiegel seiner Hamburger Kompositionsklasse』
(ジェルジ・リゲティ ハンブルクの作曲クラスに映し出されて)
出版記念講演会にパネリストの一人として参加
Heine-Haus, Elbchausse 31, 22765Hamburg Germany

コンサート
2023年6月24日(土) 21:30
Pianoforte. Tage der Klaviermusik
《Innocent》(イノセント)(Pf solo)がRobert Schumann Hochschule Düsseldorf Partikasaal(ドイツ)で演奏されます。

2023年9月24日(日)
ジェルジ・リゲティ生誕100年記念レクチャー&コンサート
<戦争と動乱を生き抜いた作曲家のメッセージを次世代へ> 第1回公演
で《Innocent》(イノセント)(Pf solo)が門天ホールで演奏されます。
17時〜18時半 レクチャー 19時〜20時30分コンサート

2023年11月24日(金)
ニンフェアール公演(名古屋)
〈リゲティへのオマージュ〉
で、新作(トランペット+チェロ)が世界初演されます。

執筆
1.ぶらあぼONLINE
生誕100年リゲティ特集に原稿を執筆しました。以下のサイトで無料で読む事ができます。
【生誕100年記念特集】知られざるジェルジ・リゲティの世界
https://ebravo.jp/archives/135477
twitter
https://twitter.com/bravo_tweet/status/1619130636895141888?s=20&t=LqtXRxZzpjFcFA_xL4mB3w
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https://www.facebook.com/BravoClassic

2.書籍『György Ligeti im Spiegel seiner Hamburger Kompositionsklasse』
(ジェルジ・リゲティ ハンブルクの作曲クラスに映し出されて)
5月28日にドイツで出版予定

CD
現在までにリリースされている作品集CDは以下の通りです。
「Women’s Paradise Mari Takano Works」 BIS-CD-1238
「LigAlien Mari Takano Works」 BIS-CD-1453
「In a Different Way たかの舞俐作品集」 FOCD2587(レコード芸術準特選盤)

今後受付け可能授業

1.桐朋芸術短期大学 科目履修生
① 楽曲分析B(創作)(火曜日12時40分から14時10分)90分授業15回(9月〜2024年1月中旬)
後期の受付は6月中旬頃です。

2.ウィークエンドカレッジ(予定)
①「作曲の「いろは」入門編(10月から日曜午後 計8回)
② 「作曲家があかす有名オペラのドラマと音楽の秘密」(10月の日曜午後 計8回)
次回の応募は9月頃(予定)

1は高校卒業以上であれば、どなたでもお申し込み可。
2は年齢・性別・経験問わずどなたでも受講可能
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たかの舞俐(Mari Takano)
桐朋学園大学作曲科卒業後、国立フライブルク音楽大学大学院にてブライアン・ファーニホウ教授に、ハンブルク音楽大学大学院でジェルジ・リゲティ教授に作曲を師事、修士修了。日本音楽コンクール、入野賞、シュトゥットガルト州作曲賞など数々の賞を受賞。師リゲティとの出合いにより、独自のオリジナリティを備えた作風を発展させ確立。ハンブルク州文化庁、在日アメリカ大使館、神奈川文化財団などから作品の委嘱を受け、作品はミュージック・フロム・ジャパン・フェスティバルなど国内外で演奏されている。文化庁特別派遣研修員としてノースウェスタン大学(アメリカ)に客員作曲家として滞在。2002年にファースト作品集「Women’s Paradise」を、2012年1月にセカンド作品集「LigAlien」をスウェーデンのBIS社よりリリース。後者はアメリカCD雑誌「Fanfare」でその年のベスト5に選ばれ、2018年にはBBC Radio3で同CD収録の「Flute concerto」が放送された。2022年にはサード作品集「In a Different Way」を日本のフォンテック社からリリース。
今までにルーズヴェルト大学、ニューヨーク大学、ロベルト・シューマン音楽大学デュッセルドルフ、マンハイム音楽大学に招聘され、特別講義を行う。元フェリス女学院大学准教授。現在、桐朋学園芸術短期大学、文教大学講師。

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Mari Takano Biography
After graduating from the Toho Gakuen College Music Department in Tokyo, Mari Takano went on to study composition at the Staatliche Hochschule für Musik in Freiburg with Brian Ferneyhough, where she received her Master’s Degree, and with György Ligeti at the Hochschule für Musik und Theater in Hamburg.
She is a recipient of numerous prizes at competitions including the Music Competition Japan, the Irino Prize and the Förderpreis of the City of Stuttgart. Her encounter with her mentor Ligeti helped her develop her independent and highly original style.
Takano has been commissioned for works by the agency of Cultural Affairs of the federal state of Hamburg, the US Embassy in Tokyo, the Kanagawa Arts Foundation and others, and her works have been performed in and outside Japan, including at the Music From Japan Festival in New York.
She was composer-in-residence at Northwestern University in Illinois, sponsored by the Japanese government program, “Nurturing Upcoming Artists with Potentially Global Appeal.” Her first CD, titled “Women’s Paradise” was released by BIS, Sweden in 2002, followed by her second CD “LigAlien” on the same label. The latter was chosen among that year’s five best albums by the US CD magazine Fanfare. The Flute Concerto, one of the pieces on the album, was aired on BBC Radio 3 in 2018.
In 2022, the third CD “In a Different Way” was released by Fontec in Japan.
Takano has been invited to give special lectures at Roosevelt University in Chicago, at New York University, at the Robert Schumann Hochschule Düsseldorf and at the Staatliche Hochschule für Musik und Darstellende Kunst Mannheim. A former associate professor at the Ferris Jogakuin University, she is now a lecturer at the Toho Gakuen College of Drama and Music and at Bunkyo University.