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コリン・カリー・グループ ライヒ《18人の音楽家のための音楽》|齋藤俊夫

コリン・カリー・グループ ライヒ《18人の音楽家のための音楽》
Colin Currie Group Steve Reich: Music for 18 Musicians

2023年4月21、22日(鑑賞日:21日) 東京オペラシティ コンサートホール
2023/4/21、22 Tokyo Opera City Concert Hall
Reviewed by 齋藤俊夫(Toshio Saito)
Photos by (C)大窪道治/提供:東京オペラシティ文化財団(撮影日:21日)

<演奏>        →foreign language
打楽器、指揮:コリン・カリー(*)
コリン・カリー・グループ(**)
シナジー・ヴォーカルズ(***)

<曲目>
(全てスティーヴ・ライヒ作曲)
『ダブル・セクステット』(2007)(*)(**)
『トラベラーズ・プレイヤー』(2020)(*)(**)(***)
『18人の音楽家のための音楽』(1974-76)(*)(**)(***)

 

音楽には、それが想起させる〈時代〉とでも言い得るものがある。〈時代〉はその作品の作曲年代はもちろんだが、〈その作品や作曲家が望んでいた時代〉をも映し出す。例えば、ベートーヴェンの交響曲に〈18~19世紀作曲当時の時代〉と、〈彼が見つめていた来るべき理想の時代〉を聴き取ることができるように。では、今回のライヒ作品ではいかなる時代が聴こえてきたであろうか。

2007年作曲の『ダブル・セクステット』、〈ライヒ節〉とも言えるテクノ風テクスチュアの本作を聴いた時、「あ、これはレトロフューチャーだ」と感じた。レトロフューチャー、即ち昔の時代に描いた未来表象である。例えば1968年の映画『2001年宇宙の旅』で描かれた「2001年」のイメージを今見るような。また、本作のレトロフューチャーの視線の基点が2007年以前、さらに具体的には2001年9月11日以前の文化文明が進歩していくと楽観的に捉えられていた時代であり、そこから見た、現実と距離のある〈未来〉が音楽から想起させられたのである。無論ライヒには時代や世相を音楽に反映させる意図はなかっただろう。だが、現代音楽という一種ナーバスなジャンルだからこそ感じさせ読み解かせる〈時代〉もあるのだ。

パンデミック前に着手し、パンデミック中に完成した『トラベラーズ・プレイヤー』(2020)、筆者は〈現在から見た古の時代〉を感じた。ヘブライ語の聖歌から採られた歌詞を歌うのは基本的に男声1人に女声1人で、他の男声2人女声2人はカノンもしくは和声、そこに楽器が少々加わる。このペロタンのような単純さの極みの中に聖性が宿る。恐れるべき現在を厭い古の安らぎを求めた音楽と本作を読み解くのは容易いが、しかしそれをもって本作を糾弾することはできないであろう。我々が早くも忘れつつある〈あの恐怖と混乱〉を逆光で映し出したのがこの古風な作品、生き延びて、今を生きている我々を休らわせる音楽と筆者には思えた。

今回メインの『18人の音楽家のための音楽』(1974-76)に感じた時代は……これは何時だ? 時代的視線の基点も、時代的視線の向いている先も一切が未知な、無限の未来の音楽。『ダブル・セクステット』が2001/9/11以前の時代の音楽だとしても、この『18人』はそれの前の音楽か後の音楽か。いや、この音楽は今から50年近く昔の1974-1976作品という事実は揺るがない。なのにこの未聴感はなんなんだ?
ファーニホウ的超絶技巧とはベクトルが正反対の、一人ひとりは単純だが乱れなく合奏するのは極度に難しいアンサンブルが一糸乱れず整然と展開されるのに息を飲む。その単純なパターンが繰り返され、パルスが一定のまま刻まれ続けるのが自分の心臓の脈動と一致しているかのように感じる。ヴィブラフォンに導かれて音型パターンのフェイズが転換されるたびに脳に電流が走ったかのような刺激が伝わる。
さながら耳目を開いたまま覚醒しつつ瞑想するような神秘体験。いつまでもこの音楽を聴いていたい、この音楽世界と一体になりたい、という感情・感動は音楽の中への胎内回帰願望、自分が生まれる前、母と一体だったあの頃への回帰の心を呼び覚ます。本作品の持つ時代を越えた感覚は、自他未分の、時間の観念のない無時間=永遠の時を我々に呼び起こすからではないだろうか。

50年の時を経ても輝きを失わない、ライヒの永遠に未来の結晶体が生演奏で創り出される奇跡の舞台に立ち会えて実に幸せであった。

(2023/5/15)

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<Players>
Percussion / Conductor: Colin Currie(*)
Colin Currie Group(**)
Synergy Vocals(***)

<Pieces>
(All pieces are composed by Steve Reich)
Double Sextet for ensemble (2007)(*)(**)
Traveler’s Prayer for large ensemble and voices(2020)(*)(**)(***)
Music for 18 Musicians for ensemble(1974-76)(*)(**)(***)