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3月の5公演短評|齋藤俊夫

3月の5公演の短評。

♪テリー・ライリー スペシャルライブ
♪東京・春・音楽祭 日本のうたXII~東京オペラシンガーズ
♪ヴォクスマーナ第49回定期演奏会
♪東京・春・音楽祭 ミュージアム・コンサート 山田岳(ギター)~現代美術と音楽が出会うとき
♪オーケストラ・ニッポニカ第42回演奏会 設立20周年記念連続演奏会

Reviewed by 齋藤俊夫(Toshio Saito)

♪テリー・ライリー スペシャルライブ  →演奏:演目
2023/3/4 神奈川県立音楽堂

序盤、古臭いジャズ(だと思う)をピアノで延々と弾くライリーに、近年の彼の活動をそれなりに見聴きしてきた筆者は「やっぱり」という落胆を禁じ得なかった。求めているのはこんなありきたりな音楽ではないのにまたしても!と。だが何度かの音楽的場面転換を経て、ジャズに戻った箇所も多々あるが、コズミックな電子音楽や、それとインド音楽が結合したような、まさにライリー以外には不可能な未来的音楽が奏でられて欣喜雀躍。即興的に宇宙的秩序を創造するという、齢87にして融通無碍の境地に至ったライリーの音楽を堪能できた。音楽の謎はまだまだ底知れない。

 

♪東京・春・音楽祭 日本のうたXII~東京オペラシンガーズ  →演奏:演目
2023/3/22 東京文化会館小ホール

まず寺嶋陸也の編曲が素晴らしい。単旋律の唱歌などを多声部にしても歌詞が被さり合ったりして潰し合うことなくはっきりと歌声と歌詞が認識でき、なにより合唱曲として美しい。東京オペラシンガーズの技術も確かだ。だがその美しい合唱を無心に受け取ることが筆者にはできなかった。アンコールで『花は咲く』を聴いてしまったからだ。東日本大震災以後、現実の醜さを「美しい日本」の仮象によって塗りつぶす、ナショナルな同一化を強いる装置として働き続けているこの歌だけはどうしても筆者は受け付けられない。これを聴いて、それまでの美しい「日本のうた」全てにまでナショナリスティックなにおいを嗅いでしまい、筆者にとっては後味苦い会となった。

 

♪ヴォクスマーナ第49回定期演奏会  →演奏:演目
2023/3/23 豊洲シビックセンターホール

ナショナリズムに回収・利用されえない音楽美を体現した快作が4つ(アンコールも入れれば5つ)揃った。近藤譲『薔薇の下のモテット』は近藤にしか書けないであろう謎の和声進行に則った謎のメロディで、日本語が聴き取れない謎の歌詞が歌われる。徳永崇『しかたがない世界』では日本語は明朗に発せられるが、「先行するフレーズから数個のシラブルが抽出され、次のフレーズへと徐々に受け継がれる中で、新たな言葉が出現する」(作者プログラムノーツより)という言葉遊び的試みが繰り広げられてナンセンスかつ自由な、というより自由過ぎる日本語音響空間が出現する。伊藤弘之『悲しみの秋』は甘く粘っこい悪夢的音響空間の中で「いれひれお~」「うおほわえ~」と半分ヴォカリーズで半分日本語による歌がうたわれて三半規管が狂ってくる。近藤『嗟嘆(といき)』は音量は絞られているのにこちらへかかってくる美的圧力が尋常ではなく、禍々しくすらある。それでいて華いでもいて、闇の神秘主義的合唱曲が現前した。アンコールの伊左治直『石捜す』は変拍子によるリズム的対位法を駆使した、高度な技術での無垢な音楽。
どれもこれも尋常でない個性に裏打ちされており、そのことによるアナーキーなエネルギーでナショナルな同一化を拒むことに成功している。これぞ現代音楽の心意気、と活を入れられた気分であった。

 

♪東京・春・音楽祭 ミュージアム・コンサート 山田岳(ギター)~現代美術と音楽が出会うとき  →演奏:演目
2023/3/24 上野の森美術館 展示室

困ったことになった。様々な趣向を凝らした現代音楽作品と山田と名手たちが組んでの即興演奏を堪能したはずなのに、記憶に残っているのはライヒ『エレクトリック・カウンターポイント』ばかりなのである。今回の演奏会は「ライヒ以外のなんか特殊奏法だらけの色々」と「ライヒ」という2分法で分けられてしまうほどにライヒの存在感が大きかった。そうなると「ライヒ以外」の音楽のレゾン・デートルはいかに?「ライヒ後」に作曲することとは如何なることか?と考え込んでしまう。現代音楽たるものどんどんチャレンジせねばとは思うが、小さな差異に拘泥してばかりでは先細りするしかない。そろそろ大きな大砲をドカンと打ち上げてくれる音楽家はいないであろうか?

 

♪オーケストラ・ニッポニカ第42回演奏会 設立20周年記念連続演奏会  →演奏:演目
2023/3/25 紀尾井ホール
永冨正之『1楽章の交響曲』の衝撃があまりにも大きかった。地の底から高熱を帯びたナニカが湧き上がってきて、それが幾つもの条となって絡まり合う。観念的だが、こちらの腹に鉄拳を叩き込むような攻撃性をも備えている。弱音も強音も不穏だ。実に危険な音楽だ。こんな作品・作家が今まで埋もれていたとは!
永冨と対照的だったのが武満徹『冬』の清新な静寂に満ちた音響世界。タケミツ・サウンドの魔法を存分に堪能した。次の石井眞木『雅霊』の櫓太鼓と雅楽を無理やり融合もしくは対決させたこれもまた武満とは対照的な轟音鳴り響く音響世界も魅力的だった。ニッポニカでなければあり得ない稀有な出会いに心から感謝を。

(2023/4/15)

♪テリー・ライリー スペシャルライブ

<出演>
キーボード、ヴォーカル、iPad、メロディカ:テリー・ライリー
キーボード、ヴォーカル、iPad、パーカッション、メロディカ、踊り:宮本沙羅

<曲目>
Peace Dance
Keyboard Study #2
The Garden of Earthly Delights (iPads)
Melodica/ Frame Drum Improv.

♪東京・春・音楽祭 日本のうたXII~東京オペラシンガーズ

<出演>
東京オペラシンガーズ
ソプラノ:黒田なるみ、駒井ゆり子、髙品綾野、谷原めぐみ
アルト:佐藤寛子、菅原章代、成田伊美
テノール:土崎譲、渡邉公威、渡辺大
バス:寺本知生、成田眞、薮内俊弥
指揮/ピアノ:寺嶋陸也
<曲目>
吉野弘・作詞/髙田三郎・作曲:『風が』(《心の四季》より)
相馬御風・作詞/弘田龍太郎・作曲(寺嶋陸也・編曲):『春よ来い』
サトウハチロー・作詞/河村光陽・作曲(若林千春・編曲):『うれしいひな祭り』
近藤宮子・作詞/作曲者不詳(寺嶋陸也・編曲):『こいのぼり』
清水かつら・作詞/草川信・作曲(宇田川保明・編曲):『みどりのそよ風』
作詞不詳/作曲不詳(寺嶋陸也・編曲):『海』
加賀大介・作詞/古関裕而・作曲(寺嶋陸也・編曲):『栄冠は君に輝く』
井上陽水・作詞/井上陽水、平井夏美・作曲(寺嶋陸也・編曲):『少年時代』
島崎藤村・作詞/若松甲・作曲(寺嶋陸也・編曲):『初恋』
石森延男・作詞/下総皖一・作曲(寺嶋陸也・編曲):『野菊』
山田太一・作詞/湯浅譲二・作曲(寺嶋陸也・編曲):『耳をすましてごらん』
佐伯孝夫・作詞/吉田正・作曲(寺嶋陸也・編曲):『寒い朝』
磯辺俶・作詞作曲:『はるかな友に』
増子とし・作詞/本多鉄麿・作曲(鷹羽弘晃・編曲):『思い出のアルバム』
(アンコール)岩井俊二・作詞/菅野よう子・作曲:『花は咲く』

♪ヴォクスマーナ第49回定期演奏会

<出演>
ヴォクスマーナ
  ソプラノ:稲村麻衣子、神谷美貴子、佐藤百香
  アルト:井上瑞紀、入澤希誉、矢加部幸恵
  テノール:金沢青児、清見卓、初谷敬史
  バス:長部達樹、小野慶介、松井永太郎
指揮:西川竜太

<曲目>
近藤譲:『薔薇の下のモテット』12人の声のための(詩:蒲原有明)
徳永崇:『しかたがない世界』
伊藤弘之:声楽アンサンブルのための『悲しみの秋』
近藤譲:『嗟嘆(といき)』11人の声のための(詩:ステファンヌ・マラルメ、訳:上田敏)
(アンコール)
伊左治直:『石捜す』(詩:小沼純一)

♪東京・春・音楽祭 ミュージアム・コンサート 山田岳(ギター)~現代美術と音楽が出会うとき

<曲目・出演>
J.テニー:『七重奏曲』
  エレクトリック・ギター:山田岳、電子音響:有馬純寿
~邂逅のための即興演奏I:ギター;山田岳
M.ヘルティヒ:『ピン・ポル』
  エレクトリック・ギター:山田岳
~邂逅のための即興演奏II:エレクトリック・ギター:山田岳、アコーディオン:太田智美
C.チェルノヴィン:『風変わりな騎士』
  エレクトリック・ギター:山田岳、アコーディオン:太田智美
~邂逅のための即興演奏III:エレクトリック・ギター:山田岳
S.バイヤー:顧客のほとんどは戻ってくる
  エレクトリック・ギター:山田岳、電子音響:有馬純寿
C.ファン・エック:『ソングNo.3』
  パフォーマンス:山田岳
~邂逅のための即興演奏IV:エレクトリック・ギター:山田岳、土橋庸人
B.ワイリー:An inequality:wind flower
  エレクトリック・ギター:山田岳、土橋庸人
~邂逅のための即興演奏V:エレクトリック・ギター:山田岳、電子音響:有馬純寿
S.ライヒ:エレクトリック・カウンターポイント
  エレクトリック・ギター:山田岳、電子音響:有馬純寿

♪オーケストラ・ニッポニカ第42回演奏会 設立20周年記念連続演奏会

<演奏>
オーケストラ・ニッポニカ
指揮:野平一郎
<曲目>
山田耕筰:交響詩『曼陀羅の華』
永冨正之:『1楽章の交響曲』
武満徹:『冬』
石井眞木:『雅霊』―オーケストラのための―
野平一郎:『言葉にならない世界へ』