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フィリップ・ジャルスキー《オルフェーオの物語》|藤堂清

フィリップ・ジャルスキー《オルフェーオの物語》
Philippe Jaroussky La Storia di Orfeo

2023年3月1日 東京オペラシティコンサートホール
2023/3/1 Tokyo Opera City Concert Hall
Reviewed by 藤堂清(Kiyoshi Tohdoh)
Photos by 大窪道治/写真提供:東京オペラシティ文化財団

<出演>        →foreign language
オルフェーオ:フィリップ・ジャルスキー(カウンターテナー)
エウリディーチェ:エメーケ・バラート(ソプラノ)
アンサンブル・アルタセルセ

<曲目>
モンテヴェルディ:トッカータ
サルトーリオ:シンフォニア
サルトーリオ:二重唱〈愛しく心地よい鎖〉
モンテヴェルディ:天界のバラ(オルフェーオ)
ロッシ:愛しい人、あなたと共にする苦痛は(エウリディーチェ)
ロッシ:二重唱〈なんと甘美なのでしょう〉
ロッシ:シンフォニア
カヴァッリ:《オリオーネ》よりシンフォニア
モンテヴェルディ:覚えているか、ああ暗い森よ(オルフェーオ)
ロッシ:二重唱〈ぼくを愛してる?〉
ロッシ:愛神の命令に(エウリディーチェ)
サルトーリオ:ああ、神々よ、私は死にます(エウリディーチェ)
ロッシ:涙よ、どこにいるのか?(オルフェーオ)
マリーニ:四声のパッサカリア
サルトーリオ:エウリディーチェが死んだ(オルフェーオ)
サルトーリオ:オルフェーオ、眠っているの?(エウリディーチェの亡霊)
モンテヴェルディ:冥界のシンフォニア
モンテヴェルディ:強力な霊(オルフェーオ)
モンテヴェルディ:冥界のシンフォニア
マリーニ:カンツォーネ 第1番
サルトーリオ:二重唱〈神々よ、私はなにを見ているの〉
サルトーリオ:閉まっている、ああ、嘆きの川の(オルフェーオ)
ロッシ:冥界を離れて(オルフェーオ)
——————(アンコール)——————
モンテヴェルディ:歌劇《ポッペーアの戴冠》より 二重唱〈ただあなたを見つめ〉
(前奏 ランベール:エール〈あなたの軽蔑は〉より)

 

フィリップ・ジャルスキーとエメーケ・バラートの歌、そして12名の編成によるアンサンブル・アルタセルセの演奏、その充実した音楽に魅了された80分。

クラウディオ・モンテヴェルディ、ルイージ・ロッシ、アントーニオ・サルトーリオがそれぞれ作曲した歌劇《オルフェーオ》から、オルフェーオとエウリディーチェの独唱、二重唱を選び出し、他の器楽曲も交えて構成されたフィリップ・ジャルスキーによる《オルフェーオの物語》。この三者による同名のオペラは、モンテヴェルディの作品は1607年マントヴァで、ロッシによるものは1647年にパリで、最後のサルトーリオの作品は1672年にヴェネツィアで初演されている。この《オルフェーオの物語》では、その時代の違いを感じさせない音楽面でのスムーズな移行とストーリー上のつながりを持ったものとして曲が配置されている。

フィリップ・ジャルスキーは今年45歳のフランスのカウンターテナー、ごく若いころから実力は高く評価されてきたが、この日の歌唱もそれを裏切らないもの。低音から高音までむらのない声、ある種妖艶さを感じさせる響き、彼自身がギリシャ神話のオルフェーオといってもよいほど、だれもが魅了される歌。エウリディーチェを歌ったエメーケ・バラートは今年38歳のハンガリー出身のソプラノ、ヘンデルやカヴァッリのオペラ、バッハの《ミサ曲ロ短調》など多くの公演に出演している。つやがありヴィブラートの少ない声が魅力。
カウンターテナーと他の声種の歌手が一緒に歌うとき、カウンターテナーの響きが薄く感じられることがある。発声に裏声を使うため起こりがちなことだが、ジャルスキーの場合はそのような問題はない。東京オペラシティという大きな会場でもソプラノのバラートと遜色のない声の厚みを聴かせた。
アンサンブル・アルタセルセは2002年にジャルスキー等により結成された古楽アンサンブル。近年では彼以外の歌手との共演や、ジャルスキー指揮のもと、オペラのピットに入るといった活動も行っている。この日の編成は小規模だったが、音のバランスなどに不足を感じることはなかった。

モンテヴェルディのオペラはオルフェーオが中心で、エウリディーチェの出番は少ない、そのため、彼女の歌う愛の歌、二人の愛の二重唱は、サルトーリオ、ロッシの作品から取られている。独唱でのバラートのなめらかな声の流れは美しい。オルフェーオとの二重唱、これほど甘やかなものを聴くことはめったにないだろう。一方オルフェーオの愛の歌は、モンテヴェルディの作品から〈天界のバラ〉〈覚えているか、ああ暗い森よ〉と二曲が歌われる。音楽的密度という点では、モンテヴェルディの作品により惹かれるものがあった。
エウリディーチェの死、モンテヴェルディでは使者により伝えられるので、彼女自身の言葉で歌われるサルトーリオの〈ああ、神々よ、私は死にます〉が選ばれている。悲鳴のような“Ahimè”で始まるバラートの歌が転機となる。それに続くオルフェーオの嘆きも、ロッシとサルトーリオから取られた。〈涙よ、どこにいるのか?〉というロッシの曲、この繰り返されるタイトルの言葉が強く印象に残る。
彼が冥界に赴くきっかけは、サルトーリオの〈オルフェーオ、眠っているの?〉というエウリディーチェの亡霊の歌によってもたらされる。冥界でのオルフェーオは、モンテヴェルディの〈強力な霊〉によって代表される。この長大なそして技巧的な曲はジャルスキーの聴かせどころ。そしてエウリディーチェを連れて地上を目指す途上はサルトーリオの二重唱〈神々よ、私はなにを見ているの〉で歌われる。振り返ってしまい彼女を失った嘆きがサルトーリオとロッシの作品で歌われ幕となる。ロッシの〈冥界を離れて〉の終わりの深い沈黙は、この新たなパスティッチョ・オペラのエンディングにふさわしいものであった。
アンコールとしてモンテヴェルディの名曲〈ただあなたを見つめ〉(《ポッペーアの戴冠》)が歌われ、すばらしい演奏だったが、このオペラの後にふさわしかっただろうか。それはともかく、17世紀の作品から、今、新しい音楽作品が生み出されたことに大いに感銘をうけた。

(2023/4/15)

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Performers
Orfeo: Philippe Jaroussky (C-Ten),
Euridice: Emőke Baráth (Sop),
Ensemble Artaserse

Program

Monteverdi: Toccata
Sartorio: Sinfonia
Sartorio: Duo “Cara e amabile catena”
Monteverdi: Rosa del Ciel (Orfeo)
Rossi: Mio ben, teco il tormento (Euridice)
Rossi: Duo “Che dolcezza”
Rossi: Sinfonia
Cavalli: Sinfonia from L’Orione
Monteverdi: Vi ricorda, o bosch’ombrosi (Orfeo)
Rossi: Duo “M’ami tu?”
Rossi: A l’imperio d’Amore (Euridice)
Sartorio: Ahimè, Numi, son morta (Euridice)
Rossi: Lagrime, dove sete? (Orfeo)
Marini: Passacaglia à 4
Sartorio: È morta Euridice (Orfeo)
Sartorio: Orfeo tu dormi? (Ombra di Euridice)
Monteverdi: Sinfonia Inferno
Monteverdi: Possente spirto (Orfeo)
Monteverdi: Sinfonia Inferno
Marini: Canzone prima
Sartorio: Duo “Numi, che veggio”
Sartorio: Chiuso, ahimè, di Cocito (Orfeo)
Rossi: Lasciate Averno (Orfeo)
——————(Encore)——————
Monteverdi: Duo “Pur ti miro” (from L’Incoronazione di Poppea)