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五線紙のパンセ|2)自作品について|たかの舞俐

2) 自作品について
About My works

Text by たかの舞俐(Mari Takano)

1. ジャズからの影響について
Influences from jazz

前号では、「リゲティと伝統音楽」について述べ、また自作品がどのように「伝統音楽」から影響を受けて来たかについて論じた。
さて、私は2002年に文化庁の特別研究員としてアメリカ・シカゴに90日間滞在することとなった。滞在先はノースウェスタン大学で、滞在期間中に2つのレクチャーを行い、さらに自作品によるコンサートが行われた。
レクチャーの1番目は「リゲティの作曲クラスとリゲティ作品について」であり、2番目は「自作品について」である。
1番目のレクチャーのため、私はいくつかのリゲティの作品を分析したが、このことがリゲティ作品についてより深い考察を行うきっかけとなった。
分析に取り上げた作品の一つが《ホルントリオ》(1982)であり、特に第2楽章を分析していく過程で、もし「リゲティの作品のDNAにAlienのDNAが入っていったら、どのように変わっていくか」といったよこしま?なアイデアが浮かんだ。
同時にノースウェスタン大学はジャズの授業も行われており、私は本場ジャズの研究も行うことができた。理論のクラスだけではなく、即興のクラスにも参加した。特に即興のクラスで興味深かったのは、講師がまず、有名ジャズ作品のCDを聞かせ、学生は、耳だけでその作品の主旋律を聞き取り、それを楽譜に書き取ることなく、覚えて演奏しなくてはいけないことであった。
私は絶対音感があるので、まず、楽譜に書き取ることが習慣化していたが、この時は、旋律を音だけではなく、音の動きの形で覚える体験をした。
このことは、音楽の捉え方として、自分の中に新たな感覚が芽生えさせられる出来事だった。

帰国後、私は、シカゴ滞在中にお世話になったサクソフォーン奏者杉原真人氏(現サム・ヒューストン州立大学准教授)からの依頼で《LigAlien Ⅰ》(for sop sax, ten sax, pf)(2003)(BIS-CD-1453に収録)を作曲した。
この作品の冒頭では、4分の4拍子を8分音符で均等に2+2+2+2に分割するのではなく、3+2+3のリズムによるモティーフから始まる。
これはリゲティのホルントリオ第2楽章の冒頭で、4分の4拍子が3+3+2のリズムに分割されていることに由来しているが、いわばこのリゲティDNAの一要素から生成されたモティーフは、私の作品では即座に形を変えていく。
また、私が「リゲティDNA」ととらえたものは、このようなモティーフ的な音素材の特徴だけではなく、リゲティの音楽の随所に見られる構造感も含まれる。
例えば、リゲティの作品の構造においては、ある音響、あるいは音型が変化をしながら持続し、限界まで達したところで、次の部分にうつるといった形が多く見られる。

譜例1

私はこういった「リゲティDNA」の特徴を「壊して」いくことで新たな形を生み出す事を考えた。
ホルントリオ第2楽章の冒頭のピアノパート11小節目からは、3+3+2のリズムによるオスティナートが、壁紙のように継続していく。(譜例1)

譜例2

一方、《LigAlien Ⅰ》では、リゲティDNAが微妙に書き換えられたモティーフは(3+3+2ではなく3+2+3に分割される)、継続性がカットされたり(4小節目、10小節目)、新たな音型を付け足しされたり(4小節目)、挿入されること(7小節目)によって変化していく。(譜例2)
4小節目のリズムサイクルは3+2+3から3+2+2+2と加算されるのに対し、10小節目は2+3でリズムサイクルは減算される。
また、7小節目で挿入される新たな音型はリゲティの作品によく見られる半音階の下降音型だが、中途に8分音符の休符が挿入されることによって、細切れにされた半音階となっている。

譜例3

このようにこの作品の第1部は、3+2+3のリズムサイクルによるモティーフが基盤になり、すすめられていくが、やがてジャズのボイシングのようなフィギュアが74小節目に現れる。(譜例3)再び3+2+3のリズムサイクルによるモティーフは現れるものの(82小節目)、144小節目には、ハービー・ハンコックのような音楽が現れる。

譜例4

(譜例4)これらはジャズの何かの作品の引用ではなく、自作によるものである。その後、3+2+3のリズムサイクルのリゲティDNAモティーフは、完全に姿を消す。

2006年作曲の《Jungibility》(Pf solo) (BIS-CD-1453に収録)や《フルートコンチェルト》(for Flute and String Orchestra)(2004-2006)(BIS-CD-1453に収録)にもジャズからの影響は多くみられるが、2008年に作曲した《Full Moon》(Vn, electronics)(BIS-CD-1453に収録)では、ジャズやその他の音楽の影響もあり、エレクトロニクスも使用した新たな響きを開拓することになる。

2. エレクトロニクス音楽の作曲について
On composing electronic music

私は《Full Moon》をMusic from japan2009年音楽祭(NY/アメリカ)からの委嘱をいただいて作曲した。
この時の委嘱内容は「ヴァイオリンとエレクトロニクスを使用した作品」であった。私のそれまでのエレクトロニクスを使った作品は前号でも紹介した《Sexality》 (Mezzo.Sop,Vla,3Synthesizers)であったが、今回はシンセサイザーではなく、Cubaseを使って制作することにした。
《Full Moon》を作曲するにあたり、私は2人の偉大な女性アーティストの作品からインスピレーションを得た。そのうちの一つが、ビョークの「Medulla」というCDである。ビョークが主に人間の声とその電子的な変換を使って非常にカラフルで独創的なサウンドスケープを作成した方法に興味をそそられた。
同様に、「Full Moon」のサウンド素材の約80%は、考えられるすべての方法で電子的に編集された木村まり氏(Music from japan2009年音楽祭のディレクター&ヴァイオリニスト)のバイオリンのサンプルに基づいている。
もうひとつ、影響を受けたものは、ドイツのコンテンポラリー・ダンスの振付師ピナ・バウシュの同名のタンツ・テアター(ダンス演劇)「Full Moon」である。彼女のタンツ・テアターの構造では、様々なストーリーが交差して現れる事がよく見られるが、私の作品《Full Moon》の音響構造においても、大きく3つの層がある。実際に録音したヴァイオリンの音を電気的に加工した層、音楽制作ソフトウェアCubaseの音源を使って作られた層、演奏家が実際にライブ演奏するパートの層である。私は、このような層を背景として、あたかもエレクトロニクスを伴ったヴァイオリンコンチェルトのようなものをイメージした。
ここで、冒頭からいくつかの層が経過したあとに現れるワルツの場面を取り上げたい。この部分を作成する時に使用した音源サンプルを使ってエレクトロニクス作成について説明をしていく。
音のイメージとしては、ピナ・バウシュの『カフェ・ミュラー』で彼女自身が踊っているシーンからインスピレーションを得た。

音源1は木村氏によるこの部分の主となる旋律の演奏

音源2は音源1をメロダインで音程等、より整えたもの

音源3は、音源2にリバーブをくわえたもの

音源4は木村氏によるBartok Pizzの音源素材

音源5は音源4の素材を使ってCubaseで作成したワルツの中声部

音源6は音源4の素材を使ってCubaseで作成したワルツの高声部

音源7はCubaseのSamplerのPizz音源を使って作成したワルツの下声部

音源8は音源7の低音にRing modulationをかけたもの

音源9は、音源3、5、6、7、8を使って作成したワルツのエレクトロニクス部分

なお、この作品では初めから終わりまで、私はまずすべての音を作曲してスコアに書いた。その後、エレクトロニクス部分はピアニスト/作曲家/音楽学者のフベルトス・ドライヤー氏(現ロベルト・シューマン・デュッセルドルフ音楽大学准教授)と共同で、エレクトロニクスの音響を作成した。その際、あらかじめ作曲したスコアを元にしたが、上記のワルツの部分のように、スコアの音をそのまま忠実にエレクトロニクス部分にしたものもあれば、スコアの音はイメージとしてとらえ、全く別の音響を作成した部分もある。
この《Full Moon》は、その後、何人かのヴァイオリニストによって演奏されたが、そのうちの一人、Sarah Plum氏はすでに100回以上この作品を演奏してくださっている。
Plum氏から委嘱をいただいた《Doppelconcerto》(2Vns, Orch)(2017)といったアコスティックな作品や《Dream Chat》(17絃&20絃とエレクトロニクス)(2012)や《Marginal》(プリペアド・ピアノとSuoerCollider)(2020)といったエレクトロニクスを用いた作品につながっていくが、それについては次号で述べていきたい。

(2023/4/15)

インフォメーション

◆コンサート
2023 年 5 月2 日(火) 19 時開演/18 時半開場
「 Adieu and rebirth」(Vib,Pf) が、音楽祭「オマージュとヒストリエ」で、杉並公会堂小ホールで演奏されます。

2023 年 5 月2 日(火) 20時開演
「Thelonious Monk」(Pf solo)が、ハンブルク音楽大学リゲティ週間で演奏されます。

2023年9月24日(日)
ジェルジ・リゲティ生誕100年記念レクチャー&コンサート
<戦争と動乱を生き抜いた作曲家のメッセージを次世代へ> 第1回公演
で「イノセント」(Pf solo)が門天ホールで演奏されます。
17時〜18時半 レクチャー 19時〜20時30分コンサート

2023年11月24日(金)
ニンフェアール公演(名古屋)
〈リゲティへのオマージュ〉
で、新作(トランペット+チェロ)が世界初演されます。

◆執筆
1.ぶらあぼONLINE
生誕100年リゲティ特集に原稿を執筆しました。以下のサイトで無料で読む事ができます。
【生誕100年記念特集】知られざるジェルジ・リゲティの世界
https://ebravo.jp/archives/135477
twitter
https://twitter.com/bravo_tweet/status/1619130636895141888?s=20&t=LqtXRxZzpjFcFA_xL4mB3w
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https://www.facebook.com/BravoClassic

2.書籍『György Ligeti im Spiegel seiner Hamburger Kompositionsklasse』
(ジェルジ・リゲティ ハンブルクの作曲クラスに映し出されて)
5月28日にドイツで出版予定

◆CD
現在までにリリースされている作品集CDは以下の通りです。
「Women’s Paradise Mari Takano Works」 BIS-CD-1238
「LigAlien Mari Takano Works」 BIS-CD-1453
「In a Different Way たかの舞俐作品集」 FOCD2587(レコード芸術準特選盤)

◆今後受付け可能授業

1.桐朋芸術短期大学 科目履修生
① 楽曲分析B(創作)(火曜日12時40分から14時10分)90分授業15回(9月〜2024年1月中旬)
後期の受付は6月中旬頃です。

2.ウィークエンドカレッジ(予定)
①「作曲の「いろは」入門編(10月から日曜午後 計8回)
② 「作曲家があかす有名オペラのドラマと音楽の秘密」(10月の日曜午後 計8回)
次回の応募は9月頃(予定)

1は高校卒業以上であれば、どなたでもお申し込み可。
2は年齢・性別・経験問わずどなたでも受講可能

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たかの舞俐(Mari Takano)
桐朋学園大学作曲科卒業後、国立フライブルク音楽大学大学院にてブライアン・ファーニホウ教授に、ハンブルク音楽大学大学院でジェルジ・リゲティ教授に作曲を師事、修士修了。日本音楽コンクール、入野賞、シュトゥットガルト州作曲賞など数々の賞を受賞。師リゲティとの出合いにより、独自のオリジナリティを備えた作風を発展させ確立。ハンブルク州文化庁、在日アメリカ大使館、神奈川文化財団などから作品の委嘱を受け、作品はミュージック・フロム・ジャパン・フェスティバルなど国内外で演奏されている。文化庁特別派遣研修員としてノースウェスタン大学(アメリカ)に客員作曲家として滞在。2002年にファースト作品集「Women’s Paradise」を、2012年1月にセカンド作品集「LigAlien」をスウェーデンのBIS社よりリリース。後者はアメリカCD雑誌「Fanfare」でその年のベスト5に選ばれ、2018年にはBBC Radio3で同CD収録の「Flute concerto」が放送された。2022年にはサード作品集「In a Different Way」を日本のフォンテック社からリリース。
今までにルーズヴェルト大学、ニューヨーク大学、ロベルト・シューマン音楽大学デュッセルドルフ、マンハイム音楽大学に招聘され、特別講義を行う。元フェリス女学院大学准教授。現在、桐朋学園芸術短期大学、文教大学講師。

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Mari Takano Biography
After graduating from the Toho Gakuen College Music Department in Tokyo, Mari Takano went on to study composition at the Staatliche Hochschule für Musik in Freiburg with Brian Ferneyhough, where she received her Master’s Degree, and with György Ligeti at the Hochschule für Musik und Theater in Hamburg.
She is a recipient of numerous prizes at competitions including the Music Competition Japan, the Irino Prize and the Förderpreis of the City of Stuttgart. Her encounter with her mentor Ligeti helped her develop her independent and highly original style.
Takano has been commissioned for works by the agency of Cultural Affairs of the federal state of Hamburg, the US Embassy in Tokyo, the Kanagawa Arts Foundation and others, and her works have been performed in and outside Japan, including at the Music From Japan Festival in New York.
She was composer-in-residence at Northwestern University in Illinois, sponsored by the Japanese government program, “Nurturing Upcoming Artists with Potentially Global Appeal.” Her first CD, titled “Women’s Paradise” was released by BIS, Sweden in 2002, followed by her second CD “LigAlien” on the same label. The latter was chosen among that year’s five best albums by the US CD magazine Fanfare. The Flute Concerto, one of the pieces on the album, was aired on BBC Radio 3 in 2018.
In 2022, the third CD “In a Different Way” was released by Fontec in Japan.
Takano has been invited to give special lectures at Roosevelt University in Chicago, at New York University, at the Robert Schumann Hochschule Düsseldorf and at the Staatliche Hochschule für Musik und Darstellende Kunst Mannheim. A former associate professor at the Ferris Jogakuin University, she is now a lecturer at the Toho Gakuen College of Drama and Music and at Bunkyo University.