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クリスティアン・テツラフ&キヴェリ・デュルケン|藤原聡

クリスティアン・テツラフ&キヴェリ・デュルケン
Christian Tetzl & Kiveli Dörken

2023年3月5日 トッパンホール
2023/3/5 Toppan Hall
Reviewed by 藤原聡 (Satoshi Fujiwara)
Photos by 藤本史昭/写真提供:トッパンホール

(曲目)        →foreign language
ヤナーチェク:ヴァイオリン・ソナタ
バルトーク:ヴァイオリン・ソナタ第2番 Sz76
スーク:4つの小品 Op.17
ブラームス:ヴァイオリン・ソナタ第3番 ニ短調 Op.108
※アンコール
ベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ第4番 イ短調 Op.23〜第2楽章

 

2015年の11月以来、筆者にとって実演に接するのが今回2回目となるクリスティアン・テツラフ。最初に聴いたのはバッハのソナタ&パルティータで、その時点においてテツラフはバッハの同曲を既に2回録音していた。但し、それらのオーソドックスでいささかロマン的な解釈とは大きく異なる極めて自然体で構えのない演奏が実演では展開。現代楽器によるオーソドックスな演奏ではなく、さりとてピリオド的でもない、全く形容しがたい独自性のある音楽。同一の方向性を持つ解釈を深めていくと言うよりは、演奏の度に違った方向性から作品に光を当てる多面性の人、テツラフとの印象は筆者にとりそこで確固たるものとなる。となれば、作品こそ異なるものの、8年ぶりに筆者が体験するこのコンサートにおいてテツラフがどのような切り口で作品に相対するのかの興味は否が応でも増すというものだろう。

惜しくも51歳で早逝していなければ今回もテツラフに同伴していたと思われるラルス・フォークトに代わり、その愛弟子であったというキヴェリ・デュルケンがピアノを弾いてのデュオ・リサイタルはヤナーチェクのソナタで開始されたが、テツラフはとにかく音色の引き出しが多彩、しなやかで軽妙な音色と重々しく図太い雑味のある音とのコントラストは圧巻である。かつ、本作に限らないがヤナーチェク特有の文脈を唐突に断ち切るかのような異なる楽想の突飛な変化/闖入をこれ以上ないくらいに活かして見事の一語。この作品の最高の演奏と言っても良い。

この驚きはバルトークでも続く。当日のパンフレットで伊東信宏氏が音楽学者L.ショムファイの当曲に対する解釈を紹介しているが、それをここで要約すればルーマニア民謡のジャンルである「ホラ・ルンガ」(長い歌)の原始的・根源的な旋律が発展し西欧的な拍節構造を持つまでの民族音楽史的な発展過程を擬したのがこのソナタ第2番、ということになる。それは「混沌から秩序へ」という時間的経過とも言えるが、そのような二面性をテツラフとデュルケンはこの上ない表出力を以てレアリゼしたのだ。この曲は泥臭い方向性に傾くか現代性を意識した鋭利さ寄りの演奏になる例が多いけれども、この両者を止揚した、恐らくはバルトークが望んだであろう演奏がここで成されていたと思う。テツラフ恐るべし、そしてこの日初聴き、デュルケンのテツラフを取って食わんばかりのアグレッシヴさも尊し(この曲でピアノが大人しくては話にならない)。

休憩を挟んでのスーク作品は先の2曲よりはよりオーソドックスで情緒的なものとなっていて、ここでのテツラフの作品に寄り添ったより柔和なアプローチへの変化は理にかなっているだろう。対してデュルケンはここでも攻めの姿勢を崩さず、その意味においては二者のアプローチの方向性はややずれていた感もある。もちろん演奏自体の聴き応えは十分だが。

本プログラムのラストにブラームスのソナタ第3番。ここまでモラヴィア、ボヘミア、ハンガリーといった東欧の作曲家による作品で構成されたプログラムで締めがブラームスとは意外の感もあるが、かのハンガリー舞曲やいくつかの歌曲にみられるボヘミア的な色彩を鑑みるに、この作曲家と東欧との繋がりは確かにある。ヤナーチェク、バルトーク、スークの文脈に置かれたブラームスから聴き手が何を想像/発見するのか、という投げ掛けだろうか。ここでの演奏もまた「規格外」であって、それはデュルケンに依るところが大きい。随分と大きな音量と強靭なタッチでダイナミックにテツラフと対峙する。感傷性やインティメイトさはほとんど感じられずかなり異色の演奏となっていよう。しかしテツラフがデュルケンに押されていたかと言えばまるでそうではなく、そのスケール感は完全に対等であるし、かつ音に荒れや乱れは全くない。テツラフはかつてフォークトと同曲を録音しているが、そこではこのような表現は聴かせていない。このフレキシブルさは冒頭に記したこのヴァイオリニストの多面的な感性の賜物だろう。ブラームスの演奏として見た場合、より内省的な表現を好むのは事実だがその演奏の凄さには目を見張る他ない。

そして休憩前の2曲に勝るとも劣らない名演奏はアンコールで披露されたベートーヴェンである。テツラフとデュルケン共々、その演奏の細やかな表情の変化は絶品である。自由自在、それでいてやり過ぎの感はなく品格を保つ。デュルケン、こんな軽妙なピアノも弾けるのか。ともあれ本プログラムの押し一辺倒的なイメージは覆る。この両者のベートーヴェンをもっと聴いてみたい、と思わせるような素敵な演奏であった。

この日のコンサート、テツラフが気負わず自身の感性からほとばしる音楽を形にし、新たなパートナーのデュルケンはフォークトの後任との気負いがあったのかは定かではないが、ともあれデュルケンにしかできない音楽をやった。テツラフはそれに感化され、新たな音楽を奏でた、これは間違いない。このコンビの今後に期待。

(2023/4/15)

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〈Player〉
Christian Tetzlaff(vn)
Kiveli Dörken(pf)

〈Program〉
Janacek:Sonata for Violin and Piano
Bartók:Sonate pour violon et piano No.2 Sz.76
Suk:4 Pieces Op.17
Brahms:Sonate für Violine und Klavier Nr.3 d-moll Op.108
※encore
Beethoven:Sonate für Violine und Klavier Nr.4 a-moll Op.24〜Zweiter Satz