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Back Stage|三位一体か三つ巴か|柿塚拓真

三位一体か三つ巴か

Text by 柿塚拓真(Kakitsuka Takuma)
Photos by 小澤秀之

2021年4月に神戸市室内管弦楽団と神戸市混声合唱団の音楽監督にそれぞれ鈴木秀美、佐藤正浩が就任した。この2団体は神戸市が設立した2つのプロフェッショナルな芸術団体であり、前者は室内合奏団として1981年に(その後、2018年に室内管弦楽団に拡大)、後者は数年遅れて1989年に活動を開始した。ともに30年以上、歴代の音楽監督とともに関西の音楽界で活動し実績を残す両団ではあるが、それでもこの2人の音楽監督の同時就任は大きなインパクトがあり、その音楽の方向にハッキリとした色、傾向を表明するものだった。鈴木秀美は同楽団の設立当時の首席チェロ奏者兼副指揮者で、何より日本を代表するチェロ奏者として、特に日本におけるHIP (Historically Informed Performance/楽器、楽譜や奏法に関して作曲当時の情報を可能な限り調べてオリジナルに近い形で演奏する)の先駆けかつ現役の大家として、その傾向を指揮者としても楽団にもたらすことが明確。一方、佐藤正浩は声楽を学んだのちコレペティトールへと本格的に転向し、欧米のとりわけフランスのオペラハウスでコレペティトール、副指揮者として経験を積み、帰国後もオペラの指揮者として声楽作品を扱う機会の多い音楽家。この2人の経歴と個性は両団のこれまでの活動にさらに新しい風を吹かせるものであり、まさに今、それが現在進行形で進んでいる。

さて私は両団の運営を担う事務局にこの2人の音楽監督と同じタイミングで2021年4月に入局した。この事務局は(公財)神戸市民文化振興財団という神戸市の所謂、文化振興を担う外郭団体のなかの1部署、事業部演奏課がそのままそれである。この神戸市民文化振興財団、非常に大きな組織でその活動範囲は多岐にわたり、市の旗艦ホールである神戸文化ホール(大、中)の他、市内各区の文化センター、去る2月に手話裁判劇「テロ」にて第1回関西えんげき大賞 優秀作品賞を受賞し、改めて注目を集めた神戸アートビレッジセンターKAVC(2023年4月より「新開地アートひろば」としてリニューアルオープン)のような目的も使用方法も様々な館の運営から、神戸国際フルートコンクール、JAZZ TOWN KOBE、医療+アートプログラム(昨今の感染対策のため休止中)のような事業運営まで神戸市の文化振興を広く担っている。つまり神戸市は、神戸市民はプロの“オーケストラ”、“合唱団”そしてそれらの定期演奏会ができる“ホール”の3つを持っているということであり、日本では神戸市だけ、世界的に見てもまれであり、それがオペラハウスでは“ない”となるとさらに貴重である。となると「それは素晴しい!」「何でもできるね」と言われ、確かにそれはその通りなのだが、その3つが同時に同じコンセプトのもとにできた訳ではないので、実際にはそうは簡単にいかない。例えばロンドンを想像してもらい、エイジ・オブ・インライトゥメント管弦楽団とBBCシンガーズとサウスバンクセンター(ロイヤルフェスティバルホール)を同時に運営していたとして「常に一緒に何かできるのか?」と考えてみると、音楽通の方には分かってもらえるかもしれない。常に何かが多かったり、反対に足りなかったり…。

とは言え、この4月には新しい音楽監督体制の3シーズン目に入り、それぞれの実力も評判も向上。そんな中で3つのピースがお互いの凹凸を見極めながら、カチッとハマり美しい一つの絵になることも増えてきた。その中のいくつかを紹介することで神戸市民文化振興財団ができること、そしてするべきことは何かをお伝えしたい。

ヘンデル:「メサイア」

合同定期演奏会
言うまでもなく神戸市室内管弦楽団と神戸市混声合唱団が合同で行う年に1度の定期公演である。当然、例年開催していた定番の公演ではあるのだが、やはり両音楽監督就任以降はひと味もふた味も違う際立ったものになった。まず最初の2021年は鈴木秀美指揮によるヘンデルのオラトリオ「メサイア」。当然、両団は幾度となくこの作品を上演しているのではあるが、この回では鈴木秀美によるHIPのアプローチ、合唱への発音の要求、そして作品をよく理解するソリスト陣によって聴衆はもちろんのこと音楽家側にも新鮮な体験となった。また同時に新体制になった事務局の広報、営業の成果もあり会場である神戸文化ホール中ホール(904席)は満員御礼。新しい「神戸市室内管弦楽団と神戸市混声合唱団」を印象付け、これからの勢いを増す公演となった。この公演は全曲、両団の公式YouTubeアカウントで配信しており、なんと2023年4月現在で3.5万回の再生を得ている。

プーランク:「グローリア」

変わって2022年は佐藤正浩が指揮。当初は“室内管弦楽団”の編成を考え小規模な作品をというアイデアもあったが、そこは本当に今の両団がやるべきものをと考え、佐藤正浩が心から愛し最も得意とするフランスの作曲家、プーランクの2つの宗教作品「スターバトマーテル」「グローリア」を採りあげた。兵庫県出身で世界のプリマドンナ、中村恵理さんをゲストに、ここでも注目が高まり、会場を大ホールに移していたので収まったが、前年のメサイア以上の来場があった。客演を増員し“室内”管弦楽団とは呼びにくい編成ではあるのだが、そこは両団で企画の意図を理解し、調整し、決断することで両方にとってよい結果が得られるということの証明になった。また公演会場である大ホールで3日間のリハーサルをしながら、60名強のオーケストラと40名弱の合唱団の響き、バランス―通常ではこの場合、オーケストラが強く合唱は埋もれてしまう―を整えることができたのも“勝因”であり、ホールを管理しているから実現できたことである。まさに我々がすべき企画である。さて今年2023年の同公演は鈴木秀美にバトンが戻りハイドンのオラトリオ「天地創造」を演奏する。ハイドンはメサイアを知っていた、それどころか大きく影響を受けている。我々演奏者全員が、そして多くのお客さんも“同じ“メサイアを経験している、ここ神戸でやらない訳には、聞かない訳にはいかない演目だ。

こどもコンサート

●こどもコンサート
これまでも両団はそれぞれ、こどもや親子連れのためのコンサートを開催していた。しかし2022年度からは両団合同のこどもコンサートとして、大きく趣向を変えて再構築をすることになった。それは客席には年齢や障害の有無に関係なく誰もが“歓迎される”環境をつくること。一方で舞台上では交響曲も現代音楽も童謡も委嘱新作初演もある卓越した創造性を披露すること。結果できるだけ多くの子ども、親子と劇場の楽しさを共有すること。公設のホール、芸術団体として最も大切な使命であり、やってみるとこんなに楽しい舞台はそうない。また事前に市内の支援学校へアウトリーチ公演に伺い、そこで小さな演奏会を開きつつ、同時に学校の先生方に公演会場であったら助かるサービスや普段困ることをヒアリングし、それを実際の運営に反映させた。当然、事前に客席の照明の工夫、車椅子/ベビーカー向けの段差のない優先入口の設置、演奏中の客席への自由な入退場を想定していたが、先生方のアドバイスから発見したことは、演奏中も客席とロビーの扉を開けっぱなしにすること。実際の支援学校での公演でもそうだったのだが、扉が開いていることでロビーからでも舞台の様子が見える、音が聞える、一度退席しても落ち着いた後に戻ることができ自由な出入りがさらに推奨される、密室にならない等々、来場者の意思を尊重する解放感が随分と向上した。公演の最後には兵庫県豊岡市竹野地区に伝わる相撲甚句をテーマに鶴見幸代さんに委嘱した15分の大作「竹野相撲甚句ファンファーレゲエの大冒険」を初演したのだが、その解放感もあってか来場者は動いたり、踊ったり、走ったり!の大盛り上がり。照明が暗くないので舞台からもその様子が見え、何より音楽家がこの日のお客さんに“歓迎される”気持ちになったように思われ、実際、終演後にそのように伝えてくれるメンバーもいた。こちらも今年7月にさらに美しくも可笑しなプログラムで再び開催予定である。

さてまだまだご紹介したい公演や事業はたくさんあるのだがウェブとはいえ文字数に限りもあるのでこのあたりで切り上げたい。しかしこの2つの公演からだけでもオーケストラと合唱団とホールが揃えば何ができるのか、それが公設のものであるならなおさら、何をするべきなのかが伝わったのではないだろうか。その国内唯一の事例として神戸市民文化振興財団の責任は重い。しかし「芸術の親しみやすさと卓越性/創造性は両立する」ことは私自身、この世界で働いていて最も大切にしていることであり、それに向けて着実に進んでいる楽団、合唱団、ホールであると胸を張っていいと思っている。そして神戸文化ホールは今年2023年に50周年を迎える。5月19日には開館50周年記念事業 ガラ・コンサート 『神戸から未来へ』をあの山田和樹さんを指揮者に迎えて開催する。当然、神戸市室内管弦楽団と神戸市混声合唱団がメインの出演であり、大澤壽人が先の大戦中に秘密裏に作曲を進めた「ベネディクトゥス幻想曲」の演奏会初演や神戸出身の作曲家、神本真理の委嘱新作など日本人の作品の演奏を通して50周年を祝う。そして普段は別々に活動する兵庫県下の子どもたち約60名がこの日のために集まり特別児童合唱団として山本直純の「えんそく」で共演する。子どもを―当然大人も―取り巻く環境が変わり、「えんそく」も作曲された当時とは随分変わったかもしれないが、やはりあの「えんそく」のワクワク感、楽しさは今も昔もそう大きくは違わないだろう。同じように名曲が生れた当時の創造性と今、我々が持つ創造性の両方を受け継ぎ、新たに生み出し、同時代を生きる多くの人と、人間としての普遍的な喜び―歌ったり、踊ったり、奏でたり―をブラッシュアップしつつ、共有できるオーケストラ、合唱団、ホールでありたいと思う。

柿塚拓真
公益財団法人神戸市民文化振興財団事業部演奏課
演奏担当課長

(2023/4/15)

神戸市室内管弦楽団第157回定期演奏会 『田園をゆく、春』 4/22(土)
https://www.kobe-ensou.jp/schedule/2964/

神戸市混声合唱団合唱コンクール課題曲コンサート2023~藤木大地を迎えて~ 4/23(日)
https://www.kobe-ensou.jp/schedule/2968/

神戸文化ホール開館50周年記念事業ガラ・コンサート 『神戸から未来へ』 5/19(金)
https://www.kobe-bunka.jp/hall/schedule/event/music/11520/