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クァルテットの饗宴2022 ドーリック弦楽四重奏団|秋元陽平

クァルテットの饗宴2022 ドーリック弦楽四重奏団
Doric String Quartet 

2023年3月7日 紀尾井ホール
2023/3/7 Kioi Hall

Reviewed by 秋元陽平(Yohei Akimoto)
Photos by ©武藤章/写真提供:紀尾井ホール

<キャスト>        →Foreign Languages
ドーリック弦楽四重奏団
アレックス・レディントン(第1ヴァイオリン)
イン・シュエ(第2ヴァイオリン)
エレーヌ・クレマン(ヴィオラ)
ジョン・マイヤーズコフ(チェロ)

<曲目>
ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第2番ト長調 op.18-2
ベルク:弦楽四重奏曲 op.3
スメタナ:弦楽四重奏曲第1番ホ短調《わが生涯より》  

 

 

一曲目のベートーヴェンにはあまり感心しなかった。ラファエロよりはティツィアーノ、といった美的嗜好、蕩けるような色彩はある。だが、ほとんど母音だけの豊かで曖昧な発音、長めの音価保持、ポルタメントは必ずしもこの溌剌とした音楽を引き立たせているわけではなく、むしろ古典形式のナラティヴを必要以上に誇張的なものに仕立てあげてしまうことが多かった。ピアニシモの至芸というべき音作りも、いささか即興的な音楽の組み立ての中では場面場面の映像的美しさとして記憶されはしても、時間進行のなかで何かが「語られていく」という感覚があまり生まれてこない。 

ところが、上記のすべてが、ベルクにいたってつぎつぎに利点へと転じ、にわかに引き込まれる。アメーバのようにうつろう形式、オパールのように絶えず変じる色彩は、不安を計る心理の地震計として音楽を成立させているが、この融通無碍なる変化を、カルテットの一人一人が最大限におのれの自由を行使して鋭敏にうつしとり、ひとつの映像作品を編み上げる。その色彩のヴァリエーションたるや! 弦楽四重奏というのは同属楽器のみを用いた、音色の観点からは比較的禁欲的なアンサンブルであるという先入観を全く忘れさせるパレットの広さだ。ベルクの作品はこの点とくにひとつの小オーケストラを聴くくらいの迫力があり、とくに最低音を担い、あらゆる情動の基底にある欲求の声をさまざまなニュアンスで奥深くから響かせるチェロのジョン・マイヤーズコフによる怪演が強く印象に残る。

 スメタナの『我が生涯より』は、音楽による自伝だが、同時に失聴によって、自分自身の核心である音楽から切り離された者が音楽によって自らを書こうとするという、考えてみれば何重にも屈折した、想像するだに胸の苦しくなるような試みである。だがこうした悲劇に向き合う音楽は基本的に最後まで静謐、明朗だ。これは彼の頭の中で最後まで命綱のように鳴っていた音楽なのだろうか。ドーリックの絢爛たる演奏にかかれば、こうした一人称の内的切迫は、たちまちデジタル・リマスターされたドキュメンタリー長編映画に変貌する。たしかにその中には、ロマン派の自伝にこと欠かない自己英雄化のモメントや、優しいノスタルジーが取り出されはする。だが、彼らの演奏はより強調的で、その再現以上のところへと踏み込む。スメタナの自分語りの一部に立ち止まって、それを拡大し、根底にある、作曲家本人にすら気づかれていない潜在的な不安にフォーカスしているように聞こえるときすらあった。こうしてみると、弦楽四重奏という形式は、たしかに思いのほか、精神分析のいう「無意識」の上演に向いているのかもしれない。

 

(2023/4/15) 

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Cast

Doric String Quartet
Alex Redington (Vn)
Ying Xue (Vn)
Hélène Clément (Va)
John Myerscough (Vc)

 

Program
Beethoven: String Quartet No. 2 in G major op. 18-2
Berg: String Quartet op. 3
Smetana: String Quartet No. 1 in E minor “From My Life (Z mého života)”