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五線紙のパンセ|1)自作品とリゲティ作曲クラス|たかの舞俐

1)自作品とリゲティ作曲クラス
My works and György Ligeti’s composition class

Text by たかの舞俐(Mari Takano)

Ⅰ)リゲティと伝統音楽
Ligeti und Traditionellemusik
今年は師のジェルジ・リゲティの生誕100年にあたる年で、ドイツではリゲティ門下の有志によって執筆された書籍『György Ligeti im Spiegel seiner Hamburger Kompositionsklasse』(ジェルジ・リゲティ ハンブルクの作曲クラスに映し出されて)がリゲティの誕生日(5月28日)に出版される。私も拙論文“Ligeti und Traditionellemusik”(リゲティと伝統音楽)を執筆させていただいた。今回はその論文に基づき、自作品について大まかに論じていく。

(注)現在、ヨーロッパでは民族音楽(ethnic music)という表現は問題視されるようになり、伝統音楽(traditional music)という表現になっているので、当原稿でも伝統音楽(traditional music)を使用する。

私は、1986年からハンブルク音楽大学でリゲティの作曲クラスに在籍するようになった。このクラスではさまざまな伝統音楽を聞いて討論が行われた。リゲティは当時驚くほど多くの伝統音楽を知っていて、それらの録音を持っていたが、リゲティと同僚の「アヴァンギャルド」の作曲家たちが、これらの音楽にほとんど興味を持っていなかったことを考えれば、リゲティはさまざまな音楽に差別意識を持たずに興味を持ち、それらの音楽から自分の作品にもインスピレーションを受けようとしていたことが推察されよう。

しかしながらリゲティは単に伝統音楽から影響を受けて創作することを奨励していたわけではない。それぞれの学生にはそれぞれの好みや方向性があることを尊重していたし、むしろそのことを奨励した。
さらにリゲティは伝統音楽をヨーロッパ中心主義的にとらえることを大変嫌っていた。
例えば、リゲティはHerbie Hancockの〈Head Hunters〉というアルバムにおける《Watermelon Man》という作品を良いとは思っていなかった。
確かにこの作品では、はじめは、かなり直接的にピグミーの音楽をイメージする音楽が続く中、1分44秒になったあたりで、ジャズの音楽に入れ替わる。このような文化的流用はリゲティの美学にはあわなかった。そのまま伝統音楽をとるのではなくて、その影響を自分の中で濾過して、自分自身の音を創らなければならないと思っていた。

Ⅱ)自作品における「伝統音楽」の影響
Influence of “traditional music” in my works
私はもともと伝統音楽に興味を持っていたが、リゲティの学生となったあと、さらに伝統音楽に影響された作品を作曲するようになった。例えば、1986年に作曲した《合唱のための3つの作品》の第3楽章「マドンナ」では、リズムや音の使い方が特にアフリカのピグミー音楽の影響を多く受けている。(譜例1)
リゲティはこの作品を見せたとき、決して否定的ではなかったが、「例えば、私や私の息子のようによくアフリカの音楽を知っている者にとっては、、、」とコメントした。おそらく、ピグミー音楽の影響がまだ直接的で、私が自分の独自のものにしきれてないと思ったのではないかと思われる。
1987年に作曲した《6人の奏者のための4つの作品》(Fl,Ob,Cl,Trb,Perc,Pf)のうち1番2番4番はかなり直接的に伝統音楽の影響を受けている。しかし、当時、伝統音楽に興味を持つと、どうしてもそのメロディーやリズムの特徴に直接的に影響を受けてしまいがちで、作品の構造が、単一的になり、多面的に発展しにくいことに悩んでいた。
例えば、4番の「Die verzerrte Variation」では、チベットのラマ教の儀礼の音楽に影響を受けたメロディーがトロンボーンによって奏され、その後、そのメロディーが様々な楽器に受け継がれていく。しかし、結果的には初めのメロディーの変奏から音楽をいかに発展させていくべきか、さらにどのように多声的な空間を作っていくか、といった問題については納得のいく形を見つけることができなかった。(譜例2) 
その次の作品《Women’s Paradise》(全4曲)(1998-1990)では、伝統音楽の影響を受けながらもより自身の独自のスタイルを作ることに成功したと思う。
2曲目の「Sexality」(Mezzo.Sop,Vla,3Synthesizers)では、Mezzo.Sopのメロディーはエジプトの伝統音楽から影響を受けている。しかし、そのメロディーは微分音を使ったYamahaDX-Ⅱの響きと三味線のようにも聞こえるVlaによる冒頭部のPizzicatoの響きなどを背景に伝統音楽でもなく、ポップスでもなく、現代音楽でもない独特な響きを伴っている。(譜例3、譜例4)

1994年に私は日本に帰国し、東京芸術大学でガムランや韓国の伽倻琴の授業などに参加し、これらの伝統音楽を自ら演奏して実際的に学ぶ機会があった。
やがて1998年に私は17絃奏者の菊地悌子氏から委嘱作品依頼を受けた。
私は作曲に取りかかる前に、箏曲の九州系のある流派に弟子入りし、古典の箏を約1年半学んだ。こうして作曲した作品の一つが《無限の月》(箏、17絃、篳篥、笙、Vn)である。
この作品では、音素材として雅楽や伽倻琴から大きく影響を受けている。
その一例を取りあげる。譜例5は雅楽の中でももっともポピュラーである《越天楽》の五線楽譜である。この楽譜から笙は背景的な意味合いをもつ和音の持続であり、横笛と篳篥は旋律をオクターブユニゾンで奏しており、箏と琵琶は、4小節単位のバスの音型パターンであり、鉦鼓と羯鼓と太鼓の打楽器も4小節単位のリズムループであることは容易に見てとれる。箏と琵琶による4小節単位のバスの音型パターンは、よく見ると、完全に同じではなく、微妙な違いがあることがわかる。

例えば、1回目のパターンの琵琶の最初の音には2つの前打音があるが、2回目のパターンには1つしかない。そして第2のパターンでは、琵琶の前打音の数は3つから2つになり、また箏の音も2回目パタ−ンは1回目のパターンとは若干異なる音を奏する。
私はこのような音型の微妙な変化が、どのように構成されているかを分析した。
そしてここから、
それぞれの音型は、西洋音楽の「変奏」とは異なる「微妙な音やリズムの変化」があること
しかし、これらの変化はあっても、元々の音型の輪郭は聴覚的に聞き取れるものである。
といった特徴を見いだした。それによってこれらの音型は繰り返しの怠惰性に陥ることもなく、かつ繰り返しの継続性を聴衆の耳にもたらすことになる。
私はこの特徴を踏まえて17絃の音型パターンを創っていった。(譜例6)

17絃はこの曲の最初の部分では、2小節単位の類似音型ループを繰り返すが、2回目、3回目と繰り返しの中でどれも全く同じ繰り返しではなく、音やリズムにおいて若干の変化がなされている。特に4回目のループにあたる7小節目では、1拍目の前打音ははるかに増え、2拍目にも前打音が入る。4拍目は、それまで音がなかったが、はじめて音(A)が入る。
このように伝統音楽に影響を受けながらも、そこから独自の手法を展開することを目指していた。
この作品を作曲した後、徐々に伝統音楽の影響というよりも、他の音楽からの影響を受けて作曲することが多くなったが、それに関しては次号に述べていくこととする。

(2023/3/15)

インフォメーション

◆コンサート
2023 年 5 月2 日(火) 19 時開演/18 時半開場
「 Adieu and rebirth」(Vib,Pf) が、音楽祭「オマージュとヒストリエ」で、杉並公会堂小ホールで演奏されます。

2023 年 5 月2 日(火) 20時開演
「Thelonious Monk」(Pf solo)が、ハンブルク音楽大学リゲティ週間で演奏されます。

2023年9月24日(日)
ジェルジ・リゲティ生誕100年記念レクチャー&コンサート
<戦争と動乱を生き抜いた作曲家のメッセージを次世代へ> 第1回公演
で「イノセント」(Pf solo)が門天ホールで演奏されます。
17時〜18時半 レクチャー 19時〜20時30分コンサート

◆執筆
1.ぶらあぼONLINE
生誕100年リゲティ特集に原稿を執筆しました。以下のサイトで無料で読む事ができます。
【生誕100年記念特集】知られざるジェルジ・リゲティの世界
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2.書籍『György Ligeti im Spiegel seiner Hamburger Kompositionsklasse』
(ジェルジ・リゲティ ハンブルクの作曲クラスに映し出されて)
5月28日にドイツで出版予定

◆CD
現在までにリリースされている作品集CDは以下の通りです。
「Women’s Paradise Mari Takano Works」 BIS-CD-1238
「LigAlien Mari Takano Works」 BIS-CD-1453
「In a Different Way たかの舞俐作品集」 FOCD2587(『レコード芸術』準特選盤)

◆現在受付け中 受講可能授業

1.桐朋芸術短期大学 科目履修生

  1. 楽曲分析B(編曲)(火曜日12時40分から14時10分)90分授業15回(4月〜7月初旬)
  2. ②第二実技作曲レッスン(ご都合いい時間に設定可)年間30回以上

2.ウィークエンドカレッジ

  1. 「作曲の「いろは」入門編(4月から8月の日曜午後 計8回)
  2. 「作曲家があかす有名オペラのドラマと音楽の秘密」(4月から8月の日曜午後 計8回)

1は高校卒業以上であれば、どなたでもお申し込み可。
2は年齢・性別・経験問わずどなたでも受講可能

詳細について
1は
https://college.toho.ac.jp/admissions/nondegree_student/youkou/
締め切りは3月17日(金)
2は
https://college.toho.ac.jp/event_information/weekendcollege2023_zenki/
締め切りは3月31日

電話お問い合わせ
桐朋学園芸術短期大学 教学課
〒182-8510 東京都調布市若葉町1-41-1
☎03-3300-4252(平日9:00~16:00)まで

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たかの舞俐(Mari Takano)
桐朋学園大学作曲科卒業後、国立フライブルク音楽大学大学院にてブライアン・ファーニホウ教授に、ハンブルク音楽大学大学院でジェルジ・リゲティ教授に作曲を師事、修士修了。日本音楽コンクール、入野賞、シュトゥットガルト州作曲賞など数々の賞を受賞。師リゲティとの出合いにより、独自のオリジナリティを備えた作風を発展させ確立。ハンブルク州文化庁、在日アメリカ大使館、神奈川文化財団などから作品の委嘱を受け、作品はミュージック・フロム・ジャパン・フェスティバルなど国内外で演奏されている。文化庁特別派遣研修員としてノースウェスタン大学(アメリカ)に客員作曲家として滞在。2002年にファースト作品集「Women’s Paradise」を、2012年1月にセカンド作品集「LigAlien」をスウェーデンのBIS社よりリリース。後者はアメリカCD雑誌「Fanfare」でその年のベスト5に選ばれ、2018年にはBBC Radio3で同CD収録の「Flute concerto」が放送された。2022年にはサード作品集「In a Different Way」を日本のフォンテック社からリリース。
今までにルーズヴェルト大学、ニューヨーク大学、ロベルト・シューマン音楽大学デュッセルドルフ、マンハイム音楽大学に招聘され、特別講義を行う。元フェリス女学院大学准教授。現在、桐朋学園芸術短期大学、文教大学講師。

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Mari Takano Biography
After graduating from the Toho Gakuen College Music Department in Tokyo, Mari Takano went on to study composition at the Staatliche Hochschule für Musik in Freiburg with Brian Ferneyhough, where she received her Master’s Degree, and with György Ligeti at the Hochschule für Musik und Theater in Hamburg.
She is a recipient of numerous prizes at competitions including the Music Competition Japan, the Irino Prize and the Förderpreis of the City of Stuttgart. Her encounter with her mentor Ligeti helped her develop her independent and highly original style.
Takano has been commissioned for works by the agency of Cultural Affairs of the federal state of Hamburg, the US Embassy in Tokyo, the Kanagawa Arts Foundation and others, and her works have been performed in and outside Japan, including at the Music From Japan Festival in New York.
She was composer-in-residence at Northwestern University in Illinois, sponsored by the Japanese government program, “Nurturing Upcoming Artists with Potentially Global Appeal.” Her first CD, titled “Women’s Paradise” was released by BIS, Sweden in 2002, followed by her second CD “LigAlien” on the same label. The latter was chosen among that year’s five best albums by the US CD magazine Fanfare. The Flute Concerto, one of the pieces on the album, was aired on BBC Radio 3 in 2018.
In 2022, the third CD “In a Different Way” was released by Fontec in Japan.
Takano has been invited to give special lectures at Roosevelt University in Chicago, at New York University, at the Robert Schumann Hochschule Düsseldorf and at the Staatliche Hochschule für Musik und Darstellende Kunst Mannheim. A former associate professor at the Ferris Jogakuin University, she is now a lecturer at the Toho Gakuen College of Drama and Music and at Bunkyo University.