note to a friend|西村紗知
東京文化会館舞台芸術創造事業『note to a friend』
2023年2月5日 東京文化会館小ホール
2023/2/5 Tokyo Bunka Kaikan Recital Hall
Reviewed by 西村紗知(Sachi Nishimura)
Photos by 林喜代種(Kiyotane Hayashi)
<プログラム> →foreign language
演目:オペラ『note to a friend』(全1幕/原語(英語)上演 ・日本語字幕付)
原作:芥川龍之介『或旧友へ送る手記』『点鬼簿』『藪の中』
作曲・台本:デヴィッド・ラング
演出:笈田ヨシ
<出演>
ヴォーカル:セオ・ブレックマン
アクター(黙役):サイラス・モシュレフィ
ヴァイオリン:成田達輝、関朋岳
ヴィオラ:田原綾子
チェロ:上村文乃
銀色に反射する薄い半透明の衝立が三枚、その後ろ上手側に弦楽四重奏が座している。カルテットが奏でる最初の主題は、D-A-Eを中心としたようなもので、それぞれのヴィブラートの少ないすぐに減衰する音の断片が、それぞれの楽器から入れ替わり立ち替わり発せられ、その衝立にも似た薄絹のようなテクスチュアをなす。衝立の向こう、中央の上方は画面の写し出される場所となっている。衝立の手前、つまり舞台には、上手側に椅子が三脚とダイニングテーブル、そのテーブルの上には燭台が置かれている(燭台に4本、蝋燭が灯されるのはのちの、墓参りを回想するシーンである)。下手側には洋服掛けと、イーゼル、絵具の絵描きのためのセットが置かれる。さらに何か小さいテーブルがあって、その辺りから、ごとん、と音がする。ふっと、黙役の役者が、彼はダイニングテーブルの上にあったウイスキーをコップに注いで飲もうとしていたのだったが、音に気が付き振り返る。小箱が落ちている。小箱の中からは紙切れが出てくる。手記(note to a friend)が出てくる、という演出だろう。そこからは懐中時計かロケットか、金の鎖のアクセサリーと、それに真珠のネックレスも出てくる(真珠のネックレスは、「母」の章で使用される)。そうして、手記の送り主である、「死んだ男」が歌い出す。
「ポストミニマル」でよく知られる作曲家デヴィッド・ラングが手掛けたこのオペラ「note to a friend」は、芥川龍之介の『或旧友へ送る手記』『点鬼簿』『藪の中』というテクストを場面ごとに使用し、すでに自殺した「死んだ男」が自分の生い立ちや事の顛末を友人に向けて語る、という体裁をとるものだ。自殺を扱ったオペラは『破滅者』(2016年)以来二作品目となる。
音楽はずっと短調である。最初d-mollで姉の絵画の話ではa-moll、最後の方にはfis-mollといった具合に、関係の近い調へと推移する。それぞれの章で主和音の鳴っている時間が長い。何か、古楽に用いられる旋法なのかと思ってもみたが、やはり普通に短調である。最後にもう一度鳴り響く主題は、映画音楽のようにほどよく叙情的で、ポップスのコード進行によるようでもあった。曲調が決定的に変わることも最後までない。テクスチュアがゆっくりと変化していく。
「ポストミニマル」の手法で、どうテクストの内容に切り込むのかという関心が筆者にはあった。思うに、この日の音楽に内面はない。裏側がない。狂気もなかった。しかしそれは、諸々、素材やテクストに忠実だったがためだと思った。内面や狂気があったとしても、すべて過去の出来事であるから、音楽はそれらをすべて過去の出来事として、やさしく慰撫することしかできないのだと。それは確かに、自殺という出来事に対する作曲家のひとつの態度表明なのだろうと受け取った。ひたすら静謐に、痛みは糸のように引き延ばされ、というのもすべて解決されてしまったのである。
(2023/3/15)
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Program: note to a friend (Opera in 1 act. Sung in English with Japanese surtitles.)
Based on, AKUTAGAWA Ryunosuke’s “Aru kyuyu e okuru shuki (A Note to a Certain Old Friend)” and “Tenkibo (Death Register)”
Music and Libretto: David LANG
Direction: OIDA Yoshi
Vocal: Theo BLECKMANN
Actor (silent role): Cyrus MOSHREFI
Violin:NARITA Tatsuki , SEKI Tomotaka
Viola: TAHARA Ayako
Cello: KAMIMURA Ayano