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NHK交響楽団第1977回 定期公演 Aプログラム|西村紗知

NHK交響楽団第1977回 定期公演 Aプログラム
NHK Symphony Orchestra No. 1977 Subscription (Program A)

2023年2月4日 NHKホール
2023/2/4 NHK Hall
Reviewed by 西村紗知(Sachi Nishimura)
写真提供:NHK交響楽団

<演奏>        →foreign language
NHK交響楽団
指揮:尾高忠明
チェロ:宮田 大

<プログラム>
尾高尚忠/チェロ協奏曲 イ短調 作品20
※ソリストアンコール
瀧廉太郎/荒城の月
―休憩―
パヌフニク/カティンの墓碑銘
ルトスワフスキ/管弦楽のための協奏曲

 

プログラム構成の意図について、20世紀におけるモダニズムと民族主義の統合のケーススタディという側面に重きが置かれていると、筆者は受け取った。この日のプログラムで取り上げられた作曲家の関係というと、尾高とパヌフニクはワインガルトナー門下で、パヌフニクとルトスワフスキは共にワルシャワの音楽家、といったものだ。尾高がこの中に混ぜられていることは、耳で聞いて違和感はあまり無かった。パヌフニクを仲介させるかたちで、尾高とルトスワフスキを比較できるよう対置させる意図があったように思えるのだが、どうだろう。実際、パヌフニク作品が他の二つよりも編成が小さく演奏時間も短かったため、そのように感じられたのだと思う。
民族主義が宿るのは題材や素材の方で、モダニズムは形式化の原理の方にあるのだと思った。第二次大戦中に「カティンの森」で起こったポーランド人捕虜虐殺事件を受けて書かれた作品である「カティンの墓碑銘」(1967年)は、題材がより直接的に民族主義的である。ヴァイオリンの独奏を木管楽器が引き継ぎ、そのまま木管のアンサンブルが始まる。これは半音でぶつかりつつ移行するので、その移行の瞬間に長調と短調とで複調になっているように聞こえる。後半は弦楽合奏へ、モティーフとその半音ずつのずれは最後まで引き継がれ最後はクライマックスを迎える。音のひずみがそのまま人々の苦しみの表現になっているように思える。
音型の反復による執拗さが耳に残る。この執拗さはルトスワフスキ作品の方にもある。冒頭、ティンパニなどによる嬰への連打は、落ち着いた場面に移行してもグロッケンにより再び鳴らされる。刻み、打つ音のつらなりで音楽独自の時間がかたちづくられていく。場面ごとにかなり異なったことをやっているようでも、軽やかなパッセージが多いところでも、通して聞き終えた印象としては持続する執拗さが圧倒的であった。繊細なアンサンブルが成立していて見事な演奏であった。
パヌフニクとルトスワフスキにとっては、モダニズムと民族主義の統合は共産主義体制下での模索のことだったが、尾高はその点事情が異なる。政治体制も異なれば、本当に何もかも違っている。プログラムとして違和感がなかったことが不思議なくらいである。
筆者としては、結局のところ尾高作品の魅力に思いを寄せることとなった。ルトスワフスキの演奏は本当に素晴らしく、だがそれは同時に、尾高作品を巧く演奏できないことでもあったのでは、と感じたからだ。その辺りの両立しえなさに、大いに感じ入るものがあったのである。
人々の怒りや悲しみを近代化していたのが後半の二つなら、尾高作品は、人々と人々の音楽が被った近代化の、その過程で生じた怒りや悲しみや抑圧がそのままこの音楽作品になったかのようだと、筆者は思った。
尾高尚忠「チェロ協奏曲」。和声の積み上げの感覚に、笙を思わせる感じがあると思う。時間の感覚は悠長である。自動的に時間は流れるのだから、打ったり刻んだりして音楽の時間をデザインする必要はないのだと、そういう感じがある。それで、何事も縦の小節線の内部に納めねばならないようで、特にチェロの三連符など、本来なら時間をより伸びやかにデザインするのに有効であろう素材が、妙に窮屈そうに感じられてしまう。
カンタービレは地唄か何らかの古謡のようだった。それはバルトークのような民族主義的なある種の戦略性によるものとはまったく別である。もはや古謡が古謡のままでいられなくなっている。時間的に過渡期にあるような音の形象が、その過渡期の姿ゆえに表現力をもつようである。もはや戦後から遠く、音楽教育の精度も遥かに発展し、音楽家が海外で音楽の研鑽を積めるようになり、つまりは過渡期を脱した状況で、当時のまだ不自由な環境でつくられたと言わざるを得ないこの尾高作品を十全に演奏できるのかというと、それは難しいのではないかと思った。
演奏することは再現すること、反復し強化していくことだが反復しえないものは消えていかざるを得ないだろう。良し悪しでもなく、誰が悪いということもなく、これが文化の宿命なのかもしれない。チェロ・宮田大のソリストアンコールは「荒城の月」であった。この耳馴染みの良い、ほとんど誰もにとって美しい歌でさえ、もうかつての姿ではないのかもしれない。

(2023/3/15)

   

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<Artists>
NHK Symphony Orchestra
Conductor: Tadaaki Otaka
Cello: Dai Miyata

<Program>
Hisatada Otaka / Cello Concerto A Minor Op. 20
*Soloist Encore
Rentaro Taki/Kojo no Tsuki
-intermission-
Panufnik / Katyń Epitaph
Lutosławski / Concerto for Orchestra