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アントネッロ<オペラ・フレスカ 8> オペラ ラ・カリスト|大河内文恵

アントネッロ<オペラ・フレスカ 8> オペラ ラ・カリスト
Anthonello 《La Calisto》                  
2023年2月2日 川口総合文化センター・リリア 音楽ホール
2023/2/2 KAWAGUCHI Lilia Music hall

Reviewed by 大河内文恵 (Fumie Okouchi)
Photos by 林喜代種 (Kiyotane Hayashi)

<出演>          →foreign language
カリスト/永遠:中山美紀
ジョーヴェ:坂下忠弘
メルクリオ:中嶋克彦
ディアナ/運命/天の声I:中川詩歩
エンディミオーネ:新田壮人
ジュノーネ/天の声II:野間愛
パーネ/自然/天の声III:田尻健
リンフェア:眞弓創一
シルヴァーノ/天の声IV:松井永太郎
サティリーノ/フーリアII(影歌):彌勒忠史
フーリアI(影歌):本多唯那
熊:東原佑弥

カヴァー:谷本喜基、東原佑弥、本多唯那

演出:中村敬一

管弦楽《アントネッロ》:
バロック・ヴァイオリン:天野寿彦、遠藤結子
ヴィオラ・ダ・ガンバ:山下瞬
バロック・チェロ:武澤秀平
ヴィオローネ:布施砂丘彦
キタローネ/バロック・ギター:高本一郎
バロック・ハープ:伊藤美恵
サクバット:南紘平、野村美樹
コルネット:濱田芳通(リコーダー)、細川大介
パーカッション:和田啓
チェンバロ:曾根田駿
オルガン/レガール:上羽剛史

 

<オペラ・フレスカ>の前回の公演、「ジュリオ・チェーザレ」は本誌でも年間企画賞の第3位(古楽だけで見れば1位)となっただけでなく、かなりの話題となり他の団体の賞も受賞した。正直に言って、あれを超えるものを作るのは難しいのではないかと思っていた。というのも、ジュリオ・チェーザレはバロック・オペラの中では一二を争う人気演目で、多くのプロダクションがこれまでに制作され、その積み重ねがあるため、巨人の肩に乗ることができる。

それに対し、《ラ・カリスト》は2010年にアントネッロが東京室内歌劇場で上演した実績があるものの、世界中見渡してもそれほど公演数があるわけではない。登場人物が多く、ストーリーも複雑である。これを濱田と中村がどう料理するのか。

結果として、さらなる進化を聴衆は目撃することになった。編成についていえば、前回は上羽と曾根田が2人でチェンバロとオルガンとハープと3つの楽器を移動しながら弾いていたが、今回はバロック・ハープの伊藤が入り、上羽はオルガンとレガール(卓上オルガン)、曾根田はチェンバロに集中し、通奏低音陣が増強されていた。また、弦楽器もヴァイオリン2に対して、ヴィオラ・ダ・ガンバ、チェロ、ヴィオローネ各1と低音楽器の充実ぶりが著しかった。

ホールのオルガンに投影された映像に関しては、今回は具体的な事物というよりイメージ画像的なものが多く、その抽象性が逆に観るものの想像力を掻き立てて効果的だった。客席の一部にまで広がった満天の星の光景は忘れられない。演出の方向性として、前半はかなりセクシャルな部分を強調しており、居心地がよいとは言えないものだったが、後半にはそれらが回収されてむしろ清らかさすら感じられた。ただ、やはり前半の演出はやりすぎだと感じる人もいたのではないかと思われる。海外のオペラではもっと過激な演出もあるが、日本の聴衆はどこまで許容するのか、難しい課題だと感じた。

前回の公演ではクレオパトラ役の中山が群を抜いていたが、今回はどの役もすべて当たり役と言えるほどの適材適所ぶりで、カヴァッリが彼らに宛て書きしたのではないかと思えてくるほどだった。なかでも新田は前回はカヴァーに入っていたが、気の弱いエンディミオーネを驚異的な弱音を駆使しつつ演じ、見事なアントネッロ・デビューを飾った。メルクリオの中嶋の狂言回し役としての立ち回りは文句なしだったし、ジョーヴェの坂下が、ジョーヴェ本人とディアナに化けたジョーヴェの両方をどちらも遜色なく演じていたのは本来のバリトン音域と高い音域とを同じように歌える坂下の強みを最大限にいかしたものだろう。ディアナの中川も可憐さと威厳を兼ね備えて難しい役をと易々と。そして何より、田尻、松井、彌勒の獣三人組もいい味を出していた。しっかり歌えてここまで弾けられるというまでには、どれだけ稽古をしたのだろうと思った。

この3人は恒例の後半冒頭の日本語での小芝居でもたっぷり堪能させてくれた。まさかの「メエエエエ~!」のコール&レスポンスに2日の客はノリノリで応えていた。ジュノーネの野間のカッコよさと凄みは唯一無二(野間も前回はカヴァー)、そしてリンフェアの眞弓はもうこの役は彼(彼女?)のためとしか思えないほどのハマりっぷり。今回、カヴァーの3人のうち、東原は熊役で一瞬出番があり、本多も影歌(といいつつ黒子姿は見えていた)で参加と、次の公演への準備も着々と進んでいるものと思われる。

2010年のアントネッロの《カリスト》を筆者はみていないのだが、この当時はまだバロック・オペラは日本では(いや世界でもまだ)現在ほど盛んではなく、特に歌える歌手が少なかった。その当時から考えたら、今回のキャストは全員、声も客席の奥まで伸びるし、アジリタも回る。その上でしっかり役を生きていた。

こうした演奏団体では、すでにプロとして完成された演奏家をキャスティングすることが多いが、有望な新人を抜擢して育成するという意味で濱田の功績は大きい。なぜ今「カリスト」なのか?という疑問を持ちつつ会場に向かったのだが、その答えがプログラムノートに書かれていた。「この世が闇の世界に侵略されないためには、人間の想像力・ファンタジーといったものが必要不可欠であり、そして、それが生み出されるのは我々が優れた『物語』に接した時」(プログラムの「ご挨拶」より)という濱田の言葉は、昨今の世界事情に対する彼のアンサーがこの公演であることを如実に示している。音楽にも、ではなく、音楽だからできることがある。そんな前向きの力をもらった。

関連評:F.カヴァッリ作曲 オペラ《ラ・カリスト》 |藤堂清

(2023/3/15)

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Calisto: NAKAYAMA Miki
Jove: SAKASHITA Tadahiro
Mercury: NAKAJIMA Katsuhiko
Diana: NAKAGAWA Shiho
Endimione: NITTA Masato
Giunone: NOMA Ai
Pan: TAJIRI Takeshi
Lymphea: MAYUMI Souichi
Silvano: MATSUI Eitaro
Satirino: MIROKU Tadashi
Furie: HONDA Yuina
Bear: HIGASHIHARA Yuya
Cover: TANIMOTO Yoshiki, HIGASHIHARA Yuya, HONDA Yuina
Baroque violin: Toshihiko AMANO, Yuiko ENDO
Viola da gamba: Shun YAMASHITA
Baroque cello: Shuhei TAKEZAWA
Violone: Sakuhiko FUSE
Archlute / Baroque guitar: Ichiro TAKAMOTO
Baroque Harp: Mie ITO
Sackbut: Kohei MINAMI, Yoshiki NOMURA
Cornetto: Yoshimichi HAMADA(recorder), Daisuke HOSOKAWA
Percussion: Kei WADA
Cembalo: Hayao SONEDA
Organ / Regal : Tsuyoshi UWAHA
Cover:Yoshiki TANIMOTO, Yuya HIGASHIHARA, Yuina HONDA