Menu

アンナ・ルチア・リヒター(メゾ・ソプラノ)&ティル・フェルナー(ピアノ)|藤堂清 

〈歌曲(リート)の森〉~詩と音楽 Gedichte und Musik~ 第28篇
〈エスポワール スペシャル 18〉
[ Song Series 28 -Gedichte und Musik- ]
[ Espoir Special 18 ]
アンナ・ルチア・リヒター(メゾ・ソプラノ)&ティル・フェルナー(ピアノ)
Anna Lucia Richter(M-Sop) & Till Fellner(pf) 

2023年2月15日 トッパンホール
2023/2/15 Toppan Hall
Reviewed by 藤堂清(Kiyoshi Tohdoh)
Photos by  大窪道治/写真提供:トッパンホール

出演者        →foreign language
アンナ・ルチア・リヒター(メゾ・ソプラノ)
ティル・フェルナー(ピアノ)

プログラム
ブラームス:《49のドイツ民謡集》WoO33より
  下の谷では/お姉さんぼくたちはいつお家に帰るの?/あそこの牧場に家がある/
  静かな夜に/私の思いのすべては/ちょっと可愛い娘を知っているんだが
シューベルト:劇音楽《ロザムンデ》 D797より ロマンス〈満月が山の高みを照らしている〉
シューベルト:
  糸をつむぐグレートヒェン D118/子守歌 D498/さすらい人の月に寄せる D870/
  あなたのそばではじめて D866-2
————————(休憩)————————
シューベルト:春に信じて D686/野ばら D257/春に D882/夕映えのなかで D799
シューマン:女の愛と生涯 Op.42
———————(アンコール)———————
ブラームス:5つのリート Op.106より 第1曲 セレナード
ブラームス:5つのリート Op.49より 第4曲 子守歌

 

ブラームス、シューベルト、シューマンという19世紀ドイツ歌曲の代表的な作曲家の作品によるリサイタル。アンナ・ルチア・リヒターがティル・フェルナーのピアノとともに演奏する。
1990年生まれの彼女は、デビュー以来ソプラノとして活動していたが、2020年、ちょうどコロナで歌う機会がなくなっていた時期にメゾ・ソプラノに転向した。録音で聴ける彼女は以前の軽やかなソプラノ時代のものが多いので、声自体がどのような変化をしているのかという点にも興味があった。
歌い出した声はたしかにメゾ・ソプラノのもの、厚みと幅を感じさせる。アンコールの曲目のアナウンスの際の声はかなり低い。それから考えるに声域の変更は、彼女の自然な音域への移行であったのだろう。歌曲やコンサートではレパートリーに違いはないだろうが、オペラの役柄は大きく変化するに違いない。

最初の曲目、ブラームスの《49のドイツ民謡集》は彼の編曲によるものだが、作品番号は付けられていない。歌詞や旋律はオリジナルに近く、地方色を帯びたものも多い。ピアノ・パートはブラームスによるもの。民謡集以外の彼の作曲した歌曲との差は、旋律面によりあらわれている。
〈下の谷では〉や〈お姉さんぼくたちはいつお家に帰るの?〉のように二人の会話による作品では、リヒターはそれぞれの役割に応じ表情を変え、歌い分けた。フェルナーは彼女のその変化に合わせテンポを変える。この場合、曲作りの主体は独唱者といえるだろう。

前半の第2部および後半の第1部はシューベルトの歌曲。美しいドイツ語が耳に飛び込んでくる。なめらかな声、そして歌詞に応じた色合いの変化。聴きなれた曲が続くが、一言一言が新鮮に感じられる。
〈糸をつむぐグレートヒェン〉の“Meine Ruh’ ist hin,”で始まる繰り返しのフレーズ、戻ってくるごとに微妙に切迫感をまして表現される。シューベルトがそう書いている、といえばそのとおりなのだが、同じ“schwer”という単語一つでも歌いわけている。フェルナーのピアノも止まりそうな糸車や、ふたたび動き出した音など、きっちりと弾きわけていく。〈野ばら〉は同じ旋律を3節繰り返すつくりだが、第2節、第3節で、一部の音を変更して歌った。近年、有節歌曲ではこういった装飾を入れる歌手も出ているが、ここまでの曲ではリヒターはそのような歌い方はしていなかったのでおどろかされた。その効果については、歌詞の一部を強調するのと差はあまりないように感じた。

シューマンの《女の愛と生涯》、曲の自然な表情をそのまま歌い上げるといったおもむき。歌詞が明瞭に聴きとれるので、それぞれの歌の意味がスーッと体に入ってくる。余計な色付けなしで、この歌曲集の流れが伝わってくる。〈彼をひとめみたときから〉の歌い出しのたっぷりした響きはいかにもメゾ・ソプラノといったもので、それが全曲で維持される。フェルナーのピアノも、終曲の長い後奏でシューマンにふさわしい音色を聴かせてくれた。

アンコールはブラームスを2曲。
最初に歌った《49のドイツ民謡集》からの歌とは異なるいわゆる芸術歌曲、ここでも彼女の詩を、言葉を、はっきり歌うという姿勢が気持ちよい。

若いリヒターの歌とそれを支えたフェルナーのピアノ、リート・デュオとして完成度の高い公演であった。

(2023/3/15)

—————————————
Performers
Anna Lucia Richter, M-Sop
Till Fellner, pf

Program
Brahms:From “49 Deutsche Volkslieder” WoO33
  Da unten im Tale / Schwesterlein, Schwesterlein, wann gehn wir nach Haus /
  Dort in den Weiden steht ein Haus / In stiller Nacht / All’ mein’ Gedanken /
  Ich weiß mir’n Maidlein hübsch und fein
Schubert:Romance ‘Der Vollmond strahlt auf Bergeshöhen’ from “Rosamunde” D797 /
  Gretchen am Spinnrade D118 / Wiegenlied D498 / Der Wanderer an den Mond D870 /
  Bei dir allein D866-2 /
———————(Intermission)———————
  Frühlingsglaube D686 / Heidenröslein D257 / Im Frühling D882 /
  Im Abendrot D799
Schumann:Frauenliebe und leben Op.42
————————(Encore)————————
Brahms:Ständchen (5 Lieder Op.106 No.1)
Brahms:Wiegenlied (5 Lieder Op.49 No.4)