Back Stage| Composers & Repertoireが志すもの|松田佳奈
Composers & Repertoireが志すもの
Text by 松田佳奈(Kana Matsuda)
いま、この寄稿を書きながらも邦人現代作品を聴いている私は、全音楽譜出版社に入社して9年目、すっかりこの業界にハマってしまったのだな、と再認識しているところです。こんなにも可能性があって、やりたいこと、やるべきことに満ちあふれている場に足を踏み入れたからには、ひとつひとつとことんその可能性の幅を広げたい、チャンスが1mmでもあれば飛びつき、少しでも日本の音楽業界に貢献したい、その一心で毎日を過ごしています。
”C&R”という言葉をご存知でしょうか。“Composers & Repertoire”、つまり「作曲家とその作品をプロモーションする」ということで、私はその「C&R課」というセクションで働いています。
全音楽譜出版社は、楽譜を印刷・販売する「楽譜出版社」という面と、音楽著作物の管理や開発をおこなう「音楽出版社」という面の両方を持っていることが強みのひとつです。C&Rの役割を果たすために重要なのは、大前提である著作権管理。作品の著者から著作権をお預かりし、そのうえで作曲家自身のことも含めて著作物の利用開発(= Exploration of Copyrights)、つまり楽譜を出版したり、あるいはオーケストラのパート譜を製作し貸し出すことで演奏の機会を高め、国内外に発信していくのです。
この考え方は海外では当たり前に根付いているものですが、実は日本ではほとんど認知されておらず、たくさんの作品をお預かりしている全音が先陣をきって進める必要がありました。とにかく国内には土台がほとんどないので、C&Rとして何をどう進めていくべきなのかは、海外のやり方を参考にするしかありません。
しかし、海外にも負けない、1994年から継続している事業があります。全音が単独で主催する室内楽コンサート「四人組とその仲間たち」です。C&Rの役割を象徴する事業で、毎年12月頃に開催しています。池辺晋一郎、新実徳英、西村朗、金子仁美の各氏とゲスト作曲家による世界初演の曲だけで構成されたコンサートで、奏者もトップレベルの演奏家ばかり。後に作品は販売譜として出版され、世界中の奏者の手元に届いて、作品が育っていくのです。楽譜出版社が独自に企画するこのコンサートは世界的にも稀有な例で、海外からも称賛をいただいています。ちょっと大変なのが、私たちは普段出版社のオシゴトをしている者たちばかりなので、コンサート運営は素人であるということ。コロナ禍での開催は本当に頭を抱えました。それでもこの活動をご理解くださる方々に支えられ、2021年と2022年にはライブ配信も行うことができました。いわゆる“現代音楽”のライブ配信、無料?有料?投げ銭方式?色々と悩みましたが、思い切って無料配信にしたところ、「現代音楽に興味はあるけどコンサートに行くのはちょっと…」と足踏みする層にも届いたようです。特に2022年の公演は久石譲氏をゲストに迎えたこともあってか、これまでの殻を破った感もありました。例年以上に会場は期待と熱気に包まれ、演奏直後の作曲家と演奏家が互いに称賛しあう姿、そして客席の万雷の拍手は、遠ざけられがちな“現代音楽”も「音楽」としての歓びを充分共有できることを再確認する瞬間となりました。
しかしながら、“現代音楽”という分野に対する極端な偏見や思い込みを、日本の聴衆がまだ抱えていることも現実です。そういったものを排除したいという思いは常に感じています。吹奏楽畑で育った私は、入社当時、実のところオーケストラや室内楽の調性のない世界観になかなか馴染めずにいました。でも繰り返し触れていくうちにその壁が消える瞬間があり、自らの先入観のせいで楽しめていなかったことに気付きを得ました。一般的には繊細で難解と言われる音楽でも、その内にはやはり作曲家の命が宿っている、身を削ってすべてを捧げている作曲家のただならぬ想いが見えたのです。これは無調だろうが有調だろうが関係ない、作品自体が作曲家そのものなんだと気付いた時、何だかストンと腑に落ちたのです。その発見以降、現代音楽という言葉の境界線がなくなり、どんな音楽でも身体に浸透するようになりました。
最近は「ジャンルレス」な音楽を耳にすることが増えてきたように思います。そういった作品も、大きな意味で現代音楽と捉えられることもあります。この風潮も後押しして、同じ時代を生きた作曲家とその作品を残したい、永続的に何の躊躇もなく、でも常に新鮮味を感じながら演奏され続けて欲しいという思いは日々強くなっています。そしてその思いは、ますます興味の幅を広げてきています。戦前戦後の邦人作曲家の埋もれてしまった作品も拾い上げたい。令和に生きる新たな気鋭の作曲家の作品も取り上げたい。日本の音楽はもっと世の中に認知され、評価されるべきなのです。
近年、優れた若手の指揮者や演奏家が邦人作品を意欲的に取り上げてくださっています。作品を後世に繋いでいくためには、この循環が途切れないことが必須です。嬉しいのは、指揮者や演奏家が作曲家の想いをしっかりと汲み取って、それを音にする努力を惜しまないこと。作曲家が生きているから、一緒に音楽を作れる、その過程の楽しさも感じてくれていると信じています。同時に、素晴らしい若手の作曲家もどんどん誕生しています。日本の音楽を絶やさないようにするためには、20年後、50年後、100年後のことも見据えて、幅広い世代の音楽家と信頼関係を築くことも極めて重要です。未来を担う作曲家のサポートをする力を養うことも、大切だと思っています。
全音は海外の作品も管理しており、そのプロモーションももちろん重要です。でも日本人の作品だって負けていない、そもそも音楽に国籍は関係ないとよく言われるのに、どうして邦人作品はこんなにも演奏機会が少ないのか。この課題は全音が率先して解決させる使命を負っていると考えています。
もうひとつ思うことがあります。SNSやネット情報に左右されてしまいがちな時代ですが、演奏する方も聴く方も、作品に対する評価は決して情報に流されずに、自身の感性を信じて欲しいと願っています。先入観をもってしまうことで、入社時の私のように自由な感受性が制限されてしまいかねません。何にもとらわれることなく、どんな音楽でも本来の自由な気持ちで楽しめれば、日本の音楽はもっと伸び伸びと世界に届くと思うのです。
「日本人の作品は日本の出版社が守る」をモットーに、日本の優れた作曲家とその作品が世界中で愛されるよう、努めたいと思っています。やるべきことは山積みですが、それだけやりがいが多いということ。自分の目線だからこそできる活動を探りながら、C&Rの役割を全うすることに全力を尽くしたいと思います。
(株)全音楽譜出版社
楽譜事業部 出版部 C&R課
プロモーション、レンタル楽譜担当
松田佳奈
(2023/2/15)
三善晃の生誕90年・没後10年のアニバーサリーに寄せて作成したパンフレット表紙。
https://www.zen-on.co.jp/world/composers_miyoshi/?mode=BiographyEN
「四人組とその仲間たち」では西村氏とゲスト作曲家の貴重なトークも見どころ。
デジタル楽譜だけではなく、リアル本の存在も大切