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2022年11月、12月の公演から〜佐藤晴真、岩見玲奈、岡田博美、郷古廉&ホセ・ガヤルド〜|丘山万里子

2022年11月、12月の公演から〜佐藤晴真、岩見玲奈、岡田博美、郷古廉&ホセ・ガヤルド〜
From concerts in November and December ~ Haruma Sato, Reina Iwami, Hiromi Okada, Sunao Goko and Jose Gallardo ~

Reviewed by 丘山万里子(Mariko Okayama)

昨年11月、12月に行った公演でレビュー執筆しなかったものの、書き残しておきたい4公演を列挙する。

♪佐藤晴真チェロ・リサイタル
2022/11/23@東京文化会館小ホール

2019年ミュンヘン国際コンクール優勝の佐藤については、その才も技量もそれなりに聴いてきている。当夜はヴェテラン清水和音との共演への関心で足を運んだ。1981年20歳でロン=ティボー国際コンクールに優勝、ピアノの貴公子と呼ばれ一世を風靡したピアニスト清水とは一世代以上離れている。
しょっぱなから大物感で圧倒する清水。揃ってステージに出てきたものの、佐藤が何かを忘れ袖に引っ込み戻らない。椅子に座ったまましばらく待ち、なに、どうしたの、的にくるり客席に背を向け袖をのぞく悠然ぶりにくすくす笑いが起きる。
したがって、前半ストラヴィンスキー『イタリア組曲』、ベートーヴェン『チェロとピアノのためのソナタ第2番ト短調Op/5-2』は、つい鍵盤からこぼれる音珠の輝きやリードぶりに耳がゆき、懸命にあとをついてゆく新進みたいな格好になったのは致し方あるまい。pfが目立つとか、vcにかぶるように弾くとかいうわけでなく、音楽・舞台経験値の差が歴然ということ。フレーズを渡すにも、はい、こんな感じでね、みたいな清水の声が聞こえるようなのだ。それはそれでなかなかに興味深いステージで、筆者は何度か笑い出しそうになった。
俄然、火がついたのが後半ラフマニノフ『チェロとピアノのためのソナタト短調Op.19』。ここは佐藤、負けていない。というか、冒頭のvc弱奏からして細心の語りと美音がぐいと己の世界に引きずり込み、応答するpfも精妙の極み。両者の歌謡性と音の美しさが抒情の波を重ね、幾重にも広がるロマンに濡れる。第2楽章の刻みにのった熱情の奔出、大柄なvc旋律の周りを飛翔するpfなど、ディテールが丹念に彫り込まれ、あるいは大きく翼を広げ、いかにもラフマニノフらしい幻想劇を展開。ごうごうたる低音vcの凄みとそこに打ち込まれる打音pfの硬質な烈しさがある種の悲劇性をも漂わせた第3楽章、終楽章での互いを音楽の渦の中に巻き込まんとぶつかり合う響きと歌の奔流に客席もぐんぐんヒートアップ、一歩もひかぬ四つ相撲に万雷の拍手が。いや、熱かった!
手渡すもの、受け取るもの。うるわしき哉。
40年近く年月差がある両者の華々しきデビューを見聞の筆者にしてみれば、数年後にまた聴いてみたい組み合わせであった。

 

♪岩見玲奈マリンバ・リサイタル
2022/11/27@トッパンホール

2009年@ザルツブルクでの国際マリンバコンクール優勝のマリンバ奏者岩見の「生きる」をテーマとしたコンサート。委嘱世界初演作3作からバッハ『シャコンヌ』まで7曲を並べた。
初演作は以下。
権代 敦彦: ローズウッド霊歌
薮田 翔一 :ローツェ ~マリンバのための~
⻄村 朗 : 《神籬(ひもろぎ)》~マリンバと打楽器~
共演者 柴原誠 (打楽器 )
他に、
一柳慧 :《 源流 》~独奏マリンバのための~ (1990)
石井眞木 :《 飛天生動III 》~マリムバ独奏のための~ (1987)
クリストス・ハツィス : ファティリティ ライツ(豊穣儀礼)〜マリンバとデジタルオーディオのための〜(1997)ニ短調より「シャコンヌ」

強い印象を受けたのは権代、西村とハツィス作品。権代は全域を使い残響を巧みに活かしたカラフルな作品で、常に聴き手の耳を裏切らない、いわば楽器・奏者・聴衆のツボを心得た職人技がここでも生きた。西村も同様で、10月権代の『鎮魂<タマフリタマシズメ>』(ハープと太鼓のための)を聴いた筆者はそこに共通するもの(音霊?)を見る気がしたのである。
ハツィスはカナダのイヌイット音楽にインスピレーションを得たとのことで、喉歌(女性二人が向き合い、互いの喉を見ながら喉を鳴らす独特の歌唱法での歌)の録音サンプルなどを使用、幻想的な音響シーンを展開。森の声のようであり、深海の底の響きのようであり、絶え間ない浮遊感が不可思議で、新鮮に聴く。
が、何にしても岩見が素晴らしい。繊細かつパワフルかつセクシーですらある渾身のパフォーマンスでの「生きる」姿そのものに、まさにマリンバのミューズ降臨!であった。

 

♪岡田博美ピアノ・リサイタル〜日本の3人─三善晃、矢代秋雄と野田暉行(新作初演)
2022/11/26@東京文化会館小ホール

日本人作曲家3人を弾く。
三善晃:ソナタ形式によるエチュード、子守歌、アン・ヴェール
矢代秋雄:おすまし、じゃんけんとび、ピアノ・ソナタ
野田暉行:オード カプリシャス、ピアノ・ソナタ(新作初演)

まず何より響きの澄明、透明。水琴窟(水が巌に滴り落ち響く音)の響きを聴いているように清冽だ。こう弾こう、ああ弾こうという邪念がなく、ただ真っ直ぐに楽譜に向き合い、紡ぐ。端正なたたずまいがそのままそれぞれの作曲家のタブローとなる。
聴きながら驚いたのは、3人それぞれであるのに、その響きにある種の共通性が感じられること。おそらく岡田独自のペダリング(残響の上に次の音をかぶせてゆく)のゆえと思うが、どの作品にも梵鐘のような響きがあった。さらに日本的な韻律(『アン・ヴェール』は韻を踏んで、の意だ)。それは筆者がこの2年、西村朗を聴き続けたことによる耳の変化のなせるわざとは思う。だがひょっとすると岡田もまた、これら作品の底に流れるものをそのように感じとっているのではないかと思った。
野田は9月に逝去、これが遺作となった。彼らしい折り目正しさに激越も含む佳品。ここでは岡田が叩きつけるような酷烈を見せた。日頃から筆者はこのピアニストを「冷静と情熱」と思っているが、それだ。
同時期パリに学んだ三善、矢代、その薫陶を受けた野田。
いずれにせよ、作品は弾かれなければ無いに等しい。
これらの音楽財産を継ぐ若きピアニストたちを筆者は心から待ち望む。
こんなに優れた先輩が、静かに黙々と行っている仕事を見習う若き音楽家たちを筆者は心から待ち望む。

 

♪郷古廉&ホセ・ガヤルド
2022/12/10@トッパン ホール

2020年共演予定がパンデミックでガヤルド来日不可能となり、無伴奏で神演奏を披露した郷古、その復活公演。おそらくそれぞれの日々、それぞれの想いが彼らにはあったろう、それが互いを燃え上がらせ炎で舐めつくすかの灼熱ステージであった。
なんと言ってもプーランクの『ソナタ』。スペイン内乱中にファシストに殺されたロルカの思い出に捧げられた作品だが、第1楽章まさに火を噴くごときAllegro con fuocoに胸迫る旋律が畳み込まれる。こぼれ落ちるpfの音滴に濡れて光るゴツゴツした岩面。この切実さ、すごく痛い、と思う。一転「ギターは夢を泣かす」の詩句があるIntermezzoのなだらかな歌謡。vn重音によりそうpfの優しく甘やかな旋回、あるいは輪舞。最後のそれぞれの一句に微かな吐息を聴く。
終章Presto tragicoは快活ではあるものの、どこか血飛沫を互いに浴びせるかの酷薄さがあり、それはコーダでのpfのfff一撃(銃声とも言われる)からの悽愴を予告するよう。そのコーダ、一刻一刻に息の根が止まるかの凍てつく凝縮があり、最後vnの弓の一振りは白刃斬り上げるごとき形相であった。
ガヤルドにはアルゼンチン生まれゆえの滾るような熱情と独特のリズム感(旋回感)があり、それが郷古の野生を煽り引き出す。ベートーヴェン 『クロイツェル』にすらそれが力動するのを筆者は実に頼もしく聴いた。
今、この時、この世界を生きる若い二人が何を感じ、考え、伝えようとしているか。
それは、聴者一人一人が感じ、受け止め、考えることだ。
だが私は思った。
若者たちよ、どんどん、思うように、好きに暴れてくれ、と。
おじけず、怯まず、新しい景色を私たちに見せてくれ、と。

(2023/1/15)

――――――
♪佐藤晴真チェロ・リサイタル
ストラヴィンスキー:イタリア組曲(チェロとピアノ版)
ベートーヴェン:チェロとピアノのためのソナタ第2番 ト短調 Op.5-2
ラフマニノフ:チェロとピアノのためのソナタ ト短調 Op.19
〈アンコール〉
ラフマニノフ:ヴォカリーズ

♪岩見玲奈マリンバ・リサイタル
一柳 慧 :《 源流 》~独奏マリンバのための~ (1990)
石井 眞木 :《 飛天生動III 》~マリムバ独奏のための~ (1987)
権代 敦彦 :ローズウッド霊歌( 2022年岩見玲奈委嘱作品、世界初演 )
薮田 翔一 : ローツェ ~マリンバのための~ ( 2022年岩見玲奈委嘱作品、世界初演 )
クリストス・ハツィス :ファティリティ ライツ〜マリンバとデジタルオーディオのための〜
(1997)
J.S.バッハ :無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第2番ニ短調より「シャコンヌ」
⻄村 朗 :《神籬(ひもろぎ)》~マリンバと打楽器~ ( 2022年岩見玲奈委嘱作品、世界初演 )
共演者 柴原 誠 (打楽器 )

♪岡田博美ピアノ・リサイタル
三善晃:ソナタ形式によるエチュード
三善晃:子守歌
三善晃:アン・ヴェール
矢代秋雄:おすまし
矢代秋雄:じゃんけんとび
矢代秋雄:ピアノ・ソナタ
野田暉行:オード カプリシャス
野田暉行:ピアノ・ソナタ(新作初演)
(アンコール)
三善晃:こどものピアノ小品集「海の日記帳」より珊瑚の唄
矢代秋雄:夢の舟(編曲:岡田博美)
野田暉行:「こどものアルバム」よりトロイカ

♪郷古廉vn&ホセ・ガヤルドpf
シマノフスキ:神話 Op.30
プーランク:ヴァイオリン・ソナタ
シューマン:3つのロマンス Op.94
ベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ第9番 イ長調 Op.47《クロイツェル》
(アンコール)
シベリウス:5つの小品 Op.81より 第3曲 ワルツ