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プロムナード|産業遺産・文化財・観光資源としての蒸気機関車 |戸ノ下達也

産業遺産・文化財・観光資源としての蒸気機関車
SL as Industrial, Cultural Heritage and Tourism Resources

Text by 戸ノ下達也(Tatsuya Tonoshita)

C56型44号機「かわね路」(2014年3月)

2022年は、1872年に新橋(汐留)と横浜(桜木町)間に鉄道が開業して150周年の記念イヤーでした。1872年の開業以降、その運行を支えていたのは蒸気機関車でした。現在は、蒸気機関車というよりSL(Steam Locomotiveの略)と呼ぶのが一般的でしょうか。

日本の蒸気機関車は、1975年12月14日に、室蘭本線(岩見沢~室蘭)のC57型135号機の旅客列車で、同月24日に夕張線(夕張~追分)のD51型241号機の貨物列車で、それぞれ運用を終了しました。まさに日本の鉄道輸送を1世紀以上にわたり支えてきたのが蒸気機関車でした。

そして、150年を経過した現在、観光目的列車として蒸気機関車が営業路線を牽引する列車は、いくつか運行されています。
2022年12月時点で日本国内では、8社11路線で蒸気機関車牽引の列車が運行されています。
JR各社では、北海道旅客鉄道(JR北海道)がC11型を釧網本線、東日本旅客鉄道(JR東日本)がC58型を釜石線、C57型を磐越西線(自然災害で磐越西線一部区間運休のため「SLばんえつ物語」も運休中)、D51型とC61型を上越線と信越本線、西日本旅客鉄道(JR西日本)がC57型とD51型を山口線(両機とも車両不具合で今夏以降の運転はディーゼル機関車牽引に変更)、九州旅客鉄道(JR九州)が8620型を肥薩線(自然災害で肥薩線が一部区間運休中のため現在は鹿児島本線)で運行しています。
また、民営鉄道では、東武鉄道がC11型を東武鬼怒川線、秩父鉄道がC58型、大井川鐡道がC10型、C11型、C56型を大井川本線(自然災害で運休中、2022年12月16日より金谷~家山間で一部再開)、第三セクター方式の鉄道では、真岡鉄道がC12型をそれぞれ運行しており、蒸気機関車の勇姿を堪能することができます。

しかし、C58型蒸気機関車で運行しているJR東日本の「SL銀河」(釜石線)が、客用車両として連結している気動車の老朽化により2023年3月で、また8620型蒸気機関車で運行しているJR九州の「SL人吉」(肥薩線、現在は肥薩線の台風被害により鹿児島本線で運行)が、機関車の老朽化により2023年度で、それぞれ運行終了が発表されました。

一方で、東武鉄道鬼怒川線で運行している「SL大樹」は、新たに静態保存されていたC11型蒸気機関車を整備補修し、2022年7月から運行を開始し、従前から運用している2両のC11型蒸気機関車と合わせ、3両体制を整えているなど、果敢な取組みが行われています。
さらに特筆されるのは、大井川鐡道の実践でしょう。大井川鐡道は、国鉄から蒸気機関車が引退した直後の、1976年7月からC11型227号機を入線させ、大井川本線の金谷(現在は新金谷始発)~千頭観で定期運行を開始し、途絶えることなく蒸気機関車を運行しています。同社は、蒸気機関車の動態保存と運行に最初に取組んだ、まさにパイオニアでと言えます。そして現在では、C10型8号機、C11型190号機、C56型44号機の4両の蒸気機関車を動態保存して「SLかわね路号」「トーマス号」という蒸気機関車牽引の臨時列車を運行しています。そして、2022年5月には、兵庫県加東市で静態保存されていたC56型135号の譲渡を受け、現在、動態保存化に向けた資金確保と整備が進められています。2022年11月30日まで実施された動態化プロジェクトのクラウドファンディングでは、4283名から83,560,200円の支援を集めました。これも蒸気機関車の動態保存に寄せる、人々の期待値のあらわれと言えるでしょう。

大井川鐡道を始めとする前述した8社11路線は、いずれも、地域の通勤・通学や生活、観光の輸送を担う公共交通機関です。その営業路線で、蒸気機関車が運行されている事実は、鉄道会社や地域が、文化財であり産業遺産である蒸気機関車の再生保存と継承を責務と捉え、同時に地域振興=活性化の重要な資源として認識し、必死の取組みを継続していることの現れと言えるでしょう。
さらに付言すれば西日本旅客鉄道(JR西日本)が運営している京都鉄道博物館の蒸気機関車(8620型8630号機、C56型160号機、C61型2号機、C62型2号機)、博物館明治村で蒸気機関車(9号機(1912年製造)と12号機(1874年製造))が動態保存されています。また丸瀬布森公園いこいの森、三笠鉄道村幌内ゾーン、小樽市総合博物館(いずれも北海道)、河北中央公園(山形県)、成田ゆめ牧場(千葉県)、修善寺虹の郷(静岡県)など軌間の小さな保存鉄道でも蒸気機関車が動態保存されています。
施設内の動態保存では、蒸気機関ではなく圧縮空気による動態化として、「SLキューロク館」(真岡鉄道)の9600型、「直江津D51レールパーク」(えちごトキめき鉄道)のD51型(有田川鉄道公園から借受)、若桜鉄道のC12型(現在はコロナ禍で運行中止中)などで、その走る姿を実感することができ、営業路線以外でも蒸気機関車が自走する姿を間近に接する機会が確保されています。

「かわね路」からの車窓(2014年3月)

これら蒸気機関車の動態保全と同時に、登録有形文化財や重要文化財など、文化財に指定され、かつ現役で稼働している駅舎や機関車庫等などの建造物、橋梁やトンネル等の土木構造物など鉄道施設についても注視すべきでしょう。一世紀以上にわたり、日本の鉄道輸送を担い、私たちの日常の身近にある蒸気機関車や鉄道施設を、貴重な文化財として、また産業遺産として、その整備や運転の技術継承も含め、後世に受け継いでいくことは、今を生きる私たちに課せられたひとつの使命なのではないでしょうか。

(2022/12/15)