パリ・東京雑感|ウクライナの<開かれた>愛国心|松浦茂長
The Triumph of The Ukrainian Liberal Nationalism
ウクライナの<開かれた>愛国心
Text by 松浦茂長(Shigenaga Matsuura)
ウクライナでは犠牲の多い戦いが9ヶ月も続いているのに、ロシアみたいに大規模な徴兵に頼る必要が無い。男たちはもちろん女たちまで我先にと志願するので、戦場に行くのは順番待ちだという。
都市のインフラが破壊され、暖房も水も電気も乏しいというのに、市民たちは厭戦気分になるどころか、ロシアに妥協するよりは凍死する方がましという徹底抗戦の気持ちが圧倒的に強くなり、たとえウクライナ政府が停戦のためにロシアと妥協しようとしても、いま国民はそれを許さないだろうといわれる。ロシアの戦争のやり方をいやというほど見せつけられ、彼らは単純な真理を知ったからだ。
ロシアが戦いを止めれば、戦争はなくなる。ウクライナが戦いを止めれば、ウクライナはなくなる
でも、このウクライナ人の強い愛国心は、戦争中の日本人の愛国心と同じなのだろうか?個人の幸福を犠牲にして国に尽くす同じナショナリズムなのだろうか?
僕らの想像力の限界をこえた勇気と忍耐力はどこから来るのだろう? それも限られた英雄だけでなく、ウクライナの普通のひとが英雄的に戦い、耐えているのだ。この不思議な心の中をのぞいてみたい。
『ニューヨークタイムズ』のコラムニスト、ニコラス・クリストフは『私はウクライナに行き、不屈の心を見た。私たちはそこから学ばなければならない』というタイトルのルポルタージュを書いた。世界に教えを垂れる癖のあるアメリカ人が、ウクライナ人にだけは頭が上がらない。
クリストフは、戦車の前に立つ丸顔で大きな目をしたアナスタジアさん(26歳)にインタビューする。彼女はテレビ・ジャーナリストだったが、今は迷彩服の戦士だ。彼女の恋人はプーチンの侵略が始まるとすぐ入隊し、今年5月に戦死。今度はアナスタジアさんが兵士になった。
――「今日は彼が死んでからちょうど半年です。私は泣かないって誓ったの。」
なぜロシア人と戦う決断をしたのか聞くと、
――「彼らは私の愛する人を殺しました。私がここにいるのは当然でしょう。」
しかし思い立ったらすぐロシア人との戦いに出られるわけではない。志願兵のウェイティング・リストはとても長いので、コネを使って順番飛び越しをする人も少なくないとか。
キーウでクリストフは、5月に負傷したドミトロ軍曹(28歳)に会う。重傷を負った軍曹は部隊から取り残され、半ば意識を失いながら、部隊の方向に這って行こうとした。沼地の水を飲んで渇きをいやし、2日間死との境界をさまよったところを救出され、左腕と右手の指1本を切断された。まもなく義手が取り付けられるので、ドミトロ軍曹は部隊に戻るつもりだ。
――「私たちは追い詰められ、どこにも逃げ場はない。前に進むしかないのです。」
9月にウクライナがロシアから奪還したイジュームで、クリストフはジャンヌ・モローに似た金髪のアラさん(52歳)にインタビューする。彼女はイジューム市ガス局の幹部だった。
占領期間中アラさんはロシア軍の動静をひそかにウクライナ側に伝えた。見つかれば即刻処刑だが、さいわい気付かれずにすんだ。しかし、ロシアからの解放を大っぴらに語った罪で、夫と一緒に逮捕され、10日間電気ショックなどの拷問を受けた。くり返し裸にされ強姦され、ブラジャーで首を吊って死のうとしたが失敗。
ロシア側はアラさんがいないとガス供給がうまく行かないのに気づき、夫と共に釈放する。しかし、彼女はガスの仕事に戻らない。ロシアの占領行政に協力するかわりに、唯一の脱出路であるロシアに逃れ、エストニア、ポーランドを経由してウクライナに戻る。そしてイジュームが解放されると早速帰郷し、拷問の傷の手当てを受けた。
クリストフは、彼女に「西側の援助疲れ」について質問する。するとアラさんの声が急にうわずり、拷問の屈辱を語るときにも決して見せなかった恐怖が、おさえきれずに表に出た。
――「私たちはアメリカに感謝しています。でも、私たちを途中で見捨てないで。私たちを孤立させないでください。」
勇敢で忍耐強いウクライナの人びとも、「西側に見捨てられる」恐怖には耐えられない。クリストフはアラさんだけでなく、ほかにも「援助疲れ」の質問にうろたえるウクライナ人の様子を伝えている。
ここにウクライナの愛国心を理解するカギがあるのではないか?「神国日本の使命」やら「アーリア人の優越」やらを信じた独善的愛国心とは対照的に、ウクライナの人びとは、自分たちの戦いには他国の人びとに共感される普遍性があると信じている。「奴隷になるのはいや」という願いは、他国の人びとにも理解され、支持されると信じている。開かれた愛国心なのだ。
「ウクライナ難民にばかりなぜこんなにやさしいのか?」「差別じゃないか?」――こんな批判が聞こえるくらい、ヨーロッパも日本もウクライナ人をあたたかく迎えたが、それは彼らの戦いが私たち自身のとても大切な何かとつながっていると感じるからではないか? ウクライナが負けると、私たちの魂に空洞が出来てしまいそうな、不安である。
おとなりポーランドは、2015年にシリア難民がヨーロッパに来たとき、EUから割り当てられた難民受け入れ分担をしぶり、「移民は病気を持ち込む」などと、政府が外国人への恐怖をあおった前歴があるのに、今回は、ウクライナから逃れてきた人たちがポーランド人のあたたかい歓迎ぶりに面食らったほどに豹変した。ポーランド人自身も、自分たちの気前よさに驚いたほどの劇変だ。難民として登録された数150万人。ポーランド国民の77パーセントが何らかの形でウクライナ難民に手を貸したというから、文字通り国を挙げての歓迎である。
さすがに9ヶ月もたつと、不満の声も出始めたが、それでもポーランド人の大多数はウクライナ人を助け続けている。なぜなら「ウクライナ人が彼らの国でロシアと戦ってくれなければ、私たちがいまこの国でロシアと戦うハメになっていたかも知れないのだから」と、ポーランド人は言う。昔からロシアに侵略されてきたポーランドだけに、「ウクライナが戦ってくれるおかげで私たちは安全」という実際的利益を強く感じるのも不思議はない。でも、そうした現実的理由でウクライナ人にあれほど熱い気持ちを持ったのだろうか?
実際的利益でいえば、日本だってポーランド以上に「ウクライナ人が戦ってくれたおかげでより安全」を享受している。もしプーチンの目論見通り、ウクライナが1週間以内にロシア軍に屈服し、ロシアの属国になっていたらどうだろう。私たちは、それを見た中国が台湾侵略の誘惑にかられる不安におびえなければならなかった。でも日本人がウクライナ難民をあたたかく迎えたのは、自国の安全についての実際的利益のためではない。冷たい打算ではなく、自然にあふれてくる直接的感情だったのではないだろうか。これを何と呼べば良いのだろう?
『ニューヨークタイムズ』のデービッド・ブルックスに言わせると、ウクライナ戦争は単なる軍事の次元を超えた、精神的次元の出来事なのだ。ウクライナが強いのは、軍が優秀だからというだけではない。何のために戦うか――戦争の目指す目標=理念で優っているからであり、その優れた理念がウクライナ人を奮い立たせ、これほど辛抱強く戦う力を与えたのだし、その理念が西側の人びとの精神を高揚させ、ウクライナの側にしっかり立つ気持にさせたのだと言う。
ではウクライナが追い求める理念とは何か?
第一が民主主義・個人の尊厳・国際秩序――ブルックスはこれを「リベラリズム」と呼ぶ。
第二がナショナリズムだ。
ウクライナがヘルソンを取り戻したとき、市民が手に手にウクライナ国旗を掲げたり体に巻き付けたりして街に繰り出した。8ヶ月もロシアに占領され、ウクライナ語をしゃべっただけで逮捕されたというのに、あんなにたくさんの国旗をどこに隠し持っていたのだろう? 確かに命がけで国旗を守る気持は、ナショナリズムと呼ぶほかない。
でも狂信的ナショナリズムの歴史を持つ私たち日本人は、民主主義とナショナリズムの合体=リベラル・ナショナリズムなどという言葉には胡散臭さを感じてしまう。事情はアメリカも似たり寄ったりらしく、ブルックスによると、リベラルな人たちは、ナショナリストを「外国恐怖、攻撃的、排他的で古臭い」と軽蔑している。リベラリストは自分たちを「自由・多様性・自主性を大切にする進歩派」とみなし、ジョン・レノンの歌のように、人類みな兄弟を夢見るコスモポリタンだ。
想像してみて、国など無いと。
難しいことじゃないさ
殺したり、殺されたりすることもなく
宗教も無い。
想像してごらんよ、みんなが平和に暮らしている。
(ジョン・レノン『イマジン』)
ところが、プーチンの戦争は、ウクライナが自分で国を守らないかぎり、リベラルな社会を築く彼らの夢は消え去ることを――民主主義はときにナショナリズムを必要とすることを思い知らせた。ナショナリズムが輝きを取り戻したのである。
自己中心的個人主義にたてこもりがちなアメリカの人びとの目に、リベラルな理念のために身を捧げるウクライナ人はまぶしく映ったに違いない。ブルックスも、「ウクライナ国旗を身にまとうのがうれしいと感じるアメリカ人は大勢いる。」と書いている。しかし、ウクライナのナショナリズム礼賛は、自分たちの国のナショナリズム再評価にはつながらない。ブルックスは続けてこう指摘する。「彼らは米国旗をまとうのは真っ平ご免というに違いない。星条旗をまとったりすれば、好戦的愛国主義を振り回す、頭の古い下層階級といっしょくたにされてしまうと思っている。」
大学出の上層階級はリベラルなコスモポリタン、学歴の低い階層はトランプに声を合わせて”Make America Great Again”を叫ぶナショナリスト。憎悪と軽蔑によって鋭く分断されたアメリカでは、リベラリズムとナショナリズムが握手するなんて夢物語だ。
リベラリズムとナショナリズムの合体=開かれた愛国心は、歴史上まれにしか起こらない幸運な例外なのではないだろうか? しかも開かれたナショナリズムはたちまち排他的ナショナリズムへと堕落する危険を秘めている。
1989年前後ポーランド、ハンガリー、チェコスロバキアなど東欧の国が次々民主化していったとき、民主化は同時にソ連からの離脱を求めるナショナリズムでもあった。当時モスクワ特派員だった僕は、ハンガリーの若い記者に「素晴らしいね」と声をかけると、「とんでもない。強権と暴力の時代になるさ」と大真面目に答えた。ぼくら西側記者は東欧の民族主義をもてはやしたのだが、彼の予言通りユーゴスラビアはばらばらに分解、ジェノサイドの舞台になり、やがてハンガリーもポーランドもナショナリストが権力を握り、民主的制度の破壊を続けている。
インフレと燃料不足に苦しむ西側は、この冬ウクライナへの援助疲れを乗り越えることが出来るだろうか? 西側との連帯を失うとしたら、ウクライナは「開かれた」ナショナリズムを失わずにいられるだろうか?
(2022/12/15)