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藤田真央 モーツァルト ピアノ・ソナタ全曲演奏会 第4回(全5回)|西村紗知

藤田真央 モーツァルト ピアノ・ソナタ全曲演奏会 第4回(全5回) ~清澄そして安らぎ~
Mao Fujita Mozart: Complete Piano Sonatas Vol.4

2022年10月18日 王子ホール
2022/10/18 Oji Hall
Reviewed by 西村紗知(Sachi Nishimura)
Photos by Ⓒ王子ホール/撮影:藤本史昭

<出演>        →foreign language
藤田真央(ピアノ)

<プログラム>
モーツァルト
 :「われら愚かな民の思うは」による10の変奏曲 ト長調 K455
 :デュポールのメヌエットによる9つの変奏曲 ニ長調 K573
 :ピアノ・ソナタ 第9番 ニ長調 K311
~休憩~
 :ピアノ・ソナタ 第17番 変ロ長調 K570
 :ピアノ・ソナタ 第15番 へ長調 K533/494
※アンコール
ショパン:ノクターン 第18番 ホ長調 Op.62-2
    :マズルカ 第50番 へ長調 Op.68-3
    :マズルカ 変イ長調

藤田真央のモーツァルト・ツィクルスの第4回目。
藤田のタッチは、丸く、ほとんどの音を弱音の範囲でまとめあげるような感じで、安らぐ緩徐楽章でも、にぎやかな終楽章でも、繊細さを失うことはなく、どこか音楽全体の語り方がプライベートで、内緒話を聴いているような心地がするように思う。音質に関して、高音域のスタッカートの音が、カツンと飛び出してしまうことはなく、神経質なところもないので、聴いている側としても音楽に安心して寄り添うことができる。ピアノに座る前の、あの内気そうな様子からの連想もあいまって、喋る音符もどこか内気な感じに聞こえる。この演奏の側にいよう、と自然に思わせるようなところがある。

この演奏会は筆者にとって、モーツァルトの音楽の謎について思いを馳せるきっかけを与えるものとなった。モーツァルトの音楽、それはモティーフを聴いても、楽段ごとのかたまりで聴いても、ある意味ではそれはただの物理法則の写し絵なのではないかと思えるほどに、人為性を感じさせないプロポーションから成るものであるが、それなら、あのモーツァルトの音楽特有の落涙の瞬間は、どうやって生まれるのだろう。
最初、「われら愚かな民の思うは」変奏曲の息つく間もなく続く16分音符は、テンポは非常にかっきりしているが、最初の曲というのもあって少し固く杓子定規だったかもしれない。中間部に設けられた遊びっぽい、即興的な部分では固さは無くなっていた。コロコロ喋るようなパッセージは後半の方にあり、天使のように愛らしい。
二曲目「デュポールのメヌエットによる9つの変奏曲」の方が、前楽節と後楽節の対比や、付点の リズムのしなやかさもある。なお、三曲目の「ピアノ・ソナタ第9番」へはアタッカでつながれた。この終楽章はかなり勢いづいていたように思え、変奏曲からソナタへ、飽くことなく一気に駆け抜けた。
落涙の瞬間は、譜面に直接書き込まれているとはどうも思えないのであった。後半、後期ソナタの範疇に入ってくる作品である17番、15番を聴いても、わかりやすく謎めいたところがあるわけではなく、これといって悲しいところもなく、それでもやはり少し、さみしいのであった。強いて言えば、15番の二楽章のメロディーのCの音に到達するまでの溜めに、落涙の根拠を直接的に求めることができるのかもしれない。だが何か、モーツァルトの音楽においては、徹底的に逆説がなくてはならないような気がした。その音楽は単なる現在であり、手元でのみ起こる出来事なのであり、聴いている者の記憶を頼りに未来へ向かって彫塑的に形作られていくようではなかったのだが、結果的にどうしてか時間と空間の広がりが生じている。
取り返せないことや、過去となってしまうことは、そのものとしては、今現在には存在しない(音楽はすべてそうかもしれない)。そんなことを思い、そしてモーツァルトの書法が、それ自体では、空っぽなほどに完璧であると感じるとき、はじめてモーツァルトの音楽の魔法にかかることができるかもしれないと思った。誤解を恐れずに言えば、ここには表現すべきものがない。たった今できることが、恣意的になれることが、とても少ないように思える。

藤田がこれからどういうピアニストになっていくか、できる限り聴き続けてみたいとも思った。おそらくそのことが、モーツァルトの音楽の謎について少しでも接近する、一つの方法なのかもしれないとも思うからである。

(2022/11/15)

   

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<Artist>
Mao Fujita (piano)

<Program>
Wolfgang Amadeus Mozart
:10 Variations on “Unser dummer Pöbel meint” in G minor, K455
:9 Variations on a Minuet by Duport in D major, K573
:Piano Sonata No.9 in D major, K311
:Piano Sonata No.17 in B-flat major, K570
:Piano Sonata No.15 in F major, K533/494
*Encore
Frédéric François Chopin
:Nocturne No.18 in E major, Op.62-2
:Mazurka No.50 in F major, Op.68-3
:Mazurka in A-flat major