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新国立劇場『ジュリオ・チェーザレ』全3幕〈イタリア語上演/日本語及び英語字幕付〉|秋元陽平

新国立劇場『ジュリオ・チェーザレ』全3幕〈イタリア語上演/日本語及び英語字幕付〉
New National Theater, Giulio Cesare / Georg Friedrich Händel

2022年10月2日 新国立劇場
2022 /10/2 New National Theater
Reviewed by 秋元陽平 (Yohei Akimoto)
Photos by 寺司正彦/写真提供:新国立劇場

<スタッフ>        →Foreign Languages
【指 揮】リナルド・アレッサンドリーニ
【演出・衣裳】ロラン・ペリー
【美 術】シャンタル・トマ
【照 明】ジョエル・アダム
【ドラマトゥルク】アガテ・メリナン
【演出補】ローリー・フェルドマン
【舞台監督】髙橋尚史
<キャスト>
【ジュリオ・チェーザレ】マリアンネ・ベアーテ・キーランド
【クーリオ】駒田敏章
【コルネーリア】加納悦子
【セスト】金子美香
【クレオパトラ】森谷真理
【トロメーオ】藤木大地
【アキッラ】ヴィタリ・ユシュマノフ
【ニレーノ】村松稔之
【合唱指揮】冨平恭平
【合 唱】新国立劇場合唱団
【管弦楽】東京フィルハーモニー交響楽団

 

この度『ジュリオ・チェーザレ』がわたしたちにあらためて示したこと、それは、バロック・オペラには一種独特の自由があるということだ。歴史叙述がベースにあったとしても、それはどちらかというと、音楽や諸々の即興的表現が展開されるための土台、あるいは背景として機能する。そこでは、たとえばヴェルディのオペラにおいてみられるような「歴史」とフィクションの緊張関係はない。もちろんまったくないわけではないが、かなりの程度抽象化されている。全てが舞台上の虚像であることがあらかじめ露骨に開示され、その軽さが可能にするさまざまなムードの対比(これも、バロックの特質だ)に打ち興じることによって、逆説的に共犯者同士の間に生まれる真摯さというものがある。虚構だから真剣で、真剣だから虚構なのだ。『ジュリオ・チェーザレ』はこうしたことを本当によく理解させてくれる機会だった。博物館のバックヤードを舞台とし、裏方や小道具を大胆に導入することで、物語がはじめからメタな視点から俯瞰されていることが観客に明かされる。クレオパトラ役の森谷をはじめとする歌手陣によってコケティッシュな仕草やオブジェとの戯れがのびのびと繰り広げられ、ごく自然に舞台作品としての時間の持続も可能にした。彼女たちの泣き笑いには、それぞれ割り振られた役としての気軽さがあるが、しかし同時に、定型表現だけが持つ普遍的な広がりと重みを感じさせてくれる。この点でも白眉は村松稔之による第二幕のニレーノのアリアだ。その透き通る声質のみならず、ロココふうの感慨を表明するにあたって、バロック的二律背反ーー「様式」と「横溢」、「運命」と「自由」、「シリアス」と「おかしみ」の天秤がぴったりと釣り合った演技で、長丁場で観客の集中力が途切れやすいタイミングにあって、いちどきに客席全体のムードを掌握した感がある。
ヘンデルの豪奢にして繊細な音楽の支柱が見事なので(演奏にはロココ的と言ってもよい、なよやかな運びがあった)、ストーリーはアリアの一つ一つにすっかり還元されたものとみなしてもバロック音楽好きならば充分楽しめる。そうはいっても、度重なる繰り返しを視覚的にもたせるためにはやはり、一人一人の即興的な身振りや演出が欠かせない。この点も絵画や舞台上での演奏の導入など盛りだくさんであり、それを可能にしたのが博物館という「メタ」な舞台であったことを考えると、本演出は模範的であり、歌手陣も含めて、バロック・オペラファンに、日本でこの水準のものが楽しめるのか、と思わせるものとなった。別の言い方をすれば、博物館という一見奇抜な設定は、逆説的にもきわめて作品に「忠実」で穏当な解釈にとどまっている。

見識あるファンがヘンデルの音楽に浸るためには申し分ないのだが、この奇妙に浮ついたロココな歴史=物語は、視聴覚に訴える娯楽の選択肢が今より少なかった同時代人にとって、別に「オペラ通」に限らず、少なからず刺激的なものとして迎えられたわけである。あらためてそう考えれば、もしこれを極東の現代日本で誰かが演出するならば、より幅広く「舞台芸術」に関心があるひとびとを4時間近くにわたって引きつけるためにも、穏健なメタ視点(博物館)の導入にとどまらず、さまざまな現代的ガジェットを投入し、より大胆な読み替えを行なっても許されるだろう。ともあれ、まずは正統派を日本で目の当たりにすることができたことを寿ぎつつ、後続の企画にそのような期待を向けてみたい。

(2022/11/15)

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<CREATIVE TEAM>
Conductor: Rinaldo ALESSANDRINI
Production and Costume Design: Laurent PELLY
Set Design: Chantal THOMAS
Lighting Design: Joël ADAM
Dramaturg: Agathe MÉLINAND
Associate Director: Laurie FELDMAN
<Cast>
CAST
Giulio Cesare: Marianne Beate KIELLAND
Curio: KOMADA Toshiaki
Cornelia: KANOH Etsuko
Sesto: KANEKO Mika
Cleopatra: MORIYA Mari
Tolomeo: FUJIKI Daichi
Achilla: Vitaly YUSHMANOV
Nireno: MURAMATSU Toshiyuki
Chorus: New National Theatre Chorus
Orchestra: Tokyo Philharmonic Orchestra
Conductor: Rinaldo ALESSANDRINI
Production and Costume Design : Laurent PELLY