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Orchestra Juvenalis Chapel Concert|大河内文恵

Orchestra Juvenalis Chapel Concert

2022年9月3日 湘南セント ラファエロ チャペル
2022/9/3 St. Raphael Chapel Shonan
Reviewed by 大河内文恵 (Fumie Okouchi)

<出演>        →foreign language
オーケストラ・ユヴェナリス:
ヴァイオリン:高岸卓人、山本佳輝
チェロ/ヴィオラ・ダ・ガンバ:武澤秀平
チェンバロ:西野晟一朗
フルート:武澤泰子

<曲目>
A. ヤジェンプスキ:黄金の王冠
J.G. ヤニチュ:ソナタ ニ長調
P. アウグスト:チェンバロソナタ ニ長調

~~休憩~~

J.S. ヴァイス:ソナタ 変ロ長調
J.P. ラモー:コンセール第4番
S.S. シャジニスキ:ソナタ ニ長調

 

ポーランドの作曲家は?と訊かれたら? 真っ先にショパン、それから現代作曲家でペンデレツキやルトスワフスキ、あとはシマノフスキくらいか。いずれにしても、ショパンより前の時代の作曲家はまず出てこないだろう。

本日の演奏会では、17~18世紀のポーランドの作曲家が取り上げられたが、その多くが今日ではほとんど知られていない作曲家たちである。そのため彼らの来歴に触れつつ、演奏を振り返りたいと思う。

この時代のポーランドの音楽家はドイツやイタリアと深い関係を持つ人?ことが多いのだが、ヤジェンプスキもその一人。ワルシャワ近郊に生まれた彼は、ベルリンのブランデンブルク選帝侯の宮廷でヴァイオリン奏者を務めたのち、イタリアへ留学している。1年の留学後、ワルシャワの宮廷楽団に雇われ、生涯そこに留まった。彼の残した曲集「カンツォンとコンチェルト集」に含まれる「黄金の王冠」は、長い音価でどこまでも続くヴァイオリンの音で始まる。駆け上がるような音型を2台のヴァイオリンで互いに追いかけていくさまは、ポーランドという国の名前が「平原」からきていることを思い起こさせる。

ヤニチュはチェコの国境に近いシュヴァイトニッツ(現:シフィドニツァ)に生まれ、ブレスラウ(現ブロツワフ)で音楽教育を受けた。1731年に後のフリードリヒ大王の前で演奏したことをきっかけに、1740年にコントラバス奏者として彼の宮廷楽団に入り、そこで生涯を過ごした。ソナタニ長調は、18世紀のベルリンの作曲家の作品らしい、澄んだ和声と自然な旋律に彩られた1楽章、イタリア・バロックっぽい軽快さをもつ2楽章、組曲の最終楽章を思わせる速い3拍子による3楽章から成り、フリードリヒ大王が惚れ込んだ音楽家であることが実感された。

アウグストはワルシャワに生まれ、1745年に室内音楽家およびオルガニストとしてドレスデン宮廷楽団に入り、1750年代にはドレスデンのカトリック教会の第1オルガニストとなった。彼は選帝侯の子どもたちの音楽教師をつとめるなど選帝侯の信頼が厚かったことが察せられる。チェンバロ・ソナタニ長調は、いわゆるロンバルディア・リズムとゼクエンツが印象的なアレグロ、中間部にJ.S.バッハを思わせる半音の使い方が見られるメヌエット、急速な3拍子の終楽章をもつ。この曲を聞いていて、2楽章の中間部がバッハに聞こえたのは、もしかしたらポーランド作曲家の曲がバッハに似ているのではなく、バッハがポーランドにルーツを持つ作曲家の技法を取り入れた可能性もありうるのではないかと思った。だとすれば、ポーランドの作曲家の作品の重要性は今とまったく異なるものになる。

休憩後はヨハン・ジギスムント・ヴァイスから。ここから奏者のギアが1つあがった。ヴァイスはブレスラウ(現ブロツワフ)生まれではあるが、ドレスデン宮廷に仕えたリュート奏者ヨハン・ジギスムント・ヴァイスの息子で、1708年デュッセルドルフの宮廷のリュート奏者に就任し、その後宮廷がマンハイムに移動したために一緒にそちらへ移動し、そこで生涯を終えた。ヴァイスのフルート・ソナタ変ロ長調は、当時のドイツの宮廷の日常の音楽のスタンダードな形を提示しているように筆者には聴こえた。最後のヴィヴァーチェとプレストの楽章は、テンポは速めなのだが、決して疾風怒濤の感じにはならず、晴れた平原を疾走しているような清々しさを感じた。武澤秀平はこの曲ではヴィオラ・ダ・ガンバではなくバロック・チェロを弾いたのだが、チェロの巧い人が弾くバロック・チェロのお手本のような演奏で、音色やボーイングの美しさが目と耳を惹いた。

後半2曲目はポーランドから少し離れてラモー。弦楽器の音の滑らかな移行が見事。フランスらしさを存分に満喫した。最後は、シャジニスキ(NAXOSではサルシンスキと表記されているが、ポーランド語の読みとしては上記に近いと思われる)。現存する筆者譜から1692~1713年に活躍したことがわかっている以外、生没年も生地没地や経歴も不明である。弓を長く使い、ゆったりと流れる音楽はドイツというよりフランス趣味を感じさせる。それはこの演奏会の奏者たちがフランス・バロックに長けた奏者が多いことと無関係ではないだろう。

ポーランドという国は歴史上、さまざまな国に侵略され、あるいは分割されて国が消滅した時期すらある。地続きであるヨーロッパ大陸全般にいえることだが、どこからどこまでをポーランドと呼ぶのかも難しい。1697~1763年はザクセン選帝侯がポーランド王を兼ねていたことから、ドレスデンとワルシャワは近しい関係にあったし、ブレスラウは当時ドイツの一部だったが現在はポーランド国内にある。そういった意味で、厳密にどこに線を引くかは難しい問題であるのだが、少なくとも次のことは言えると思う。
このコンサートを通して、ポーランド・バロック音楽は、まだまだ探りがいのある場所であることがよくわかった。国の形が何度も変わったことにより伝承が途絶えてしまっている部分は大いにあるだろうが、その分掘り出し物も多いに違いない。そして、バロック音楽にポーランドという補助線を引いてみたら、これまでとは違った景色が見られるかもしれない。そんな大きな可能性を感じた。

(2022/10/15)

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Orchestra Juvenalis:
Violin: Takuto TAKAGISHI, Yoshiki YAMAMOTO
Violoncello/Viola da gamba: Shuhei TAKEZAWA
Cembalo: Seiichiro NISHINO
Flute: Yasuko TAKEZAWA

Adam Jarzębski: Corona aurea
Johann Gottlieb Janitsch: Sonata da camera in D Major, Op. 5, No. 1, “Echo”
Peter August: Cembalo Sonata D major

— intermission—

Johann Sigismund Weiss: Sonata B-Flat Major
Jean-Philippe Rameau: 5 Pieces pour clavecin seul, extraites de Pieces de clavecin en concerts: Fourth Concert  La Pantomime, II. L’Indiscrete, III. La Rameau
Stanisław Sylwester Szarzyński: Sonata D major