Menu

紀尾井ホール室内管弦楽団 第132回定期演奏会 トレヴァー・ピノック 首席指揮者就任記念公演|秋元陽平 

紀尾井ホール室内管弦楽団 第132回定期演奏会 トレヴァー・ピノック 首席指揮者就任記念公演
Kioi Hall Chamber Orchestra Tokyo – The 132nd Subscription Concert The Inaugural Concert of Trevor Pinnock as the new Principal Conductor of the Kioi Hall Chamber Orchestra Tokyo

2022年9月24日 紀尾井ホール
2022/9/24 Kioi Hall
Reviewed by 秋元陽平 (Yohei Akimoto)
Photos by Tomoko Hidaki/写真提供:紀尾井ホール

<キャスト>        →Foreign Languages
トレヴァー・ピノック(指揮)
アレクサンドラ・ドヴガン(ピアノ)

<曲目>
ワーグナー:ジークフリート牧歌 WWV 103
ショパン:ピアノ協奏曲第2番ヘ短調 op.21
ソリストアンコール:J.S.バッハ/ジロティ編:前奏曲第10番ロ短調
シューベルト:交響曲第5番変ロ長調 D485
<アンコール> シューベルト:ロザムンデより間奏曲第3番

 

順番が前後するが、まずアレクサンドラ・ドヴガンという若き才能について述べておきたい。この日本デビュー公演で、彼女がオーケストラの只中で、音楽それ自体の奥から、ひそやかで親密な内声を響かせることができるということがまず印象に残る。弦の減衰の只中に、バスーンやホルンのささやかな歌の中に、手に手をとって重ねるようにppで独奏ピアノを調和させることができるのだ。とかくオーケストラを背景に押しやってソリストが華々しく出て行きがちで、かつ、そうしたとしてもどこか割り切れないものが残りがちな、いわく扱い難い内密感をもつショパンの協奏曲、とくにこの仄暗い輝きを持った第2番は、このようにオーケストラと一体となって織り上げることによってその色調を際立たせることが、じつのところ可能なのか。アンコールピースのバッハ/ジロティ『前奏曲第10番』は彼女のこうした志向をはっきりと再確認させるもので、モダンピアノの重くくぐもった鐘の音が拡散しないように静かに抱きとめながら一音を浮き立たせるような味わいがあって、早熟といった形容にとどまらない、音響芸術の担い手としての確固たる意志がつたわってくる。

さて、トレヴァー・ピノックのチェンバロを私はもう随分昔から聴き続けて育ったが、指揮を目の当たりにするのは初めてだ。軽快できびきびとした滑り出しをなんとなく(それこそ無根拠に)想像していると、皮切りの『ジークフリード牧歌』で深々と低音から積み上げられ、ハーモニーの響きを都度立ち止まって味わうような後期ロマン派のずっしりとしたボディブローを食らうことになる。音響はむしろ透明で美しくフレージングも爽やかなのだが、その分だけ、執拗な半音階進行と、たっぷりしたルバートとともに、ワーグナーの幸福の押し売り(!)がなせる重い滞留構造も際立って感じられる。反対にシューベルトの『交響曲第5番』は、開始1秒でむしろこの初めの想像にぴったり適う、おのずから推進する快活な音楽だ。しかし、たとえば『悲劇的』はベートーヴェン的で、本作がモーツァルト的とは簡単に言わせてくれないのがシューベルト、と改めて認識する。ピノックはこの「愛らしい」交響曲の中に、豪胆さや決然とした身振り、古典派のコードの中にあってそのうちで微睡んでいない何者かを決して見逃さない。それに呼応して、紀尾井室内管の響きはたいへん巧緻だが、同時に言い切るところでは決して言葉を濁さない。古典派とロマン派という区分は、必ずしもそれが内包するものの全てにおいて対立するわけではなく、むしろある意味で連続性のうちにあるということはもはや文化研究においては常識になりつつあるが、シューベルトこそこのような綾をみずからの音楽の息遣いのうちに自然と折り込んでいったひとなのだ。それにしても、アンコールのロザムンデの完成度よ。ちょうど一年ほど前、同じ紀尾井ホールで、ペーター・レーゼルがソナタ21番によって日本公演に別れを告げた。半年前、ムーティは東京文化会館で『未完成』を振ってウクライナのために祈った。ピノックの5番とロザムンデは、オーケストラへの期待を思わせる。シューベルトにはいつも、音楽家のさまざまな感情がヴィヴィッドに滲むものだ。

(2022/10/15)

—————————————
<Cast>
Trevor Pinnock, conductor
Alexandra Dovgan, piano
<Program>
Richard Wagner: Siegfried-Idyll WWV 103
Fryderyk Chopin: Piano Concerto No. 2 in F minor op. 21
Solo encore : Bach/ Ziloti Prelude No.10 h-moll, BWV 855a
Franz Schubert: Symphony No. 5 in B-flat major D 485
<Encore>
Schubert: Entr’acte No.3, from “Rosamunde”