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ザ・フェニックスホールに集うトップアンサンブルシリーズ2022-2023《アタッカ・クァルテット》|神谷ハヤト

ザ・フェニックスホールに集うトップアンサンブルシリーズ2022-2023
《アタッカ・クァルテット》

2022年9月12日  あいおいニッセイ同和損保ザ・フェニックスホール
2022/9/12 Aioi Nissay Dowa Insurance THE PHOENIX HALL
Reviewed by 神谷ハヤト(Hayato Kamiya)
Photos by 松浦隆/写真提供:あいおいニッセイ同和損保ザ・フェニックスホール

<演奏>      →foreign language
アタッカ・クァルテット
ヴァイオリン:エイミー・シュローダー、ドメニク・サレーニ
ヴィオラ:ネイサン・シュラム→牧野葵美(出演者変更)
チェロ:アンドリュー・イー

<曲目>
ベートーヴェン:弦楽四重奏曲 第10番 変ホ長調 「ハープ」op.74
ポール・ウィアンコ:弁慶の立ち往生
キャロライン・ショウ:アントラクト
キャロライン・ショウ:エヴァーグリーン
キャロライン・ショウ:ヴァレンシア

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2020年のリリースのキャロラン・ショウ作曲『Orange』で2020年のグラミー賞最優秀室内楽賞を受賞したアタッカ・クァルテットが待望の来日を果たした。2020年に来日予定だったものの昨今のコロナの影響でやむなく中止になったため、約2年越しでの公演になった。とはいえわたしは普段からクラシックを好んで聴くわけではないし、コンサートにもほどんど足を運ばないし、彼らが2020年に来日する予定だったことも、今回改めて来日が決定していたことも公演の2週間まで知らなかった。ではなぜコンサート直前に情報を知るやいなやチケットをとって観に行ったかというと、わたしが普段から聴いているジャズと、ここ数年ジャズと交流を深めている所謂インディー・クラシックを代表するバンド/ミュージシャンの代表格のひとつがアタッカ・クァルテットだったからに他ならない。

インディー・クラシックとは簡単に説明すれば、クラシックの演奏/作曲家としての教育を受けつつも、インディー・ロックやヒップホップ、エレクトロニック・ミュージックといったジャンルを自らの世代の音楽として自然と聴いて育った感性があり、その二つの要素を不可分なものとして非クラシック的なミュージシャンと演奏/作曲/編曲で交流、もしくは自身の作品をクロス・ジャンル的に作り上げ、いわゆるポピュラー音楽との垣根を超え行き来するミュージシャンによるムーブメントやその作品自体のことを指していると言っていいだろう。

そしてこのシーンの立役者が、インディー・クラシックの作品を数多く世に送り出すのと並行し、新進気鋭の作曲家や楽団に加え、インディー・ロックやジャズのミュージシャンとのイヴェントやフェスを主催しているNew Amsterdam Recordsというレーベルだ。

ジャズ側から見ると、マリア・シュナイダーや狭間美帆といった新世代のビッグバンドの形態である所謂ラージ・アンサンブルを率いる作曲家が活躍している最中、New Amsterdamからドラマー兼作曲家のジョン・ホーレンベックが率いるラージ・アンサンブルによる『All Can Work』や、グラミー入賞のダーシー・ジェイムズ・アーギューによる、これまたラージ・アンサンブルの『Real Enemies』をリリースし注目を集めている。

アンサンブル作品のほかにも、伴奏/装飾的ではなく、リニアに進み絡みつくような弦楽四重奏の使い方をした作品としてアルトサックス奏者のミゲル・ゼノンによる『Yo Soy La Tradicion』、ピアニストのファビアン・アルマザンが『Alcanza』を、ギタリスト/ヴォーカルのカミラ・メサが『Ambar』をリリース。カマシ・ワシントンは五大陸とそこに住む人々になぞらえた五つの旋律を対位法をつかい調和させた『Harmony of Difference』、ピアニストのブラッド・メルドーはバッハのプレリュードと、そこから着想を膨らませた自作曲を交互に並べた『After Bach』に続き、教会音楽や讃美歌を思わせる荘厳なヴォーカル・アンサンブルにエレクトリックやインディー・ロック的な要素をぶつけた『Finding Gabriel』を、いわゆるフリー/前衛的な方面で評価されているギタリストのメアリー・ハルヴォーソンや、サックス奏者のキャロライン・デイビスに関してはNew Amsterdamから作品を出すまでに至っていて、現代のジャズとインディー・クラシック台頭との連動が明らかだった。そんな矢先、ブラッド・メルドーの作品をリリースしていて、現代の作曲家を含め広義のアメリカ音楽をアーカイブしようとしているNonesuch RecordsとNew Amsterdam Recordsによるパートナーシップが実現。そのパートナーシップの成果として出されたのが冒頭にある『Orange』だ。

アタッカ・クァルテットは『Orange』のリリース翌年にソニー・クラシカルと契約。名実ともにインディー・クラシックを代表するグループと言っていいだろう。

フライング・ロータスやサンダーキャット、ルイス・コール、スクエアプッシャーといった、現代ジャズやエレクトロニック・ミュージックなど様々な音楽的要素を昇華しハイブリッドな作品を作っているミュージシャンの楽曲や、エフェクトやポスト・プロダクションを大胆に使ってカヴァーした『Real Life』のリリースに続き、ルネサンス期の作曲家とグラスやペルトを同列に並べた『All Of Joys』をリリース。ヴィオラのネイサン・シュラムに関しては先のNew Amsterdam Recordsから、レディオヘッドやカマシ・ワシントンからの影響を公言し、ポスト・プロダクションを用いた『Oak & Ghost』(演奏はアタッカ・クァルテットによる)をリリースしている。


そして、クラシックとジャズの垣根を超えた交錯の一つのハイライトといって過言ではない作品が、今年リリースされたばかりの『BECCA STEVENS | ATTACCA QUARTET』。タイトルの通り、ジャズ・ヴォーカリスト/作曲家のベッカ・スティーヴンスと、アタッカ・クァルテットによるコラボ・アルバムで、スティーヴンス自身の楽曲に加え、レディオヘッドの「2+2=5」などを、エレクトロニックやインディーロックを通過した、まさにインディー・クラシック的な感性と、弦楽四重奏とは思えない驚異的な編曲とテクスチャーでカヴァーした作品だった。(詳細は以下のインタビューに詳しいので併せて参照いただきたい)

というわけで、ジャズとクラシックの間で明らかに大きなことが起きていて、その潮流や化学反応がさらに面白いシーンになりそうな予感があった。

キャロライン・ショウの楽曲目当てだったから、一曲目のベートーヴェンの「ハープ」には正直期待をしていなかった。というかクラシック・リスナーの集客を狙ったものだとすら思っていた(ジャズのミュージシャンが語るクラシックの作曲家でベートーヴェンの名前が上がることはほぼないということもある)。しかしこの憶測は開演後すぐに良い意味で裏切られた。彼らが奏でる弦楽器そのものの音色の膨よかさがあり、その質感を損なわないままに各パートがレイヤードされ、リニアかつ重層的に楽曲が進行していくさまにすぐさま圧倒されてしまったのだ。そこに懐古的な古さは存在せず、終演後に振り返ると、現代曲と自然につながり、同列に鳴らしていたことに気がつく。それは『Of All Joys』で魅せていたような、古楽とミニマル・ミュージックをも並べてプレゼンテーションする彼ららしい選曲とも言えたのかもしれない。

「弁慶の立ち往生」を書いたポール・ウィアンコはインディー・クラシック周りの作曲の中でもとびきり刺激的な楽曲を作る人だ。 アタッカ・クァルテットと並び現代を代表する楽団であるyMusicや、Aizuri Quartet が、New Amsterdam Recordsからリリースした作品で「Thous&ths」や「Lift」を取り上げたことが記憶に新しい。「弁慶の立ち往生」はアタッカ・クァルテットの委属で、弁慶というテーマはチェロのアンドリュー・イーからのリクエストによるもの。

ハープの音色になぞらえられたピッチカートの印象から名付けられたベートーヴェンのそれに続き、「弁慶の立ち往生」でもピッチカートが多用されるが、その使われ方は大きく異なる。そこで鳴っていたのは電子音のようにも聞こえる、まさしくエレクトロニック・ミュージックやエレクトロニカ以降のハイブリッドな感性だった。記譜されていることも、それがいままさにステージで鳴っていることも信じられないような音像。激情的かつスリリングに入り乱れドラマチックに情景を描き、ノイジーでエクスペリメンタルな瞬間すらも必然的に聴かせたこの楽曲は、前述の『All Of Joys』はもちろん、ヴィオラのネイサンの『Oak & Ghost』や、ベッカ・スティーヴンスとのコラボ作と地続きだったことは明らかだった。

ついでに印象に残ったのがダイナミックな手振りでチェロを弾くアンドリュー・イーの姿だ。表情を含め全身全霊で楽曲に向き合うイーの姿がカッコよかったと素直にいいたい。

続く後半は出演者の変更に伴う曲目変更でキャロライン・ショウの楽曲が並ぶ。グラミー賞を取った作曲家の楽曲と、演奏したグループによる名実ともにトッププレイヤーの堂々たる演奏で魅せる。前景も後景もなく、各パートが脈打つようにまとまり、大きなストーリーを描く。そこに表れているのはショウが楽曲に込めた歴史や自然との繋がりと、コンサート全体の選曲ともリンクさせた壮大なものだった。

“弦楽四重奏は何百年も前から存在するものですが、私にとってこの形式に戻ることは、どこか美しく、儀式的なもの。(中略)過去数年間の成長のヒントが土壌(≒過去)に残っているため、新しい成長は部分的に古いものによって形作られているのです”(*1)

と語り、四楽章から成る「Evergreen」にあてたコメントでは

“木を覆う柔らかな苔のため、そびえ立つ強靭な幹のため、あたりを囲む無数の滴る滴のため、そして土の下で広がり、滋養を蓄え、支える幹のために”

曲を作ったと語る。客寄せくらいに思っていたベートーヴェンの「ハープ」という土壌のうえに、ショウやウィアンコの楽曲を配置し、過去と現在とを地続きに魅せる、非常によく出来たストーリーの描き方だった。その姿は、わたしが普段から聴いているジャズミュージシャンたちが、先人たちとの繋がりを疎かにせず、その姿勢を躊躇なく示す姿勢とも個人的にはリンクする。

また、キャロライン・ショウは「Entr’acte」に寄せたコメントで

”コンサートに行って、自分が思い描いていたのと全く違う経験をして帰って来たことは、誰にでもあると思う。ほんの一瞬の出来事だったのだけれど、それが自分にとってその経験に対する印象をガラリと変えてしまうもの”(*2)

と作曲に至った出来事を振り返っている。

この言葉は、今回のアタッカ・クァルテットが、コンサバなクラシック・リスナーにとっては現代曲への、そしてわたしのようなインディー・クラシックや他のジャンルのリスナーにとってはベートーヴェンへの水先案内人となり、素晴らしいインパクトを与えてくれたこととリンクするように思う。

しかし、ジャンルの垣根を軽々と超えて、容易にカテゴライズすることができない活動をしている彼らなだけに、今回のコンサートに付随するプロモーションは少し残念に感じた。冒頭にあるように、わたしは2週間前まで公演を知らなかったし、同じタイミングでSNS経由で知った人も多くいただろう。コンサートの案内もクラシックのリスナーのみを想定していたようだし、大阪公演は大きな会場ではなかったにもかかわらず、座席には余裕があった印象だ。今回のコンサートが興行的に成功だったのかは分からないが、少なくとももっと幅広いリスナーにアプローチできるミュージシャンだったことは間違いない。

ジャンルを巡った論争はジャズやクラシックに限らず多いが、こうしたフュージョンともクロスオーバーとも違うハイブリッドで先進的な音楽をやっているミュージシャンたちの音楽が、ジャンルを巡る棲み分けによって届くはずのリスナーに届かないのであれば、これほど残念なことはない。それと同時に、我々リスナーも、クラシックじゃない、ジャズじゃない、などと素朴にこの論争に加担し得ることに自覚的であるべきと、改めて感じさせる公演でもあった。

(2022/10/15)

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<Artists>
Attacca Quartet
Amy Schroeder, Domenic Salerni – Violin
Nathan Schram – Viola → Kimi Makino (cast change)
Andrew Yee – Cello

<Program>
Beethoven : String Quartet No 10 Op 74 Harp in E flat major
Paul Wiancko : Benkei’s Standing Death
Caroline Shaw : Entr’acte
Caroline Shaw : Evergreen
Caroline Shaw : Valencia

*1 https://carolineshaw.bandcamp.com/album/orange
*2 公演プログラムより

参考
・柳樂光隆『Jazz The New Chapter 3』シンコーミュージック
・柳樂光隆『Jazz The New Chapter 4』シンコーミュージック
・柳樂光隆『Jazz The New Chapter 5』シンコーミュージック
・八木皓平『【Next For Classic】第1回 カニエやOPN、インディー・ロックとも共振するクラシック音楽の新潮流〈インディー・クラシック〉とは?』Mikiki https://mikiki.tokyo.jp/articles/-/10582

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神谷ハヤト(Hayato Kamiya)
大手レコード屋でジャズとその周辺音楽のバイヤーをするかたわら、新譜ばかりを扱うジャズ喫茶での勤務、ディスクレビューやライナーノートの執筆など経て京都に移住。モダンから現行のジャズと、その周辺を軸に音楽が好き。たまにDJ。
Twitter:@ya_K_un
instagram:@ya.k.un_