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藤木大地リサイタル  ~カウンターテナーとの出逢い~ |藤堂清

藤木大地リサイタル 
Daichi Fujiki Recital  
Encounter-tenor 2022 ~カウンターテナーとの出逢い~ 

2022年8月31日 浜離宮朝日ホール 
2022/8/31 Hamarikyu Asahi Hall 
Reviewed by 藤堂清 (Kiyoshi Tohdoh) 
写真提供:浜離宮朝日ホール 

<出演>        →foreign language
カウンターテナー:藤木大地
ピアノ:松本和将

<プログラム>
ファゾーロ:望みを変えよ
ヘンデル:だが、あの甘いさえずりを聞いてよいのだろうか(《ヘラクレスの選択》より)
シューベルト:夜と夢
シューマン:指につけた指輪よ(歌曲集《女の愛と生涯》より)
ドビュッシー:星の夜
R.V.ウィリアムズ:静かな真昼(歌曲集《生命の家》より)
バーンスタイン:そうに違いない(《キャンディード》より)
西村朗:木立をめぐる不思議《藤木大地委嘱作品(2015)》
———————-(休憩)———————
加藤昌則:てがみ《藤木大地委嘱作品(2017)》
木下牧子:シャガールと木の葉(詩:谷川俊太郎)《世界初演・本公演委嘱作品》
ハウエルズ:ダヴィデ王
R.シュトラウス:解き放たれて(《5つの歌》より第4曲)
マーラー:原光(交響曲第2番《復活》より第4楽章)
フォーレ:リディア(《2つの歌》より第2曲)
リスト:おお、愛しうる限り愛せ(「愛の夢」第3番)
モーツァルト:ラウラに寄せる夕べの思い
J.S.バッハ:あなたがそばに居てくだされば
——————-(アンコール)——————
パーセル(ブリテン編):バラの花よりも甘く
木下牧子:夢みたものは
ジョルダーニ:カロ・ミオ・ベン

 

澄んだ響きがホールをうめた。弱声から強声まで安定、また圧力に幅がありダイナミクスを大きくとれる。バロックから現代まで、また、5つの異なる言語の多様な曲をそれぞれにふさわしい表現で歌いあげる。
「Encounter-tenor 2022 ~カウンターテナーとの出逢い~」というタイトルの付けられたリサイタル。テノールでデビューした彼が、カウンターテナーに転向したのち、2012年に日本音楽コンクール第1位を受賞、この声種での活躍が軌道に乗ってから10年。その集大成という位置づけもあっただろう、意欲的なプログラムが組まれた。

ファゾーロの〈望みを変えよ〉の、“Cangia, cangia”という歌い出しの力みのない声の美しさ。一気に藤木の世界に引きずり込まれる。
次いで時代を1世紀飛び、ヘンデルのオラトリオ《ヘラクレスの選択》から。こちらもゆったりとした曲調。低音域も無理なく響かせ、安定した歌唱。
シューベルト、シューマンの歌曲は美しいドイツ語を聴かせた。〈夜と夢〉、柔らかく、ヴィブラートの少ない声で歌い始める。子音がはっきりしていて、聞き取りやすい。シューマンの〈指につけた指輪よ〉は、歌曲集《女の愛と生涯》の第4曲。女声向けの曲集だが、近年では男声による実演や録音も出てきている。藤木の音域は女声と同じだが、高音域の響きは少し軽いように感じられる。この1曲では差異を議論するのはむずかしい。全曲を聴いてみたいものだ。できれば《詩人の恋》と一緒のプログラムで。
ドビュッシーの作品は19世紀の後半のもので歌詞はフランス語。R.V.ウィリアムズとバーンスタインは20世紀の英語の歌。〈そうに違いない〉は高音に強いテノールの歌だが、移調していたかどうか筆者には定かではない。男性の歌としての表情付けはなされていた。
西村朗の〈木立をめぐる不思議〉は藤木の委嘱作品、21世紀のものである。後半部分はかなり技巧的でむずかしそうだが、彼はそんなことは感じさせない。聴き応え十分。

前半が17世紀から時代を下っていく曲の並びであったのに対し、後半は時代をさかのぼるようにプログラミングされていた。
日本語の2曲はともに藤木の委嘱作品、とくに木下の〈シャガールと木の葉〉はこのリサイタルのために作曲されたもの。加藤昌則の〈てがみ〉のほんわかとした感触と木下作品の悲しみをたたえた表情と技巧的な声の使い方、その対比が聞き取りやすい日本語から浮かび上がる。後者では作曲者が舞台に上がり拍手をうけた。
マーラーの〈原光〉やリストの〈おお、愛しうる限り愛せ〉では、こまかく表情がつけられてはいるのだが、声の厚みが欲しいと感じる部分もあった。
J.S.バッハ(シュテルツェル)の〈あなたがそばに居てくだされば〉の穏やかな歌で予定曲は終了。

アンコールの1曲目、パーセル(ブリテン編)の〈バラの花よりも甘く〉での後半のアクロバティックな動きの見事さ。木下牧子の〈夢みたものは〉での日本語の表情のはっきりとしていること。最後に、後半にはなかったイタリア語での〈カロ・ミオ・ベン〉。多彩なプログラムをアンコールでさらに盛り上げて締めくくった。

彼の声と技術、今まで歌ってきた様々な時代や言語の作品、それを最大限組み込んだ万華鏡のようなプログラム、藤木の今を、そして今後をよく示していたと考える。それぞれの曲が他の曲との関係を持っているわけではなく、独立していることもあり曲ごとに拍手が出る。その拍手が藤木大地という多面的な存在への称賛にほかならない。
今回は彼の幅広さをよく理解できたリサイタル。次の機会には、彼のある側面を深く掘り下げたプログラムを聴かせてほしい。バロックの技巧的な作品を集めて、あるいは現代作品を中心にといったような。すでに述べたシューマンの歌曲集も期待したい。
42歳、まだまだ拡がる藤木の世界を楽しみに待っている。

(2022/9/15)

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<Player>
Daichi Fujiki, Countertenor
Kazumasa Matsumoto, Piano

<Program>
Fasolo : Cangia, cangia tue voglie
Händel : Yet can I hear that dulcet lay? (The Choice of Hercules)
Schubert : Nacht und Träume
Schumann : Du Ring an meinem Finger (Frauenliebe und Leben)
Debussy : Nuit d’étoiles
R.V.Williams : Silent Noon (The House of Life)
Bernstein : It must be so (Candide)
NISHIMURA Akira : Kodachi wo Meguru Fushigi
—————-(Intermission)—————-
KATO Masanori : Tegami [A Letter]
KINOSHITA Makiko : A Chagall and a Tree Leaf
Howells : King David
R.Strauss : Befreit
Mahler : Urlicht (Symphony No.2)
Fauré : Lydia
Liszt : O lieb, so lang du lieben kannst
Mozart : Abendempfindung an Laura
J.S.Bach : Bist du bei mir
——————-(Encore)——————-
Purcell/Britten : Sweeter than roses
KINOSHITA Makiko : What I dreamed of
Giordani : Caro mio ben