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注目の1枚|たかの舞俐『In a Different Way』|齋藤俊夫

たかの舞俐『In a Different Way』
Mari Takano “In a Different Way”

Text by 齋藤俊夫(Toshio Saito)

フォンテック
FOCD2587
2022/3/31発売

<曲目・演奏>        →foreign language
1.『リラエア』(2021)
  フルート:松本寛子、ギター:土橋庸人
2.『雪の女王のアリア』(2018)
  ソプラノ:坂本朱、フルート:井出朋子、チェロ:藤村俊介
3.『愛の残骸』(2017)
  ギター:大坪純平、岡本和也
4.『エレジー』(2013-14、改訂2021)
  ヴァイオリン:野口千代光、花田和加子
5.『アー・ユー・ゴーイング・ウィズ・ミー?』(1987)
  ヴィブラフォン:會田瑞樹、ピアノ:中川俊郎
6.『光の通り道』(2012)
  フルート:井出朋子
7.『イン・ア・ディファレント・ウェイ』(2021)
  指揮:たかの舞俐、シタール:ヨシダダイキチ、パカーワジ:カネコテツヤ
  ヴァイオリン:鈴木舞、チェロ;:笹沼樹、フルート:丁仁愛
  サクソフォン:松下洋、打楽器:會田瑞樹
8.『アデューと再生』(2014-15)
  ヴィブラフォン:會田瑞樹、ピアノ:中川俊郎

驚くほど素直に、かつ心より楽しめるCDアルバムを作ってくれたものである。たかの舞俐はファーニホウとリゲティに師事した女性作曲家。ファーニホウの難解さは全く無く、リゲティの影響は其処此処に見当たるが、彼のアイロニーとブラックユーモアとは遠い清明な作風。BISより発売された2枚のアルバム「Women’s Paradise」「LigAlien」のキュートかつクールかつビューティーな様で筆者は〈現代音楽〉のまだ見ぬ可能性に目を見開いたのであるが、今回のこの「In a Different Way」ではそのキュートさとクールさとビューティーがさらに更新されている。

収録曲順に語ろう。

『リラエア』とは水生植物の一種で、ギリシャ神話の水のニンフの1人。その名の通り軽やかにひらひらとフルートとギターが舞い踊る。清澄な音楽に心洗われる。
『雪の女王のアリア』はたかの作のオペラ『ゲルダ』のアリア。雪の女王が少年カイへの想いと自分の王国の滅亡を歌う、哀しい愛の歌。現代歌曲にありがちな晦渋さは全く無く、女王の哀しさと気高さと美しさが冷たい旋律によって表現される。
『愛の残骸』もオペラ『ゲルダ』のアリアがもとになっているギターデュオ。どこか悲しげで、少し過激。ギターの半音階的でマジカルな動きには師リゲティの影響も垣間見える。
『エレジー』これもまたオペラ『ゲルダ』のアリアに基づいた作品。かなしいと言うより、切なく透き通ったヴァイオリン2台の音が心に染み透る。
『アー・ユー・ゴーイング・ウィズ・ミー?』はニュー・ジャズの影響を受けたらしいが、そこのところは筆者にはよくわからない。ヴィブラフォンとピアノのが絶妙な付かず離れずの関係を保ちながら歌を紡いでいく。
『光の通り道』、オペラ『ゲルダ』のメロディーを用いてフルートソロにした作品。喜怒哀楽といったはっきりとした感情を表すのではなく、ただ孤独感をたたえてフルートが踊り続ける。
CDタイトルでもある『イン・ア・ディファレント・ウェイ』はフェスティバル「Asia 音楽の脈動」での委嘱作品ということで、パカーワジ(膜鳴打楽器)やシタールが西洋の楽器と組み合わされた珍しい編成を取っている。西洋楽器群は初めはこれらの民族楽器に合わせたような演奏をしたりもするが、最終的に西洋楽器はバッハを思わせる音型に収斂していき、民族楽器と西洋楽器がそれぞれのルーツに帰ったかのような、しかしお互いに打ち消し合うことなどなく、真の協和に至ったジャムセッションのような音楽で終曲する。
『アデューと再生』はヴィブラフォンとピアノによる、一見オシャレなジャズのような曲かと思わせて、中盤のクラスターの打撃以降不思議の国にさまよい入ったかのような音楽的展開を見せる。

〈新しい〉のに、〈新しさ〉につきまとう差異を求めての破壊的な性格(例えばたかのの師ファーニホウのような)が全く見られないのがたかのの〈新しさ〉を独特なものにしている。(おそらく)五線紙だけで示せる通常の音符と拍節構造だけを使ってのこれらの〈新しい〉音楽は、複雑化と差異化が自己目的と化しているきらいのある西洋前衛音楽へのラディカルな批判たり得ていると言えよう。現代音楽の可能性は、現代音楽なのに現代音楽らしくないというたかのの逆説的〈新しさ〉によってここに開かれたのだ。

(2022/7/15)

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<Pieces&Players>
1.Lilaea
 Fl.Hiroko Matsumoto, Gt.Tsunehito Tsuchihashi
2.Schneekoenigin’s Arie
 Sp.Akemi Sakamoto, Fl.Tomoko Ide, Vc.Shunsuke Fujimura
3.Remnants of Love
 Gt.Junpei Ohtsubo, Kazuya Okamoto
4.Elegy
 Vln.Chiyoko Noguchi, Wakako Hanada
5.Are you going with me?
 Vib.Mizuki Aita, Pf.Toshio Nakagawa
6.Corridors of Light
 Fl. Tomoko Ide
7.In a Different Way
 Cond.Mari Takano, Sitar.Daikichi Yoshida, Pakhawaj.Tetsuya Kaneko, Vln.Mai Suzuki,
 Vc.Tatsuki Sasanuma, Fl.Inae Jeong, Sax.Yo Matsushita, Perc.Mizuki Aita
8.Adieu and Rebirth
 Vib.Mizuki Aita, Pf.Toshio Nakagawa