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NHK交響楽団 第1961回 定期公演 Bプログラム|秋元陽平

NHK交響楽団 第1961回 定期公演 Bプログラム
NHK Symphony Orchestra No.1961 Subscription Concert (Program B)

2022年6月22日 サントリーホール
2022/6/22 Suntory Hall

Reviewed by 秋元陽平(Yohei Akimoto)
写真提供:NHK交響楽団

<演奏>
指揮:鈴木優人
ヴァイオリン:郷古 廉
<曲目>        →Foreign Languages
バッハ(鈴木優人編)/パッサカリアとフーガ ハ短調 BWV582
ブリテン/ヴァイオリン協奏曲 作品15
(ソロ・アンコール:イザイ/無伴奏ヴァイオリン・ソナタ 第4番 ホ短調 作品27-4 ― 第2楽章「サラバンド」)
モーツァルト/交響曲 第41番 ハ長調 K. 551 「ジュピター」

 

バッハの鍵盤作品のオーケストラ編曲というのは、ナボコフの『ロリータ』とキューブリックの映画版『ロリータ』くらい別物、といえば大袈裟だが、少なくとも音楽体験としてはやはり相当に大きな違いがあるように思え、バッハの作品であると同時に、編曲者の描くバッハの肖像画のようなものとして聴くことにしている。たとえばオーケストラの諸楽器は、チェンバロやオルガンにおいては出てこないような声部間の音量・音色差を生み出す。この点、気鋭の鈴木優人による編曲は、さまざまな管楽器の中音域の響きの豊かさを用いて統一感を生み出している。クラリネットも活用し、その柔らかな音色が差し込むとき、メンデルスゾーンによる「マタイ」編曲を思わせる。ただし、オルガンの重厚で安定感のある響きに完全に寄せようというのでもなく、グロッケンシュピールや弦のピチカートを巧みに導入し、対比的な色彩もとりいれていく。
もう一つ、このコンサートのテーマであるパッサカリアだが、強い反復感を伴う舞曲形式であり、ある種のグルーヴ感が音楽の進行の足取りをつくっていくところもある。これについては、曲の滑り出しではオーケストラがこの土台を掴みきれずにやや浮遊している感もあったが、金管楽器が骨格を提示していく辺りから音楽が厚みを増し、次第にこの形式の持つ律動を味わうことができた。

続くブリテンで驚いたのは、なによりも郷古廉というヴァイオリニストの、その若さを思わせない、熟練の「名優」たる風格である。名優というのは、この協奏曲がソリストに要求するシアトリカルな、演技的な要素を彼が完全に引き受け、そこにとどまりながら自らの表現を掘り下げてゆくからだ。ソロヴァイオリンは冒頭で提示されるテーマを身体に刻みつけられ、常にある種のしがらみにとらわれ、板挟み、ダブルバインドに陥った状態で音楽を発し続ける。だが、ブリテン特有のアイロニーがこの若書きの協奏曲にあってすでに冴え渡り、苦悩を描く時にもどこか剽軽な、そして不気味な明るさがある。郷古は、こうした複雑な役回りを知悉していることをよく窺わせる落ち着いたリアライゼーションによって聴衆を引き込んでいく。抑制のなかで輝くアンコールも含め、ブリテンその人とも響き合う、いぶし銀の魅力である。
モーツァルトのジュピターは、小気味よく、歯切れ良い演奏だが、決してぐいぐいとオーケストラを引っ張るわけではなく、鈴木優人はあくまで楽曲の内的構造を開くことによって音楽を展開させていく。これは、彼のチェンバロ演奏を以前聴いたときにも感じた、謙虚にして自然体といった姿勢だ。一、二楽章よりも三楽章、三楽章よりも四楽章において、複雑なパッセージの交絡に行き合った時に、その解像度の高い読解の充実において、この美質が光る。そういえば、パッサカリアにおけるのと同様、ジュピター音型は、いわば音価の長さのうちにこれから起こるあらゆる事象を含んでいて、その意味で単純な音型それ自体が、折り畳まれたものの展開を要求しているのかもしれない。鈴木の導きでこうした立体的なテクスチュアが解きほぐされていくのを目の当たりにすると、大革命の前夜に作曲されたこの交響曲の最終楽章の、この「折りたたまれたもの」の濃度にはほとんど眩暈がする。大戦前夜のブリテンの協奏曲に劣らず、そこには不気味な明るさがある。これを残してモーツァルトは去ってしまった。果たして現代の人間はこのことをどう引き受ければよいのか……。

(2022/7/15)

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<Performers>
Conductor: Masato Suzuki
Violin : Sunao Goko

<Program>
Bach / Suzuki / Passacaglia and Fugue C Minor BWV582
Britten / Violin Concerto Op. 15
(Solo Encore : Ysaÿe, Sarabande from Unaccompanied Violin Sonata No.4)
Mozart / Symphony No. 41 C Major K. 551 “Jupiter”