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ロレンツォ・ギエルミ オルガン リサイタル|大河内文恵

ロレンツォ・ギエルミ オルガン リサイタル
Lorenzo Ghielmi Organ Recital

2022年6月12日 神奈川県民ホール 小ホール
2022/6/12 Kanagawa Kenmin Hall small hall
Reviewed by 大河内文恵 (Fumie Okouchi)
写真提供:神奈川県民ホール

<曲目>        →foreign language
G. ベーム:前奏曲 ハ長調
D. ブクステフーデ:パッサカリア ニ短調
G. フレスコバルディ:コントラバスあるいはペダル付きのトッカータ
           使徒書簡の朗読の後のカンツォーナ
           ガリアルダ第2番、第3番
B. ストラーチェ:戦いのバッロ
         バレット
R.D.ベルガモ:聖体奉挙

~~休憩~~

J.S. バッハ:幻想曲 ハ長調BWV 573(未完、補完:L. ギエルミ)
      バビロン川のほとりで BWV 653
      幻想曲とフーガ ハ短調 BWV 537
      いまぞ喜べ、愛するキリスト者の仲間たちよ BWV 734
      アダージョとフーガ ニ短調 BWV 1001.1(BWV 539.2)
      主イエス・キリスト、われを顧みたまえ BWV 709
      幻想曲とフーガ ト短調 BWV 542

アンコール
J.S. バッハ:目覚めよ、と呼ぶ声がして BWV645
ファン・カバニーリェス:コレンテ・イタリアーナ

 

演奏会の客席には、絶対的な良席というのがあるわけではなく、会場によって異なるし、演奏会の内容にも左右される。推しに一番近い1列目が最上席になるポピュラー系のコンサートと異なり、クラシックのコンサートでは必ずしも上席ではない1列目で聴いたのが、最初から最後まで幸せな時間だった。

ギエルミの足の動きが間近で見られたからである。彼は靴を履かず、黒い靴下のままで舞台にあらわれ、その状態で演奏した。足鍵盤なのに、まるで細い指先から奏でられているような繊細なタッチとニュアンス。誰もが靴下で弾いたからといって、あの繊細さが実現できるというわけではないのだが、彼の細かいニュアンスを最大限引き出そうとした結果があの靴下姿だったのだろう。足元をみつめて感嘆していたのは筆者1人ではあるまい。

配布されたプログラムには、冒頭にギエルミからのメッセージ、曲目、その後に小室敬幸氏によるプログラム・ノートが掲載されている。演奏される順に作曲家と作品名とともに解説されるその文章は、作曲家ごとにJ.S.バッハとの関わりから書き始められており、演奏の前に読んだときにはその意図をはかりかねたのだが、聞いているうちに「そういうことか!」と合点がいった。

巻頭言でギエルミが述べた通りの神奈川県民ホールのオルガン用にカスタマイズされたプログラムであると同時に、ギエルミ先生による「バッハのオルガン作品はどうやってできたのか」という講義の場でもあったのだと。初期バロック時代にオルガン音楽が発展した北ドイツとイタリアという南北の地に挟まれた場所であるザクセン地方周辺で活躍したJ.S.バッハのオルガン音楽は、両者からの影響を受けていることが知られている。

コンサートはまず、バッハと直接の接点がある北ドイツの巨匠ベームとブクステフーデから始まる。足鍵盤の妙技が光るベーム、内省的な曲想とオルガンならではの不協和な音響で聴くものを圧倒するブクステフーデ。北ドイツの作品は重い。

フレスコバルディになると一転、明るい音色と軽やかさが耳に心地よい。「使徒書簡の朗読の後のカンツォーナ」は《音楽の花束》の中でも特にイタリア的な華やかさに溢れていて、北ドイツとの比較にあつらえ向きの作品だと思っていた筆者の感覚がギエルミ先生に肯定してもらえた気がして、心躍る。

続くストラーチェの曲には足鍵盤の使用がほとんどなく、手鍵盤での踊りのリズム感がイタリアらしさを印象づける。前半最後のダヴィデ・ダ・ベルガモは生没年(1791~1863)からもわかるように19世紀に活躍した作曲家で、三和音中心のヴィーン古典派を想起させる曲想をもつ。バッハを飛び越えた時代の作曲家をここに入れるのは一見場違いなように感じられるかもしれないが、世俗作品が続いた中で、後半のバッハ作品の宗教性に接続させるために必要だったと考えれば筋が通る。実際、前半を締めくくるにふさわしい荘厳さとスケールを感じさせた。

後半はJ.S.バッハ。これだけ多くのオルガン作品がある中で、なぜバッハなのだろう?と演奏前には不思議に思っていたのだが、プログラムをよく見ると、誰もが知っている、いわゆる名曲が慎重に避けられていることがわかる。冒頭の幻想曲に続き、詩篇や賛美歌に基づくオルガン・コラールの後に、前奏になる曲とフーガのセットが弾かれるというサイクルが3回続けられる。オルガン・コラールの後で拍手が来てしまうと、少し困った表情をしながらも客席に頭を下げるギエルミの様子に、人柄が垣間見られた。

賛美歌の旋律を軽やかに演奏し、その後に本来は宗教的な作品ではないものの重厚な前奏曲とフーガが続くというこのサイクルは、バッハのオルガン作品に通底する宗教性を焙り出す。このサイクルの中で特に印象的だったのは、BWV734とBWV539のセットであったが、最後のト短調のフーガのそれを上回る壮観さには感服するほかない。

鳴り止まぬ拍手に応え、アンコールは2曲。「目覚めよ」でようやく誰もが知っているバッハがお目見え。最後にスペインの作曲家による「イタリア風」で締めくくるというのは、なんとも洒落が効いている。
ギエルミの演奏は、技巧的に難しい曲でも技量をひけらかすことはせず、淡々と弾き進めていく。もちろん、淡々と弾けること自体が途方もないことなのだが、それを微塵も感じさせない。すごさを感じさせない人が一番すごい人なのだと改めて思い知った。

(2022/7/15)

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<Pieces>
Georg Boehm: Praeludium in C major
Dieterich Buxtehude: Passacaglia in d minor
Girolamo Frescobaldi: Toccata con il contra basso overo pedale
          Canzon dopo l’Epistola
          Gagliarda seconda e terza
Bernardo Storace: Ballo della Battaglia
         Balletto
         Padre Davide da Bergamo: Elevazione

–intermission—

Johann Sebastian Bach: Fantasia in C BWV 573 (fragment, completed by Lorenzo Ghielmi)
           An Wasserflussen Babylon, BWV 653b
           Fantasia and Fugue in c, BWV 537
           Nun freut euch, lieben Christeng’mein, BWV 734
           Adagio et Fuga in d BWV 1001.1(BWV 539.2)
           Herr Jesu Christ, dich zu uns wend, BWV 709
           Fantasia et Fuga in g BWV 542

–Encore—

J.S. Bach: Wachet auf, ruft uns die Stimme, BWV 645
Juan Cabanilles: Corrente italiana