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プロムナード|言語を奪う|藤堂清

言語を奪う
Take away native tongue

Text by 藤堂清 (Kiyoshi Tohdoh)

ロシアによるウクライナ侵略が始まってからずっと気分が晴れることがない。

他国に逃れたウクライナの人々にインタビューをした映像が流れた。インタビュアーはロシア語で問うたのだが、返ってきたのは「ロシア語で聞かないでくれ、我々にはウクライナ語がある。英語の方がましだ」という言葉。

言語は民族・文化の根っこにあるもの。民族が異なる支配者はそれを断ち切ろうとする。

言語の強要で有名な話にドーデの「最後の授業」がある。アルザス地方に住みアルザス語を母語とする少年が、学校のフランス語の授業を真面目に受けていなかったが、プロシアへの領有権の割譲にともないこの日が最後の授業となることを知らされ、いままでの取り組みを反省するというもの。教科書に長い間のせられていた。この話の後日談も書かれていて、同じ少年が今度はドイツ語授業を否定的に語るもの。フランス側からの記述であるので、フランス語教育を善とするものだが、支配するものが自分たちの言語を押し付けようとするという構造は、フランス側、ドイツ側、どちらも変わりがない。

以前、Booksで紹介した「アイヌ通史」には、アイヌ政策における考え方として「我々日本の為政者はアイヌ語が死滅することを望んでいる」としていたことが書かれている。
教育においてもアイヌ語は禁止され、若い世代から奪い取られていった。

沖縄復帰50周年を扱った「報道特集」、51年前の沖縄青年同盟による国会爆竹事件を取り上げた。その公判でのこと、裁判長は、彼の問いにウチナーグチで答える被告らに、「日本語で答えるよう」求め、応じなかった彼らを退廷させた。「ウチナーグチは日本語ではないのか」「沖縄は日本ではないのか」という問いかけに答えることなく。
薩摩藩の武力による奄美、琉球王国の支配、明治初期の琉球処分から続く実質的な植民地支配。そして1945年の戦争の際の日本軍の暴力、そこではウチナーグチを話す者はスパイとみなすという場面もあったという。戦後から1972年まで続いた米軍の統治。そういった歴史をそのまま引き継ぐ構造となった「沖縄返還」。

軍事的・政治的・経済的支配を継続していくために、文化、宗教、そして言語を奪っていく。
中国の新疆ウイグル自治区における再教育という名の宗教弾圧。その他多くの少数民族に対する中国語教育と生活の向上という名の転地。
ロシアがウクライナの占領地域で行っているロシア語の強制。もっとも、これは今に始まったことではなく、ロシア帝国、ソビエト連邦を通じて行われてきたことの復活だが。

一度失われた言語、文明を取り戻すのは大変なこと。ウクライナの人々は30年かけて民族のアイデンティティを見出し、再生してきた。プーチンがもっとも破壊したいと考えているのはそれだろう。

なんとも気が重い。
ロシアの軛に世界中が翻弄されつづけるのだろうか?

(2022/6/15)