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ゴーティエ・カプソン(チェロ)|西村紗知

ゴーティエ・カプソン(チェロ)
Gautier Capuçon(vc)

2022年4月15日 トッパンホール
2022/4/15 Toppan Hall
Reviewed by 西村紗知(Sachi Nishimura)
Photos by 大窪道治/写真提供:トッパンホール

<演奏>        →foreign language
ゴーティエ・カプソン(チェロ)

<プログラム>
J.S.バッハ:無伴奏チェロ組曲 第1番 ト長調 BWV1007
デュティユー:ザッハーの名による3つのストロフ
コダーイ:無伴奏チェロ・ソナタ Op.8
※冒頭曲
パブロ・カザルス:鳥の歌
※アンコール
フォーレ:夢のあとに Op.7-1
ハビエル・マルティネス・カンポス:Ambre cello(琥珀色のチェロ) *日本初演
プロコフィエフ:「子供の音楽」より「行進曲」 Op.65-10

 

筆者は、少し不思議な気持ちで眺め続けたものだった。このゴーティエ・カプソンという一人の人間のパフォーマンス全体の首尾一貫性、聴衆へ向けた語りと演奏中との、その肉体の切り替わりの無さを。社会的な存在、つまりは一市民としての肉体と、個人的な存在、音楽の個々の瞬間に入り浸る肉体とが同じものである、と、彼自身が身振りでもって主張していたように感じたのであったから。
それは、彼の抱く演奏家像へのポリシーをも彼自身が演奏(再現)していたかのようでもあった。舞台に登場するなり徐に聴衆を見据えて語り出し、それはそれから演奏する作品の説明だったりするのだが、話の内容よりも聴衆へ対峙する姿全身に、意識が向いた。
作品そのもののパフォーマンスももちろん申し分なかった。肉体の躍動感――けれどもそれより、正直なところ筆者の脳裏に去来し離れなかったのは、カプソンが前提とし、なおかつ理想として描き出す自分自身の姿という、つまりはゴーティエ・カプソンという現象のことであった。

簡単な挨拶と世界情勢への言及ののち、カザルスの「鳥の歌」を演奏する。きっとこの日の作品のすべてが、彼にとっては祈りなのだろうと思って聴いていた。
「無伴奏チェロ組曲第1番」は、アゴーギグの力強さにおいて、男性の肉体の質感をしっかりと伴って重厚感がもたらされている。残響をもバネにしつつ、音楽はどんどん推進力を失わず、なおかつ節度を守ることを忘れず、肉体もまた一瞬たりとも隙を見せないまま、先へと進んでいく。

デュティユーの「ザッハーの名による3つのストロフ」。第1ストロフでピチカートは荒々しくても理性を失わず、それは「紳士的」と形容したくなるものだった。第2ストロフは大人の余裕。静的な楽章だが、不気味なニュアンスを伴うことがなかった。第3ストロフ、素早いパッセージとピチカートとをせわしなく往来しても、音楽の推進力はむしろ増す一方だった。

コダーイの「無伴奏チェロ・ソナタ」 。第1楽章の冒頭の主題では、とりわけ情熱的でダンサブルなパフォーマンスが繰り広げられる。
バッハ、デュティユーときてコダーイにおいてもかなり力強い局面が続くので、第2楽章には、霞がかった、たおやかなニュアンスが欲しくなってしまった。東ヨーロッパの音楽には、全体として、肉体と理性によるコントロール下から外れるなにかがあるのではないか、というのは筆者の抱くざっくりとした印象なのだが。

一人の市民として聴衆に対峙する。それは単なる一人の演奏家としてではなく、作品を媒介する肉体としてではなく、理性的な、社会的な存在としての側面が強調されていたものだった。しかしそれこそが演奏家なのだと、彼の思う演奏家像とはこういうものなのだと、彼自身の行いでもって説明しているのだ、と。
音楽的ということと倫理的ということとがこれほどまでに違和感なく軌を一にするような音楽家は、悪い意味で言っているのではないのだが、あまり日本ではいないのかもしれない。
だから、3曲もアンコールが披露されたのちには、これからもこのチェロ奏者の来日公演に期待したくなったものだった。

(2022/5/15)

  

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<Artists>
Gautier Capuçon(vc)

<Program>
J.S.bach: Suite for Violoncello Solo No.1 in G major BWV1007
Dutilleux: 3 Strophes sur le nom de SACHER
Kodály: Sonata for Violoncello Solo
*pre-performance
Pablo Casals: El Cant dels Ocells
*encore
Fauré: Après un rêve Op.7-1
Javier Martínez Campos: Ambre cello *Japan premiere
Prokofiev: Musiques d’enfants “Marche” Op.65-10